埃散らす扇風機
※本編終了後の話※
「うわっ! 秀一さんが溶けてる!?」
夏休み期間に突入し、今日も今日とていつものように工藤邸を訪れた美琴がリビングにいる俺を見て思わず驚く。それはそうだろう。今俺は沖矢昴の変装もそこそこに、リビングのソファでぐったりと力なく四肢を投げ出しているのだから。戸惑ったようにぱちくりとまばたきを繰り返しながら美琴はリビングへ足を踏み入れる。
「どうしたの? というか今日やけに家暑いんだけど」
「今日の深夜、空調が故障したらしくてな……」
「まじで?」
ゆっくり起き上がり眼鏡を直しつつ、経緯を説明する。
以前からなんとなく調子が悪かったこと。それがあろうことか深夜に空調が止まって、そのうだるような暑さで起きたこと。この空調は家の壁の中に内蔵されているタイプであるため、家全体の空調が使えないこと。そして、時期も時期のせいで修理にはかなり時間がかかること。
全て聞き終わった美琴はなるほどねえと納得したようだった。
「だから扇風機をフル稼働させてしのいでるんだ」
「ああ……」
リビングに設置された少し型の古い扇風機をちらりと見ながら、気の毒そうな顔をして美琴は言う。俺は盛大なため息をつきつつ、扇風機ではどうにもならない暑さに再びぐったりとソファにもたれた。全身から吹き出す汗が不快で仕方がない。
「どうしてこうも日本の夏は暑いんだ」
「あっちはあっちで暑いんじゃないの?」
「気温だけなら負けんが、湿気が不快感を助長するだろう」
「あー確かに。べたべたするよねー」
髪はうねるし最悪だよホント。なんて美琴は唇を尖らせて言う。髪のうねりなんかよりも蒸し風呂のような不快感の方が上だと思うんだが……女子高生はよくわからんな。
「ところで秀一さん」
がさりと音が鳴る。そういえばすっかり暑さで頭が回っていなかったせいで気づくのが遅れたが、美琴はその手に何か持っているようだ。恐らくコンビニの袋、だろうか。美琴はそれを顔のあたりまで持ち上げてにっこり笑う。
「ちょうどお土産にアイス買ってきたんだけど、一緒に食べない?」
「……君が救世主に見える」
「にゃはは! 大げさだなー」
無表情ですすすと彼女の方に寄り、その手に持った袋の中を覗き込む。なるほど、定番の氷系からちょっと変わり種のクリーム系まで幅広く買ってきたようだ。袋一杯のアイスクリームを見ながら俺は言う。
「随分量を買ったな」
「私も買う時にそう思ったけどさ。この暑さだし、ふたりで1日1個ずつ食べたらあっという間になくなっちゃうんじゃない?」
「確かに、それもそうか」
迷いに迷って選んだのはスタンダードな氷系棒アイス。美琴はスプーンで食べるクリーム系カップアイスのチョコ味を選んだ。美琴がスプーンを用意している時間も惜しく感じ、俺は袋から取り出してアイスにかぶりつく。……ああ、美味い。暑さに火照った身体に染み渡っていくようだ。本能の求めるままにアイスにかじりつく。こんなことは初めてだ。どれもこれもこの家が、日本が暑すぎるのがいけない。
そんな俺を見かねて美琴がスプーンを手にしながら心配そうに言う。
「秀一さん、あんまり早く食べ過ぎないほうが……」
「……っ」
「ほらやっぱり、頭キーンってしてるんでしょ」
ほら言わんこっちゃない、と美琴は明るく笑った。頭を押さえる俺の隣に座って、アイスのふたをかぱりと開ける。
「勢いよく食べるからそうなるんだよ」
のんびりアイスをスプーンですくう。ぱくりと頬張り、んーと美味しそうに頬を緩めた。
ふたりきりでアイスを食べるリビングでは、久しぶりに仕事をする扇風機がバタバタと忙しく回っている。開いた窓から風が吹き込んで、部屋のカーテンを揺らした。遠くの方でセミの鳴き声と、はしゃぐ子供の声がぼんやりと聞こえる。
「……ま、たまにはこんな日もいいかもね」
いいわけあるか。
……そう反論しようと思ったが、美味しそうにアイスを頬張る美琴の顔を見て俺は何も言えなくなってしまった。
ありふれた、夏の日の午後のひと時である。