今宵の主役は明かされぬ

※本編終了後のお話※


 ある日のお昼ごろ。

 いつものように工藤邸のリビングで作業をしていると、勝手知ったる様子で美琴が工藤邸にやってきた。今日も来たよ!と元気よく笑うその手には、パンパンに膨らんだレジ袋が2つほど下がっている。

「学校はどうした」
「昨日から冬休みに入ったから、1月5日まで休みなんだ〜」

 抱えていた大荷物をテーブルに下ろし、ふうと息をついた。大荷物を抱えてきたせいか、12月だというのに額にはうっすら汗が浮いている。その様子を見て俺は何の気なしに美琴に尋ねた。

「随分と大荷物だな。何かするつもりなのか?」

 特に俺としては深い意味は無かったのだが、それを聞いた美琴は驚いたように目を大きくした。嘘でしょ、とでも言いたげに眉が寄せられる。

「秀一さんカレンダーちゃんと見た? 明日何の日か知ってる?」
「明日?」

 そう問われて初めて俺は今日の日付を思い出した。ああ、なるほど。

「クリスマスか」

 12月を代表するビッグイベント、クリスマス。昔は家族や同僚とそれなりに祝っていたが、最近はそこまで季節の行事に興味がなくなってきてたからすっかり頭から抜けていた。俺の答えを聞いて美琴は嬉しそうにそう!と笑う。

「だから折角ならクリスマスっぽい料理作ろうと思っていろいろ買ってきたんだ」

 美琴の言葉に、俺は改めて彼女が持ってきたビニールの中身を注視した。色とりどりの野菜にフルーツ、パスタ、バゲット、クリームに白身魚にチーズに……なんとチキンまである。それも普段買うようなカットされたものではなくパーティ用の大きなものだ。
 どれだけ買い込んだんだ……と俺が半ば呆れるように食材を眺めていると、何かを閃いたように美琴が表情を明るくした。ぴこん!と頭上に電球が見える気がする。

「折角だし、秀一さんも一緒に作ろうよ!」
「……何を言ってるんだお前は」

 心の底からの言葉が出た。俺がそこまで料理が得意ではないことを知ってるくせに、どうやったらそんな提案ができるんだ。心なしか変装中にあるまじき表情をしている気がする。
 すると美琴は平然と続けた。

「哀ちゃんから聞いたよー? 秀一さん、この間お隣さんにお裾分けに持って行った肉じゃが、生煮えだったんだって? そんなんじゃいつまでたっても哀ちゃんのハートは掴めないんじゃない?」
「……」
「確かに料理の差し入れっていうのはお隣さんに行くいい口実だと思うけどさ。でも肝心の料理が美味しくないんじゃ意味なくない? 折角だしある程度腕を磨いて、胃袋から心をつかむ!っていうのもありだと思うけどな」
「……」

 痛い所をつかれてしまった俺は思わず黙り込む。確かに、隣に住む少女が俺の作る料理をあまり良く思っていないのも、そろそろ料理のクオリティを上げたほうがいいかと考えていたのも事実だ。
 そっと視線を逸らした俺に、美琴は笑顔を浮かべながら連続射撃を試みる。

「それに、私前言ったじゃん。今度は一緒に料理作ろうねって」
「……よくそんなこと覚えてるな」

 数週間前、彼女にリクエストされてオムライスを作ったときのことを思い出す。あの時彼女は確かに『今度は一緒に料理をしよう』と言っていた。その後のゴタゴタですっかり頭から抜け落ちていたが……。そんな俺を他所に、美琴はえへへと照れたように笑う。褒めたつもりは決してない。決してな。
 俺はやれやれとため息交じりに腰を持ち上げる。

「言っておくが、俺は本当に素人だぞ」
「いいのいいの! 私が手とり足取りしーっかり教えてあげるから!」
「……その言葉に若干の不安を覚えるのは俺だけか」
「心外だなあ、ちゃんと真面目にやるってば!」

 むすっと美琴は可愛らしく頬を膨らませた。


***


 一通りの身支度を整えたところで、俺たちはキッチンに並んで立つ。目の前に並ぶのは数多の食材、それから触れたことも無いような調理器具たち。

「じゃあ時間も無いし、ちゃっちゃと始めよっか」

 美琴はにっこりと微笑んだ。

「んじゃまずその野菜たちを切ってもらってもいい?」
「了解した」
「ちょっ……何その包丁の持ち方! こっわ! 絶対指切るよそんなんじゃ! 貸して!」
「……まさか持ち方から指導されるとは」
「当ったり前だよ! 秀一さんの大事な指を傷つけるわけにはいかないでしょー。まず包丁はこんな感じで握って、食材を持つ方の指は軽く曲げて……」
「ほう……」

「美琴。これはどれくらい炒めたらいいんだ?」
「小麦粉の粉っぽさが無くなるまで! 2分くらい弱火で炒めればいい感じだと思うよ。それが終わったら水、牛乳、ウイスキー、固形コンソメ、ローリエを加えて強火ね!」
「シチューにウイスキー? なかなか面白い組み合わせだな」
「入れると美味しいって聞いたことあってね。試したいなとは思ってたんだけどなかなかその機会がなくて……ほら私未成年だし」
「それもそうだな」
「因みに。量を考えれば未成年でも食べて問題無いから、もしよかったらご参考にどうぞ?」
「それはありがたいな。是非参考にさせていただこう」

「……うん。スポンジもいい感じに焼けたね。あとは生クリーム泡立てて塗って、飾りつけすればいい感じかな」
「ケーキまで手作りとは手が込んでるな」
「1回でいいから大きなケーキを最初から作って見たかったんだよねー! ここの家はキッチン広いしオーブンも大きくて料理がすっごく楽しい」
「そういうものなのか」
「そうだよ! ほんと秀一さんがこれを持て余してるのが本当にもったいないくらい!」

「大きなチキンがじっくり焼かれてるところってついつい見ちゃうよね……」
「俺にはあまりその気持ちは理解できないな」
「えー? こう、じわじわーっと焼かれていくとこ見るの楽しくない?」
「……あまり惹かれないな」
「えー……」


***


 出来上がった料理を大皿に盛り付け、テーブルに並べていく。すべて並べ終えた美琴は満足そうに腰に手を当てた。

「よーっし! これで完成!」

 終わったー!と満面の笑みで言う。かくいう俺といえば、度重なる疲労でぐったりだった。椅子に腰かけながら心の底からため息をつく。部屋の窓を見ると辺りはすっかり暗くなっている。そして目の前にはふたりでせっせと作った料理たちが所狭しと並んでいた。……そう、文字通り所狭しと。
 俺はテーブルを見つめながら美琴に尋ねた。

「美琴」
「なあに? 秀一さん」
「流石にふたりでこの量は多すぎないか?」

 作っている途中から思っていたのだが、この料理の量はどう考えても6〜7人分……いや、それ以上はある。いくらパーティ料理を作りたかったとはいえ、流石に作りすぎではないだろうか。これから数日間チキン&シチュー地獄、というのは流石に御免被りたいところだが……。
 だが俺の懸念に反し、美琴はきょとんとした顔でとんでもないことを言ってのけた。

「私別にこれがふたり分だなんて言ってないけど?」
「……なんだと?」

 俺が眉間にしわを寄せたのとほぼ同時にピンポーンとインターホンが鳴った。はーい、と返事をしながら美琴はパタパタと玄関に向かう。
 すると美琴に連れられるようにして次々と見知った顔が部屋に入ってきた。子どもたちに阿笠博士、それから園子と蘭である。彼らは目の前に広がる料理を目にして思わずわっと歓声をあげた。

「すっげー! うまそーな料理がいっぱいあるぞ!!」
「ま、まさかこれ全部美琴が作ったの? マジで?」
「うん! 昴さんと協力してね」
「昴さんと……」
「ほお、大したもんじゃのう」
「すっごーい! 美琴お姉さん、お料理上手だね!」
「ありがとう。そう言ってもらえると作った甲斐があるな〜」

 早速席につき始める来客者たちの目を盗み、俺はそっと美琴に言う。

「他に人を呼んでいると何故俺に言わん」
「うーん……なんていうか、サプライズ感?」

 にゃはは、なんて笑いながら平然と言ってのける美琴に俺は思わず呆れる。なんだそれは。余計な気づかいだ。一応家主の許可はとってあるらしいが……工藤夫妻にとるのなら俺にも取ってくれ。

「最初は別に誰かを呼ぶ予定なんかなかったんだけど、どうせ料理作るならみんなで食べたほうが美味しいかなって。それにほら、哀ちゃんと仲良くなるチャンスがあるかもしれないでしょ?」
「……」

 ここぞとばかりにぱちんとウインクをかましてくる美琴に、俺は小さくため息をつく。一応それなりに気遣う気持ちはあったのか。その割にはひたすら楽しんでいただけに見えたが。

 そんな俺を他所に、美琴は俺の元を離れてさっさと人数分の皿とグラス、それからカトラリーを用意し始めた。一応俺も主催者という立場にあるため、後を追いかけて共に準備の手伝いをする。準備を終えると、腹を空かせた子どもたちに急かされるように食事を開始した。ふたりで作った料理はどれも手作りとは思えないほど絶品で、その場の誰もが嬉しそうに頬を緩ませていた。

 和やかな談笑をBGMに食事が進む中、隣に腰かけたボウヤがそっとつぶやくように俺に話しかける。

「まさか昴さんがクリスマスパーティーを開くとは思わなかったよ。おまけに料理まで」
「そうですね。僕もまさかこんなことになるとは」

 つい先ほどまでの出来事を思い出して俺は言う。まさか家主(仮)の俺に無断でパーティを開かれるとは……。俺の言葉になんとなく違和感を覚えたのか、ボウヤは小さく首を傾げつつシチューを口にする。そして思わず皿に視線を向けた。

「……これ本当に昴さんが作ったの?」
「ほとんどは彼女が。でも手伝いはしたよ」
「そうなんだ」

 スッげーうめーなこれ、と小さくつぶやきながらもう一口頬張る。口に合ったのならよかった。ほうれん草のキッシュをかじる俺の隣で、美琴はしきりに他の女子高生ふたりとの話に花を咲かせている。その楽しそうな顔を見ていると、これまでの準備による疲れがすべて……とはいわず、多少は楽になったような心地がするから不思議だ。

「……まあ、あいつが楽しそうならいいか」
「前から思ってたけど、昴さんってほんと想像以上に美琴姉ちゃんに甘いよね」

 ボウヤは呆れたようにつぶやきつつ、ぱくりとチキンを頬張った。