二つ年下の後輩である芥川くんに私は嫌われている。否、彼は恐らく太宰以外の人間に興味関心を抱いていないと言った方がいいのかもしれない。
「こんにちは芥川くん」
「、、、」
私の挨拶を無視するどころか目も合わさずに立ち去る芥川くんに思わず苦笑いしてしまった。これが同僚の中原中也だったら其の背中に蹴りの一つでも入れてやるのに、芥川くんにそんなことしたらあの細い身体が折れてしまうかもしれないし、何より後の反応が怖いからそのようなことはしない。
「あ、中也。やっほー」
「おう」
「はぁ、、、本当に欲しいものって手に入らないものだね」
「何だよいきなり」
「芥川くんにまた無視された」
「そんな事かよくだらねえ」
下らないとは失礼な。私にとっては由々しき事態なのだ。中也は一応幹部だからか芥川くんに無視される何てことはない。私は芥川くんより先にマフィアに入ったが、戦闘要員ではなく情報調査員兼事務職員の私と彼は全く関わろうとしてくれない。
「ただちょっとお喋りしたいだけなんだけどなあ」
「何でそんなに芥川に執着するんだよ。好いてるわけでもねえんだろ?」
「芥川くん、すごい似てるんだよね。昔飼ってた猫と」
「、、、それ、本人に言ったら余計嫌われるぞ」
若干引き気味の中也は、「ま、精々頑張れよ」と心のこもってない励ましの言葉を残して去っていった。薄情な奴め。
一人きりになり、特にすることもない私はお茶を入れ広間の椅子に腰掛け、最近古本屋で購入した小説を読むことにした。
午後の暖かな陽気が窓から差し込む。昨日、遅くまで残って書類を書き上げたため、今日は暇なわけだがその所為で眠たくって仕方がない。
ほんの少しだけ、そう思い重たくなった瞼を閉じ私は椅子に身体を預け眠りについた。
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まだ私が幼かった頃、ある日母が一匹の子猫を拾ってきたが、その猫は衰弱して痩せ細っているのにとても警戒心が強く、私達がいくら餌を与えても食べようとしなかった。
しかし、母が懸命に世話をした甲斐もあり、猫は餌も少しずつだが食べるようになり、毛並みにツヤも出てきた。とは言っても、相変わらず人懐っこさは微塵も感じられず、私が手を伸ばして撫でようとすると引っ掻きはしないが、いつもするりとかわして何処かへ消えていった。
しかし、その猫の不思議なところは、私が寝ている時だけは近くに寄ってきて、腹の上に乗ってきたり脇の間で寝たりしていたことだ。可愛げがあるんだかないんだかよくわからない猫だったが、それでも私はその猫がすごく大好きだった。
それなのに、その猫はある日忽然と姿を消した。2日3日家に帰ってこないことはざらにあったが、5日も帰ってこないとなると流石に心配になった私は、町中を歩いて探し回った。路地の裏、高架下、公園、結局何処を探しても見つからなかった。
猫は、寿命が近くなると姿を消す、誰かがそんな事を言っていた。真逆、そんな筈はない。きっと、暫くしたら帰ってくる、そう信じて待っていたが猫は帰ってこなかった。
**********
目を覚ました時、私は泣いていた。懐かしい夢を見たせいかもしれない。自分の頬が涙で濡れていることにも驚いたが、それよりもっと驚くべき光景が目を開けると広がっていた。
「、、、芥川くん?」
「いや、これは、、、」
珍しく狼狽した様子の彼は、何時も羽織っている真っ暗な外套を着ていなかった。それもその筈、真っ黒な其れは私の身体にかけられていたのだ。
「これ、芥川くんがかけてくれたの?」
「、、、」
「そっか。ありがとう」
無言は肯定と受け取っていいだろう。窓の外を見ると、橙色の夕日が落ちようとしていた。そんなに寝てしまっていたのか。立ち上がり身体を伸ばすと関節からパキパキと乾いた音が鳴る。
「、、如何して、泣いていたのですか」
「へ?ああ、これ?ちょっと懐かしい夢をみてね」
芥川くんから話しかけられたのは、これが初めてだ。真逆泣いていた私を気にかけてくれるだなんて、思いもしなかった。
「これ、ありがとうね」
少し名残惜しいけど、いつからかけられていたのかわからない外套を彼に返す。
私は思わず、不機嫌そうにそれを受け取る芥川くんの頭に手を伸ばしてしまった。ぎょっとする芥川くんだが、逃げる様子はない。
「芥川くんは、急に消えたりしないでね」
「、、、太宰さんの夢をみたのですか」
「ううん。違うよ。でも、太宰に負けないくらいの存在、かな」
私がそう言うと、芥川くんはふいっと顔を逸らし、一歩下がった。あちゃ、折角仲良くなれたと思ったのに。
「、、、僕は、消えたりしない」
聞き逃してしまいそうなくらい小さな声でそう呟いた芥川くんは、外套を靡かせながら去っていく。
如何か夢ならば覚めないでほしい。そう思ったが、頬を濡らした涙の跡は、夢じゃないことを教えてくれた。
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