鴉の嗄れた鳴き声と夕風に吹かれた木々がサワサワとそよぐ音しか聞こえないはずの山奥に、銃声が2発響いた黄昏時。
つい数日前、北米の異能組織、ギルドとの抗争のため武装探偵社の事務員に避難命令が出され、私は小さな山荘に身を潜めていた。ここなら誰にも見つかりはしないと、安心しきっていた矢先、空気を裂く弾丸の音が聞こえた、それは中々に衝撃だった。全力で走ったあとよりバックンバックンと暴れまわる心臓は、胸を突き破って出てきそうな勢いだ。震える手で携帯電話を取り出し、緊急メールを探偵社に送ろうとするが、画面には虚しくも圏外の2文字が表示されていた。どうして?朝起きた時は、ちゃんと電波が入っていたはずなのに。

銃声は、すぐ近くから聞こえた。しかし、人の気配が外から感じられないことを不審に感じ、護身用の拳銃を一丁携えて恐る恐る扉を開ける。すると、そこには異国の服だろうか、見慣れない帽子とマントを羽織った華奢な男が、胸から血を流し倒れている二人の男を見下ろして立っていた。西の空に傾いた太陽が男を照らし、細長い影を地面に落とす。その顔からは何の感情も読み取れず、地べたに横たわってるあのスーツ姿の2人の死体より、生気も感じない。ゾワリと、肌が粟立つ。得体の知れない恐怖に身体が支配され石のように硬直した私の存在に気づいた男は、顔をあげ今にも消えそうな微笑みをこちらに向けてきた。どういう意図を含んでいるのかわからない笑みに警戒心は高まるばかりで、構えた拳銃を下すことなく男を見据える。しかし、そんな敵意むき出しの私に御構い無しといった様子で男は口を開いた。



「おや、やっと出てきましたか」


「、、貴方は誰?こいつらは何?貴方が殺したの?」


「質問攻めですね。1つずつ答えていきましょう。ぼくの名前はフョードル・ドストエフスキー。彼らはギルドの組合員で貴女を攫いに来てました。そして、つい先ほど、私が殺しました」


淡々と、ドストエフスキーは私の質問に全て答えたが、私にはまだわからないことの方が多かった。どうやって此処をギルドが突き止めたのか、どうして彼らをドストエフスキーは殺したのか、そもそも、こいつは何者なのか。


「わけがわからない、そういった表情ですね」


「!」


「探偵社の事務員の居場所をマフィアがギルドに流したのです。此処を含めて、二箇所を。そして、マフィアはギルドとの抗争を誘発するため、そのことを探偵社にも伝えに行きました。しかし、探偵社は人員不足。彼らは苦悩の末に此方ではない、もう一方の救助に向かいました。これがどういうことか、わかりますか?」




貴女は捨てられたんですよ、

決して大きくはない、細い声が脳内に直接木霊する。捨てられた、まさか、そんな、


「嘘、、そんなの誰が信じるもんですか」


「信じる信じないは貴女の自由です。しかし、この状況が、真実です。さあ、どうします?」


「、、そもそも、貴方は何者なの?どうして、彼らを殺したの?!」


叫ぶようにそう聞けば、ドストエフスキーはゆっくりと此方に歩み寄り、血液が巡っていないのではないかと思うくらい冷たくカサついた手で、繊細な硝子細工でも扱うかのように私の頬を撫でてきた。


「ぼくは、貴女を助けに来ました。罪深き者が蔓延る悪しき空間から、貴女を解放しにきたのです。貴女が居るべき場所は、探偵社ではありません。ぼくと共に来てください。ぼくは、貴女を捨てたりしない、どんなモノより優先させます」


名残惜しげに頬から離れた手が差し出される。この手を掴めば、私はきっと探偵社に戻ることはできない。名前からして外国の人間なのだろう、ひょっとしたら二度と日本にすら戻れないかもしれない。
でも、私は、


「、、本当に、私を捨てない?私をっ、ッ守ってくれる?」


裏切られたことによる絶望からか、それともこの得体の知れない男から与えられた安心感からか、ボロボロと溢れる涙が地面にシミを作る。縋るように薄く冷たい掌を掴んだ。すると、思いの外強い力で握り返したドストエフスキーは、ゆっくりと、血の気を感じられない唇で弧を描いた。出会った時に見せた、儚くも、底の見えない暗闇のような笑顔だ。
何も考えられない、否、考えたくない私はこの男に着いていくことしか出来なかった。




**********



柔らかく、暖かな手が求めるかのようにぼくの手を掴む。嗚呼可哀想に、そんなに泣いては、折角の愛らしい顔が台無しですよ。
それにしても、見ず知らずのぼくの言葉を信じ込むだなんて、不用心な人ですね。でもそんな所も含めてなまえ、ぼくは貴女が愛おしくて堪りません。貴女は、どんな顔をするんでしょうかね。ぼくの言葉に、半分嘘が含まれていたと言ったら。
確かに、マフィアがギルドに情報を横流ししたことは紛れもない事実、しかし、貴女の居場所を教えたのは、他でもないぼくです。
そして貴女はきっと、銃声が聞こえた時、探偵社に連絡しようとしたでしょうね。しかしこの近辺には電波障害を引き起こす特殊な電磁波を流させてもらったので、叶わなかったでしょう。可哀想に。
なまえ、貴女はこのことを知ったら絶望しますか?軽蔑しますか?いずれにしろ、貴女にならどんな目を向けられても構いません。貴女の瞳に映るのは、ぼく一人で十分です。貴方と出会ったあの日からぼくの全ては貴方だけのために存在している。他のものなんか、見なくていい、ただ、ぼくだけに縋り、頼り、依存し、生きていけばいいんです。









差し出した手で
君を突き落す






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