小さな頃から料理をするのが好きで、将来は自分の店を持つことが夢だった。そして18歳を迎えた今年、その夢がついに叶う。野菜が美味しいことで有名な田舎を出て私は今日から横浜に住み、親戚のツテで手に入れた小さな空き店舗で自分の店を持つことになった。
初めての都会暮らしに浮かれた私は、横浜というハイカラな街を鼻歌交じりでスキップしていると、勢い余って普通なら誰も歩かないような細い道にまで入ってしまった。するとそこでいかにも怪しげな男性たちが、何やらひそひそと話しているところを目撃してしまった。これはきっと見てはいけないもの、と直感的に悟ったが時すでに遅し。私に気づいたスーツ姿でサングラスのよく似合う彼らは私をぐるりと取り囲みサングラス越しでもわかる下卑た笑みを浮かべながらジリジリと近寄ってきた。都会はスリルとサスペンスが石ころのように転がっているとお婆ちゃんが言ってたがどうやら本当らしい。
「お嬢ちゃん、何も見てないとは言わせねえぞ?」
「いえわたくし本当に何も見ていませんお兄さんたちが大金と白い粉を取引していた現場なんて見ていません」
人間というものは極度の緊張状態に陥ると言わなくていいことまでツラツラと言ってしまうようだ。私の言葉に男たちは「口封じをさせてもらおうか」だの、「いや、このガキ見た目はそこそこだから売れるんじゃねえか?」だの、「臓器も若えから高値で売れるぞ」だの、聞きたくない内容の話を容赦なく繰り広げる。嗚呼神様私が何をしたというのですか。田舎者が都会で浮かれることがそんなに罪深いことなのですか。
大声で助けを呼べばきっとすぐに声を出せないような仕打ちを受けるだろう。もうだめだ何かの間違いで小さな隕石とかが此処に落ちてこないかな、なんて馬鹿げたことを祈ったその時だった。
「気をつけてくださいねー」
緊張感が走ったこの場所にそぐわない明るい声がした。かと思いきや、ドゴォン!という音とともに男性たちに投げつけられるドラム缶。あのドラム缶、たぶん中身入ってるよね??
「武装探偵社の宮沢賢治?!何故此処に?!」
「もう一回行きますよぉー!」
青ざめ狼狽え出す男性たちにミヤザワケンジと呼ばれた少年は、再度ドラム缶を軽々と持ち上げ「えいっ」と男たちに投げつける。その怪力ぶりに呆気にとられる私をよそにケンジさんは、あっという間に悪漢たちを倒してしまった。
「驚かせてすみません。大丈夫でしたか?」
予想外すぎる出来事が立て続けに起こりすぎて、気づいたらへなへなと地面に座り込んでいた私にケンジさんは手を差し伸べる。その後ろに真夏の青空に向かって咲き誇る向日葵が見えた気がした。
これが、私と賢治さんの出会いだ。
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「こんにちはなまえさん!」
昼時のピークが過ぎた午後3時前、誰もいない店内に明るい声が響く。
「いらっしゃい賢治さん。今日は何を食べます?」
「うーん、じゃあ、日替わりで!」
「わかりました、ちょっと待っててくださいね」
あの日、窮地に陥った私を救ってくれた賢治さんは、毎日とはいかないが週に何度かお店に来てくれる。命の恩人である上に、私より幼い彼からお代をいただくのは気がひけるから、毎回断っているのに結局いつも押し切られてしまう。 どうやら、彼はまだ14歳という年齢にも関わらず働いているらしい。優しくて逞しくてその上素敵な笑顔で、自立している賢治さんに欠点なんてあるのだろうか。
賢治さんもどうやら、私と同じように田舎の出らしく、打ち解け会うのにそう時間はかからなかった。彼の故郷はイーハトーブ村という名前で、電気も通ってないらしい。私の故郷もなかなかの田舎だが、流石にライフラインは整っていた。しかし、そんな本当の自然に囲まれた場所だからこそこんな素晴らしい少年が産まれたのだろう。彼のご両親、御兄弟、ひいてはご近所様に感謝だ。こんな素敵な殿方を育ててくれて有難うございますと御礼を言いたい。
狐色になってきた鯵のフライを油からだし、皿に盛る。カウンターの向こうでは賢治さんがビー玉のような目を輝かせて待っていた。賢治さん専用の特大丼に艶々とした白米をつぎ、味噌汁をお椀に注ぐ。カウンターに座る彼に直接お盆を渡すと、「わあ!」と感嘆をあげてくれた。これも、毎度のことだ。
「お待たせしました、どうぞ」
「いただきます!」
もぐもぐと、口一杯にご飯を頬張る賢治さんについ頬が緩む。こんなに美味しそうに食べてくれるお客様は中々いない。
「とっても美味しいです!流石ですね!」
「ふふ、ありがとうございます」
口の端にソースをつけ満面の笑みでそんな事を言ってくれる賢治さんに、余裕ぶって笑ってみせるが内心ドキドキだ。胸がキュンキュンするとは、きっとこういうことなのだろう。
「なまえさんは、きっといい奥さんになりますよ」
「ナッ!そんなことないですよ!私、料理くらいしか出来ないんで!」
そうだ、私は料理は作れるが実は裁縫や掃除はあまり得意ではない。いや、足の踏み場もない部屋に住んでいるとか、そういうわけではないが、片付け上手かと聞かれると答えはノーだ。
とはいえ、思いを寄せる人から良妻になると言われ、嬉しくないわけがない。
「料理上手で十分だと思いますよ?」
「そういうものですかねぇ、、まあ私の場合、いい奥さんになる前に旦那様を見つけなきゃいけないんですけどね」
自虐ネタにあははと自ら乾いた笑いをこぼす。いやしかし本当にまずはそこからだ。将来自分が結婚して奥さんになってる姿が、未だに想像できないのは恋人という存在がいないせいだ。願わくば、目の前にいる賢治さんと、なんてすごく図々しい事を考える煩悩だらけの自分が恥ずかしい。
「大丈夫です、なまえさんはきっと結婚できます。僕が保証します。だから、あと4年待っててくださいね」
にっこりと、普段と変わらぬ笑みに見えるがその後ろには真夏の青空でもないお花畑でもない、獲物を捕らえた獅子の姿がチラリと見えた気がした。きっと私はこの人に美味しく頂かれちゃう星のもとに生まれてきたのだ。
何年でも、待ちますとも。
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