顔に傷を負った。マフィアという職業柄そう珍しい事ではないが顔を負傷することはあまりない。重火器を振り回す野蛮な仕事をしているとはいえ、嫁入り前の大切な時期、顔は傷つかないように気をつけている。普段ならば医務室なんか行かないが、さすがに今回は頬に切り傷ができてしまった。医療班いわく、数日経てば目立たなくなるとのことだが、それまで顔に絆創膏をした状態でいなくてはいけないらしい。頬に絆創膏を貼っているだなんて、なんだか遊び盛りのヤンチャな小学生みたいで少し恥ずかしいが仕方ない。顔に傷が残るのは流石に嫌だもんなあ。
そんな事を考えながら上司である芥川さんが待つ執務室に足を運ぶ。チャチャっと任務報告して今日はもう帰ろう。
コンコン、と短いノックをするが中からは何も聞こえない。いつものことだ。どうしてわたしの上司は入れの一言も言ってくれないのだろうかと思う時期もあったが、慣れとは怖いものだ。ドア越しでも彼がいるかいないか、なんとなくわかるようになった今では、返事がなくとも部屋にいるか否かわかる。


「失礼します」


出来るだけ静かにドアを開ければ、すんと澄ました顔で書類に目を通す芥川さんがいた。チクショウ、チラッともこっちを見やしねえ!なんだって樋口はこんな血が通っているかも怪しい冷血漢が好きなんだろう。好きな人には少し冷たくされたいという性癖をもち、どちらかといえばマゾヒストに属する私だが、芥川さんだけはゴメンだ。このことをかつて彼の上司だった太宰さんに話せばだったら私はどうだい?と聞かれたがもっと遠慮したい。


「お仕事中、恐れ入りますが本日の任務の報告をします。まず」


「待て」



書類から目を上げることなく、報告書を読み上げる私を制する芥川さんは、ようやくその硯石より黒く澱んだ瞳をこちらに向けた。


「その傷は何だ」


「え?ああ、これですか。いやーお恥ずかしい話、今日の任務中にはしゃぎ過ぎちゃって。敵にやられちゃいました。やっぱ気になりますよねこれ」


先ほどまで読んでいた書類を机に置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった芥川さんは何を考えているのか、こちらに歩み寄ってきじいっと私の顔を見つめ出した。ぱっと見は真っ黒に見える瞳だけど近くで見るとちゃんと虹彩もあるんだなあ、とか、意外と睫毛長いなチクショウ、とか、そんなことは如何でもよくて、ナニ、何々?!なんなの?!急に人の顔を食い入るように見てきてこの人まじ何考えてるか分からなさすぎて怖いんだけど?!


「あの、芥川さん、近いです、とても近いです」


吐息のかかりそうな距離にいる芥川さんにそう訴えれば、顔色ひとつ変えることなくあろう事か頬に私の頬に貼られた絆創膏をベリッ!と勢いよく外した。


「イタッ?!え、何なんですか?!」


「黙れ」


そう言うや否やすっと傷ついた私の頬に右手を、後頭部に左手を添える芥川さんに、生命の危機を感じているかのように心臓が暴れ回る。そう、これはドキドキしているとかではない。怖くてビビってるだけだ。それにしても本当に血が通っていないんじゃないか、それとも氷のような血が流れているんじゃないかと思ってしまうような手の冷たさだ。心の温かい人は手が冷たいというが、どうやらあれは迷信らしい。


「あの、芥川さ、ン?!」


思わず出しかけた声を飲む。それも仕方ない。だって



ようやく血の止まった傷口をぐりっと、芥川さんがぐりっと、それはもう力強く抉ったからだ。いや、本当に意味がわからん。


「イダダダッ!芥川さんッ!めっちゃ痛いです!」


逃げようにも芥川さんに後頭部をがっちりと固定されているせいで、どうしようもできない。折角綺麗に消毒され、手当てされた傷口は見る見るうちに赤く染まり出した。あまりの痛みにジワリと目尻に涙がこみ上げてくる。いや。ほんと、まじで何なのこの人。
ようやく満足したのか、私から手を離した芥川さんは私の血で汚れた指をペロリと舐めた。その姿に、ゾクゾクとした感覚が身体中を走り回る。悪寒とも違う、思わず腰が抜けそうな、この感覚は快感とも近い。いや、そんな、まさか。


「その傷は何だ、もう一度言ってみろ」


「え、これは、、、芥川さんに、抉られた傷です」


「、、、もういい。行け」


心なしか、満足気な様子でそう言い放つ芥川さんに再び身体中がぞわりと粟立つ。頬を伝う生ぬるい血液は、止まる様子がない。しかし、もう一度医務室に行くのは面倒だからもうこのまま帰ろう。

決して、芥川さんにつけられた傷なら跡になってもいいとか、そんなんではない。




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