これの続きのようなものです






外に出たい、窓から差し込む柔らかな日差しと鮮やかすぎる空を見て唐突にそんなことを思った。特に幽閉されているわけでもないが、何となく一人で外に出てはいけないという雰囲気を察している私は、基本的に中也としかこの世界では出かけたことがない。
彼は私が望むものを全て与えようとしてくれる。時には別に欲しくもないのに高価なアクセサリーや洋服を買い与えてくることもある。私はいらないというのに、黙ってもらっとけといつも半ば無理矢理それらを押し付けてくる中也に申し訳なさを感じてしまう。物で私を繋ぎとめようとしているわけではない、ただ私がこの世界で頼れるのは中也だけというのもあるだろう。しかし、森さんや尾崎さんも私のことを気にかけてくれるが、中也は「何かあったら俺に言え。他の奴に助けを求めるな」といつも釘をさすように言ってくる。つまり、中也しか頼れない状況を作っているのは彼なのだ。私は、中也なしでは生きていけない、そう彼に仕向けられている。中也はよく何か欲しいものはあるか、と尋ねてくるが私は「自由が欲しい」というたった一言をいつも呑み込み、何もないよと答えてしまう。きっと言ったところで、彼の気を逆撫でするだけだと心の何処かで諦めている自分がいた。
中也は今日1日、仕事でいない。外はまさにお出かけ日和と言っていい天気だ。彼が帰ってくるまでに戻ればいい、そう安易に考えた私はベッドから起き上がり、出かける準備を始めた。


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意気揚々と外に出て街に来たはいいものの、お金もなく特にすることもない私は自分の無計画さに呆れていた。馬鹿だった、無一文のくせにどうして街になんか出てきてしまったのだろう。これじゃあ何も出来やしない。でもせっかく久しぶりに一人で外出出来たしなあ、ゆっくり買い物とかお茶とかしたいな、なんて考えながら見慣れない街並みを歩いていたその時だった。




「なまえ、、、?」



気のせいだろうか、誰かが私の名前を呼んだ。キョロキョロと辺りを見渡せばすぐそばにあるカフェのテラス席からこちらを凝視している一人の男性がいた。きっと彼が呼んだのだろう。
私は紛れもなくみょうじなまえだが、本来この世界にいるべき人間ではない。それを知っているのはごく一部の人だ。きっと私を呼んだ彼は、本来ここにいるはずのみょうじなまえの知り合いなんだろう。だとすれば、どういった反応をするべきなのか私にはわからず、狼狽えることしか出来ない私をよそに見知らぬ男性はこちらに近づいてくる。



「えっと、」



「やっと目が覚めたんだね。嬉しいよまたこうして会えて。久しく見ない間に、また綺麗になったね」



包帯だらけの手を差し伸べ、私の頬に触れ男性は柔らかい笑みを浮かべる。しかし、その瞳の奥に光が宿っていないように見え、一瞬足が竦んだ。この人は、一体誰なの?



「組織を抜ける時、君のことだけが心懸かりだったんだ。あの時、君も連れ出せたらどれだけ良かったことか。まあいいや、立ち話もなんだしどうだい?一緒にお茶でも」



組織、というのはポートマフィアのことだろうか。だとすると、彼はかつて中也やこの世界でのみょうじなまえの同僚だったのかもしれない。私の手を引き席まで連れて行く彼は、私の返答によらずお茶をする気のようだ。おそらく、危害を加えてくるような人ではないだろう、そう判断した私は流れのまま彼と共にお茶を飲むことにした。



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目の前にいる彼の名は、【太宰治】というらしい。人間失格や走れメロスで有名なかの文豪、太宰治とは違うのだろうけど、話の端々で自殺だの心中だの言ってるあたり、史実の太宰治にも通ずる部分があるようだ。


「それにしても、記憶喪失とは難儀なものだね」


「すみません、せっかく声をかけてもらったのに」


「気にすることはないよ。私は過去を振り返らない性分だからね」


パチリと器用に片目を閉じながらそう言う太宰さんに、少し罪悪感が生まれた。私は意識が戻る以前の記憶がないと、彼に嘘をついた。いや、半分事実も含まれている。しかし、記憶がないどうこう以前に、私はこの世界にはいなかったのだから彼のことを知るはずもない。しかし、そのことを正直に話してもきっと頭がおかしい奴だと思われるだけだ。だったらいっそのこと記憶喪失だと言った方が話が早い。
暖かな日差しに照らされ珈琲の香ばしい香りがするテラスには、談笑をする若いカップルや、本に目を落とすお爺さん、恋の話でもしているのだろうかキャアキャアとかわいい声をあげながら会話に華を咲かせている女の子たちがいる。こちらの世界に来てから最も日常的な空間に居心地の良さを感じるばかりだ。


「太宰さんは、私とどういった関係だったんですか?」


そういえば、まだこのことについて聞いていない。恐らくは同僚だったのだろうけど、少しでもこちらの世界でのみょうじなまえについて知りたいと思っている私は、何気ないふりを装ってそう尋ねた。すると、太宰さんは一瞬驚いたような顔をしたかと思いきや、再びあの笑顔を浮かべ、予想だにしない言葉を口にした。





「私はね、君の恋人だったんだよ」



あまりの衝撃に思わず持っていたティーカップを落としそうになる。恋人、今確かに太宰さんはそう言った。


「それは、本当、ですか?」


「勿論。私は君には嘘はつかないよ」


ニッコリと頬杖をつきそう答える太宰さんに、それ以上何を聞くべきかわからなくなってしまった私は、チラリと店内にある時計に目をやった。意外にも外出してから時間は経っていたようだ。そろそろ中也が帰ってきてもおかしくない。


「あの、すみません、私今日はもう帰ります。ご馳走様でした」


何故かわからないが、これ以上踏み込んではいけない、兎に角この場から立ち去りたいと思ったのと、中也が帰ってくるまでに戻らなくてはという思いからそう言って逃げるように帰ろうとすると、不意に手首を掴まれる。今日初めて笑っていない太宰さんの顔を見た。背筋に冷たい何かが走る。


「太宰さん、離してくださ」


「離さない、って言ったらどうする?」


真っ黒な瞳に映る私の顔は、焦りと恐怖で強張っていた。しかし、次の瞬間「なーんてね、冗談だよ」と明るい声でそう言い私の手を離した太宰さんをみて、安堵の溜息をもらした。


「もう、、、驚かせないでください」


「ごめんごめん、つい揶揄いたくなって。また今度ゆっくりデートでもしようね、なまえ」


それこそ本気か冗談かわからないことを言う太宰さんに、頭を下げ、早足で私は帰路に着いた。



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帰る頃には息がゼエゼエと上がりきり、久しぶりに走った足は悲鳴をあげていた。間に合った、かな?
恐る恐る部屋のドアを開けると、誰もいないことが確認できた。よかった、まだ帰ってきてないみたい。ほっと胸をなでおろし、ヘタリと床に座り込んだ。刹那、


「何処に行ってた?」


文字通り上から降ってきた声にビクリと肩を揺らす。そんな、まさか、
恐る恐る天井を見上げれば仁王立ちで逆さになっている中也がいた。帽子のせいで表情は見えないが、怒っていることが一目見た瞬間、いや声を聞いた時にすぐわかった。
ふわりと、天井から足を離し背後に立った中也に殴られると反射的に悟った私は思わず目をつむる。
しかし、襲ってきたのは強い衝撃ではなく力強い抱擁だった。肩に回された腕はカタカタと小さく震えている。目を疑った。


「頼むッ、頼むから、もう何処にもいくな、俺の目の届かない場所に、行かないでくれ」


掠れた声で縋るようにそう言う中也の腕にそっと触れる。私の軽率な行動でこんなに心配をかけてしまうだなんて、想像だにしていなかった。心の中が罪悪感で埋め尽くされ、身体だけでなく心臓も締め付けられたようだ。



「ごめんね、中也、少し出かけてただけなの。天気がよかったから、つい、、、ごめんね?」


もう二度と、彼に心配をかけるような行動はしてはいけない、心の中でそう誓う私を抱きしめる中也は、この様子からしてしばらく離してくれないだろう。
もう見慣れてしまった広い部屋の中に橙色の日差しが窓から差し込み、私たちの影を床に落としていた。










沈んだその先で
待っている




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