あの日、利吉さんに求婚らしきものをされて以来、私は町へ行くときかなり用心深くなった。建物の影から辺りをきょろきょろと窺う様子は、かなり怪しいだろう。でもなりふり構ってなんかいられない。
「よし……いないな」
「あの」
「ひぎゃあ!」
いきなり背後から声をかけられ、私はしゃがれた鳥みたいな声をだしてしまった。し、心臓とびでるかと思った……。
もしや、利吉さんではなかろうな?恐る恐るふり返れば、そこには私より少し背の高い、同い年くらいの女の子がいた。
「……驚かせてしまい申し訳ありません」
何故かぷるぷる震えながら謝る女の子は、涼しげな目元、艶やかで指通りの良さそうな黒髪、透き通るような白い肌、誰もがふり返るような容姿をしていた。おいおい、めっちゃくちゃ美人さんじゃんか。男でもないのにドキドキするくらいだ。
「い、いいですよ!えっと、何の用でしょうか?」
「いえ、何をなさっているのか気になって声をかけただけです」
なるほど〜。そりゃこんな怪しい行動してたら怪しまれるわ!と心の中で自分で自分に突っ込む。それにしても、こんな真後ろにいるのに声をかけられるまで全然気づかなかった。私ってば鈍い。
「いやあ、ある人がいないか確かめてたんです」
「追わてれる身なんですか?」
「……似たようなもんです」
ははっと力なく笑うと美人さんはまあ、と気の毒そうな表情をした。どんな顔をしても美人は美人だから困る。同じ人間なのになんでこうも違うんだろう。神様とは不平等だ。
「よろしければ、お名前を教えていただけないでしょうか?」
「へ?ああ、なまえです」
「なまえさんですか。私は仙子といいます」
仙子ちゃんか〜。この子の親はきっと彼女が将来美人に育つとしっててこういう名前にしたんだろう。美人じゃなきゃ仙子という名前は似合わない。
私がもしも仙子なんて名前だったら、と想像をしてみたら、【せんこ】の【せ】を【う】に変えて名前を呼ぶドクタマ(主にしぶ鬼)たちが思い浮かんできたのでやり場のない苛立ちにかられた。
「あの、このあとお時間はあります?」
この苛立ち、どうしてくれようと思っていたら仙子ちゃんがそんなことを訊ねてきた。この後かあ。今日は、夕飯の買い出しに町にきたけど、これといって急ぐことでもないし。
「ありますよ」
「よかった。なら、一緒にお茶しません?一人だから寂しくて……」
「あ、いいですよ!私もみての通り一人ですし。それから、敬語じゃなくて結構ですよ」
「本当?じゃあ、なまえさんもタメ口ね」
「わかった。じゃ、行こう」
初めて同じ年頃の女の子と町を歩くことに、私は胸を弾ませた。いつも買い物は一人だったからなあ。お茶をしたあとは小間物屋でも一緒に行きたい。
せっかくの機会だ。ここで会ったのも何かの縁だし、図々しいかもしれないが、仙子ちゃんと仲良くなろう。
**********
「あっ!ねえねえ、この帯可愛い!」
「あら、本当」
バイト先でお団子を食べた(店長がまけてくれた)後、私たちはいろんな店をうろついている。団子を食べながら、私たちはいろんなことを話した。とは言っても、普段していることや趣味、お互いの年齢とかくらいだけど。仙子ちゃんは何でも、私と同じ15歳だとか。洗練された仕草、大人びた表情と雰囲気はとても私と同年齢の子のものとは思えない。
今だって、私が帯をみてはしゃいでいる様子を仙子ちゃんが微笑ましそうにみている。まるで姉妹だ。
「これなんかなまえさんに似合いそうよ」
店先に並べてあった簪を手に取り、仙子ちゃんは優しい手付きでそれを私の髪にさす。
勧められた簪は、梅の花が象られている可愛らしいもので、私にこんなの似合うかな、と思っていたら「可愛い」と仙子ちゃんがほめてくれた。
「本当?ありがとう」
お世辞とはわかっていてもやっぱり嬉しい。
しかし、似合うとは言われたものの、私に簪を買う予算なんてない。いや、買おうと思えば帰るのだが、簪は生きていく上で絶対に必要なものではない。だから、私はそっと簪をぬきとり、元の場所へと戻した。
「気に入らなかった?」
「ううん、違うよ。すごく可愛いと思う。でも、買えないや」
不安げな仙子ちゃんにあえて買わない理由を告げず、私は「次、あのお店にいこう」と、意外に大きな彼女の手をひいた。
**********
結局何も買うことなく、私と仙子ちゃんは夕方まで一緒に町の中を歩き回った。どうしよう、疲れてないかな、仙子ちゃん。私が強引に連れまわした感が否めないからなあ。
「今日はごめんね。初対面なのにいろんなとこにつき合わせちゃって」
「ううん、いいの。元はといえば、私が誘ったんだし」
「本当?よかった。仙子ちゃんといるの楽しくてつい色んなお店にいっちゃった」
「ふふっ、私も楽しかったわ。これ、今日のお礼に受け取って」
「?」
手渡された小さな木箱、何かわからなくてそれをぽかんと見ていたら「開けてみて」と言われたので、蓋をはずしてみると、なんと中には昼間、似合うと言われた簪が入っていた。
「やっぱり、なまえにつけてもらいたくて」
「そんな……!お礼なんていらないよ!むしろ、私がお礼しなきゃいけないくらいなのに!こんな高価なもの……」
「いいから。受け取って。ね?」
もらった簪を返そうと試みたが、仙子ちゃんに昼間と同様、髪に飾られてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。私の方はなにも用意できてないのに。
「あ、これをあげるかわりに一つ、お願いしてもいい?」
「全然!一つなんかじゃなくて沢山していいよ!」
「また、一緒に買い物してくれる?」
「そ、そんなことでいいの?」
「うん。いいの」
「……わかった。何回でも一緒にお買い物するよ!」
「ありがとう」
ふわりと笑う仙子ちゃんは、夕陽に照らされ一枚の絵のようだ。もしかしたら仙子ちゃんは天女さまなのかもしれない。
もう少し、一緒にいたかったがあたりが暗くなる前に帰らなくてはいけないからお別れだ。
じゃあねと仙子ちゃんに手をふり私は一人、夕飯の買い出しに向かった。
また、会えるよね。
帰ったらお母さんに友達ができたよって話したい。すごく、素敵な人だよって。
→
ALICE+