「なまえ、少しいいか」
休憩中、いきなり天井から現れたキャプテン達魔鬼は私を見るなりそんな言葉をかけてきた。
ここ最近、ぱしられてばっかりだからなあ……。あんまりいい予感はしないけど、お金のために私はなるべく笑顔で「なんでしょうか?」と返した。
「私がドクタケ水軍創設の指揮官を任されているのは知っているであろう」
「まあ、それとなく」
「しかしだ、我がドクタケには造船の技術を持つ者も心得ている者もいない」
「でしょうね」
「そこでだ!」
ビシィッ!と私を指差しポーズを決めるキャプテン達魔鬼。
私はというと嫌な予感しかしなくて引き笑いをしている。
「明日、君に兵庫水軍の偵察にいってもらいたい!」
「あーあーなに言ってるのか聞こえません」
「特別手当てをうんと出そう」
「具体的にどういったことをすればよいのでしょうか?」
"特別手当て"と"うんと出す"の言葉につい反応してしまった自分が情けない。でも、キャプテンは八方斎様と違い奮発すると言ったら必ずそれを実行してくれる人だ。
「船の構造や装備を視てきてくれ」
「わかりました」
「では、頼んだぞ」
現れたときと同じく、キャプテン達魔鬼は天井裏へと消えていった。別に城内なんだからいちいちあんな現れ方しなくてもと思ったが、キャプテンは所謂エリートだからつい癖でやってしまうのかもしれない。
まあ、それはいいとして早速明日の準備をしなくちゃ。
少し冷めてしまったお茶を一気に流し込み私は作業に戻った。
**********
「おお、海だ」
キャプテンに渡された地図を頼りに歩くこと数刻、道が開けたと思ったら目の前に鮮やかな青が広がる。初めて見るわけではないが、やはり綺麗だ。
しかし、目的地に着いたはいいけど、どこにも船なんか見当たらない。
遠眼鏡を取り出し、沖の方を見てみれば、それらしい船が映った。ううん、困った。あんな遠くじゃ船の構造を調べようにもまず外観さえろくに観察できない。
「あ!」
さっそく問題が発生し途方に暮れていたら、突風が吹き地図が飛ばされ、風に舞い上がり浅瀬の岩の上に落ちた。しまった、あれがないと帰れない。
今日は波が荒いのか、さっきから強く岩肌に押し寄せられた波が打ちつけられている。波に浚われる前に、とらなくては。
慎重に岩の上を移動し、地図へと手を伸ばす。後少し、あと少し……!
「届いた!」
しかし、地図に手が届き安心したのも束の間、一際大きな波が打ち寄せてきて瞬く間に私を呑み込んだ。
海水が口の中に入って苦しいししょっぱいやばい私死ぬ。
今までの人生が頭の中を駆けめぐる。ああ、これが噂に聴く走馬灯か。
薄れゆく意識のなか、もしも死んだらキャプテンを怨んでやると誓った。
**********
「……、」
「、……、…」
遠くで誰かの話し声が聞こえる。そうか、私は天に召されたのか。きっとこの話し声は、私を天国行きにするかそれとも地獄行きにするのか話し合っているのだろう。
「どうするんだよ」
「どうするもなにも、どうしようもないだろ」
だんだん鮮明に聞こえてくる声。会話のないようからして、やはり私の行き先を決めようとしているようだ。
「……うう、」
「!起きたぞ!」
「本当だ!おい、誰か水を持って来い!」
地獄だけは嫌だ、そう思い目を開けてみればなんとそこにいたのは人間の男たち、いや、人間の男に似た天界の番人たちだった。
「ど、どうか天国行きで……」
「天国?」
「地獄だけは、ご勘弁を……」
「プッ!アハハハ!」
私が懇願するといきなり笑い始めた番人。あれか、お前なんか地獄行きだよドアホ!という意味の笑いか。
「お頭ぁ!この子、自分が死んだと思ってるみたいですよ!」
「なにぃ?本当か網問……オェップ」
「……?」
「ここは兵庫水軍の船だよ。俺は水夫の網問」
「兵庫水軍……」
ということは……私、助かった?
網問と名乗った若い男の人が「とりあえず水飲む?」と水筒を渡してきたので有り難く頂戴する。
「……ップハァ、ありがとうございます」
「吃驚したよ。海に女の子が浮かんでるのが見えたから」
「す、すみません……ご迷惑おかけしました」
「いいっていいって。今、岸に向かって船は進んでるから、安心しなよ」
ひょっとして、この人が私を海から引き揚げてくれたのだろうか。……お、重くなかったかな。絶対重かったよね。こんなことになるなら痩せとけばよかった。まあ、今更そんな後悔しても仕方ないんだけどね。
「網問、目を覚ましたか?」
「義丸の兄貴!」
人がだんだん集まり、落ち着かなくてそわそわしていたら額に傷のある男性が現れた。
上半身裸の。
「……きゃああああ!」
男性の半裸姿なんかみたことない私にとって、それはあまりにも刺激的すぎた。
「どうした!?」
「ふ!服を着てください!」
いきなり叫んだ私に驚く網問さんをスルーし、両手で目を塞ぎ、義丸と呼ばれた男性にそう言うと周りから笑い声が聞こえてきた。私からしたら笑いごとじゃない。
「はい、着たよ」
「……」
恐る恐る指の隙間から義丸さんを窺ってみると、確かに服が羽織られていた。
「で、君は誰?」
「……なまえと言います」
「なまえちゃんね。どうして海で溺れてたの?」
「その、風に飛ばされた地図をとろうとしたら波がドバーっと……」
「なるほど」
服を着た、というより羽織っただけの状態である義丸さんはやたらと色気があって正直まともに顔を見て話せない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、義丸さんはやたら近い距離で話す。
「あ、身体濡れてて寒いだろう?これでも羽織るかい」
これ、と義丸さんが指さしたのは今彼が羽織っている着物だった。
「い、いいです!お気持ちだけで十分です!」
「でも、そのままだと風邪をひくよ?」
「大丈夫です身体だけは丈夫なんで!」
「でも心配だ」
「だあああ!脱ごうとしないでください!」
「兄貴……あんまりからかっちゃ可哀想ですよ」
「からかってなんかない。至って真面目だ」
だとしたら尚更質悪いわ!もうやだこの色男!
でも、なんで義丸さんは上半身裸だったんだろう。よく見れば、髪の毛とか湿ってるし。
……もしかして
「あの……ひょっとして、私を助けてくれたのって……」
「俺だよ」
「私ただでさえ肉付きいいのに水に濡れてたとなるとかなり重かったですよね……すみません」
「そんなことない。寧ろ軽すぎなくらいだ。ちゃんと食べてるかい?」
なんて紳士的なんだろう義丸さん……。ただの破廉恥な人と思っていたことが申し訳なくなってきた。
「もっと食べなきゃ、大きくならないよ」
「……どこみて言ってるんですか」
「どこって、む」
「うわああああ!いい言わなくていいです!」
「あの、二人とも……岸に着きましたよ」
「ほ、本当ですか!?」
網問さんの言葉に手放しで喜んでいると義丸さんは「残念だ」と落胆した。何も残念なんかじゃない。キャプテンには悪いけど水軍の偵察は諦めよう。特別手当ては支給されないかもしれないけど背に腹はかえられない。
「なまえちゃん」
「ヒイッ!なんでしょう」
義丸さんの大きな手が頬にすっと添えられまっすぐに見つめられる。なんだろう、利吉さんとはまた違った意味で心臓に悪い。
「また、遊びにおいで。待ってるから」
いや別に遊びに来たわけじゃないんですけど。あと待ってなくていいです。二度と来るつもりないんで。
とは命の恩人に言えるわけもなく私は「アハハ……」と意味もない笑いを返した。
しかし、濡れたままだと流石にまずいだろうということで網問さんが着替えを貸してくれたので必然的に私はまた、兵庫水軍に来なくてはいけないハメになった。
それは仕方ないとして、キャプテンになんて言い訳しよう……。
事務員になって初めて仕事に失敗した私は帰り道、必死にそれらしい言い訳を考えた。
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