私がぶっ倒れてから一週間後、なんと新しい事務員さんがくるということが急遽決まった。
なんでも、前の仕事先でお前なんか不要だと言われ飛び出してきたらしく、行く宛もなくふらふらしてたらドクタケの【事務員急募】のチラシを見かけたから面接を受けにきたらしい。
即合格で今日から一緒に働くことになった彼、小松田秀作さんは昨日までは忍術学園の事務員をしていたと聞いた。事務経験者なら安心安心。
「いやあ小松田さんも苦労してたんですねえ」
「そうなんですよ。僕だって頑張ってるのに学園長先生に怒られてばかりで……」
しゅんと肩を落とす小松田さんは失礼ながら私より一つ年上には見えない。
「ま、これから一緒に頑張りましょうよ。あ、その書類あっちの棚に仕舞っといてください」
「はーい」といういい返事をして立ち上がった小松田さんはぐらりとよろけて机の角に躓き盛大に転けた。うわあ痛そう。
「わあああごめん!」
「構いませんよ。それより、怪我してませんか?」
頭をぶつけたのか後頭部をさする小松田さんにそう訊くと吃驚した顔をされてしまった、と思いきやいきなり顔をくしゃりと歪ませて泣き出したではないか。
「ふ、ふええっ」
「そ、そんなに痛かったんですか!?医務室いきます?」
「ち、違うんです……。僕、失敗して誰かに心配されるなんて久しぶりで……」
どんだけ怒られてたんだこの人は。
すんすんと鼻をすする小松田さんに一応医務室に行きましょうと言うと「いや、平気です!」と断られた。まあ、平気ならいいんだけどね。
と思ったのがいけなかったのか、それから後も小松田さんは転けるわ転ける。何かに躓いてはもちろんのこと、何もないところでもずっこけるから最早一種の才能じゃないかと思ってしまうくらい転ける。
しかも、そのたびに書類が汚れたり湯呑みが割れたりするからなんかもう……正直じっとしててもらいたい。と言えるはずもなく
「うわぁぁあっ!」
「……」
達魔鬼さんに渡されたであろう山積みの手裏剣やらクナイやらが入った箱をぶちまける小松田さんに私はもうなにも声をかけることが出来なかった。あーあ、床に刺さっちゃってるし。八方斎さまがみたらグチグチ嫌味いってきそうだな。うわ、想像しただけで腹立たしい。
「ご、ごめんなさい〜!」
「ハハハー構いませんよ」
乾いた笑いを漏らしながら床に散らばったそれらを拾っていると小松田さんも慌てて拾い出したので「小松田さんはお茶を煎れててください」と指示した。小松田さんとはまだ半日しか過ごしてないが、かなりおっちょこちょいというか、ドジなことがわかってしまった。もしかしたら、うっかりクナイで手をざっくり!なんてことが有り得ないこともない。というより、小松田さんなら十分有り得る。
「よっこいしょ」
籠に戻したそれらを倉庫に仕舞うべく外にでると門を叩く音が聞こえた。今日は誰かくる予定でもあったっけ?少し不審に思いながら「どなたでしょうか?」と門の外にいるであろう人物に問いかけると、複数の子供の声が返ってきた。
「忍術学園の忍たまでーす」
「忍術学園……?」
確かうちのお城と忍術学園は仲がよろしくなかったはず……。でも、正面切ってくるってことは偵察とかじゃないよね。
門の鍵を外し気の扉を開けると、そこには団子屋でバイトをしているときやってきた男の子三人組がいた。
向こうも私のことを覚えていたらしく『アーッ!』と口と目を大きく開いて驚いている。
「君たち忍たまだったんだね」
「はい!お久しぶりです!」
そばかす眼鏡っ子がニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながらそう言った。
「僕たちあれから何回か団子屋さんに行ったのにお姉さんいなかったから、どうしちゃったのかなって心配しましたよ」
つり目で八重歯の少年がこれまた嬉しいことをいってくれる。にやけそうになる口元を抑えごめんねと言った。
「ちょっとこっちの仕事が忙しくてね。顔がだせなかったの」
「あそこのお団子美味しいんですよね〜」
よだれを垂らしながらうっとりと呟くふくよかな少年の言葉を店長に聞かせてあげたい。きっと泣きながら喜ぶだろう。
「あ、それで今日はどうしたの?」
「あ〜それが……」
「小松田さんいます?」
「僕たち学園長先生に言われて連れ戻しに来たんです」
「……なるほど」
私は三人の言葉にううんと唸った。
小松田さんがいてくれるのといてくれないの……どちらが私にとって利益があるだろうか……。
ぶっちゃけた話、今日小松田さんと一緒に仕事をしてて、助かる〜と思った瞬間がない。むしろ、一人でしたほうが早いくらいだ。
「小松田さんを呼んできてもらえませんかねえ?」
ぽりぽりと頬をかきながら八重歯の男の子がそう言うので私は少し悩む素振りをして「わかった。ちょっと待ってて」と言い残し事務室にむかった。
「小松田さん。ちょっといいですか?」
「あ!なまえちゃん!お茶っ葉の量間違っちゃった〜」
「……大丈夫ですから。小松田さんにお客さんが来てますよ」
「お客さん?」
きょとんと首を傾げる小松田さんの手を引き三人の元へ行く。
「おーい、連れてきたよー!」
「ひいいっ!乱太郎くんきり丸くんしんべヱくん!どうしてえ!?」
「迎えにきましたよ小松田さん」
「さあ帰りましょう」
「食堂のおばちゃんがご飯作って待ってますよ!」
「……か、帰らない!だって、学園長先生に出てけって言われたもん!」
「その学園長先生が『頼むから戻ってきてくれ』って言ってたんです!」
「みんな小松田さんがいないと寂しいって言ってましたよ」
「僕たちも寂しいです!」
『小松田さん!戻ってきてください!』
うるうるとした目で小松田さんに詰め寄る三人はどこか芝居臭い。
しかし、ここは自分のためにも、私も帰るように小松田さんを促した方がいいだろう。
「くうっ……なんていい子たちなんだ……!こんなに想われてるだなんて、小松田さん、あなたは幸せ者ですね……!」
わざとらしく鼻をすすり、肩を馴れ馴れしく叩きながらそう言うと、小松田さんは鼻声で「はっ、はい……!」と頷いた。こんな大根芝居に騙されるなんて…少し小松田さんのことが心配になった。そのうち悪人に騙されてしまいそうだ。
「なまえちゃん……僕、帰るよ。ごめんね。一人じゃ大変だろうに……」
私に余計な心配をされているとは少しも知らない小松田さんは申し訳なさそうにそう言う。
確かに、一人だと大変だ。でも、小松田さんと二人だと、ものすごく大変だ。
「私のことなんか気にしないでください!一人でも頑張ってみせますから!」
「……ありがとう!」
「じゃあ、帰りましょうか。小松田さん」
「乱太郎くん……うん」
「道中気をつけてくださいね。君たちも」
「はい!あ、僕、猪名寺乱太郎っていいます」
「摂津のきり丸でーす」
「福富しんべヱです!」
「あ、そういえば名前言ってなかったね。私はみょうじなまえっていいます。また団子食べにきてね」
「はい!あ、」
何かを思い出したようにきり丸くんが私に近づいてきて、こそっと小声で「さっきは俺たちの演技にのってくれて、ありがとうございました」と言ってきた。
やっぱり芝居だったのかと苦笑いしつつも、どういたしましてと返しておく。
「それじゃあ、またねー」
夕日に照らされた道を仲良く並んで帰る四人を見送る。なんだか少し寂しいが小松田さんには帰るべき場所があったんだ。
再び独りぼっちになった事務室には、小松田さんが入れてくれた真緑のお茶の入った湯呑みが僅かに湯気をたてていた。
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