さあて今日は事務員の仕事が休みなわけだし久しぶりに団子屋さんのバイトにいこっかなあと思い家を出た瞬間、茂みから何かが飛び出してきて思わず叫びそうになったが、よくよくみたらしぶ鬼だったのでお前こんなとこでなにしてんの?あ、さては私のストーキングか?そうなのか?って聞いたら全力で否定された。
「で、ストーカーじゃないならなんで家の前にいんのさ」
「どうしてお前なんかをストーキングしなきゃいけないんだよ馬鹿!そもそも、あの時のこと覚えてないのか!」
「あの時……」
「なまえが倒れたとき、僕にバイト手伝えって言っただろ!」
「ああ、あれね。え、本当に手伝ってくれるの?」
此方としては冗談のつもりで言ったことなのに、律儀に私との約束を果たそうとするしぶ鬼はやはりドクタマのリーダーだからだろうか、変な責任感を持っている。まあ、そこがしぶ鬼の長所なんだけどそんなことは言ってやらない。どうせ私が誉めても素直に喜ばないだろうから。
今度キャプテン達魔鬼にこっそり言っておこう。しぶ鬼は責任感のある子ですね、と。キャプテンに「いやあなまえがしぶ鬼のことを誉めていたぞ!」と言われたらしぶ鬼も喜ぶだろうし何よりキャプテンの中での私の株もあがるってもんだ。親バカな達魔鬼さんのことだから息子を誉められた日には浮き足立って鼻歌でも歌うだろう。
そんな邪な考えを抱いているとは知らないしぶ鬼は無言な私にじいっと見つめられ「な、なんだよ」と気味悪がった。
「いやなんでも。にしても助かるよしぶ鬼〜。てか、よく私が今日バイトにいくってわかったね。あ、やっぱりあんた……私のスト」
「いい加減にしないと帰るぞ」
「めんごめんご」
なんて可愛げのない奴だ。
そんなひねくれ者のしぶ鬼と私はギャーギャー口喧嘩をしながら町の団子屋まで歩いた。
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バイト先の主人にしぶ鬼を紹介すると孫が二人できたみてえだと喜んだ。しぶ鬼には客の呼び込みを頼み、私はお茶や頼まれた団子を運ぶ。最初は恥ずかしそうにしていたしぶ鬼だが、だんだんと声も大きくハッキリしたものになり、そのおかげで客足は上々だ。
「よーし、しぶ鬼。中でちょっと休憩しな。喉痛いでしょ。店長がお茶と団子くれるみたいだからいただきなさい」
「え!いいの!」
ぱあっと顔を綻ばせるしぶ鬼はお腹が空いていたのだろう、珍しく私に素直にありがとうと言ってきた。ちょっと調子が狂う。
「店長にもお礼いうんだよー」
「わかってる!」
さて、私はもう一働きしてから休ませてもらおうかな。まだ客足が途絶えることは無さそうだし。
ぐーっと背伸びをして身体を解していたら何処からか、「なまえちゃん」とあまり聞き慣れない声で名前を呼ばれたものだから辺りをキョロキョロ見渡すと、片手をあげたやたら爽やかな好青年がいた。確か、
「山田利吉さん!またいらしてくれたんですね!」
「ああ。ここ最近忙しくてあの時以来これなかったからね」
「あ、私もここのバイトあの時以来なんです」
「え?そうなのかい?」
「はい。ちょっと色々あってなかなか来れなかったんです」
「そうか……何か困ったことがあったら何時でも言っておくれ。私でよければ力になるから」
「は、はあ。ありがとうございます……」
なんかよくわかんないけど利吉さんに、どこぞの小説の主人公のようなことを言われてしまった。何だろう、私、か弱い女の子のように思われているのかな。それはそれで嬉しいけど、普段ドクタケで受ける扱いと真逆だからどういう反応をしたらいいのかわからない。歯の浮くようなセリフに加えて、利吉さんがそんじょそこらにいる男に比べて美形だから尚更私は困った。
「あ!お、お茶出しますね!待っててください!」
その場から逃げるように私は店の中に入った。少しもたつきながらお茶を淹れ、どうぞと利吉さんにお渡しすると、これまた目が潰れそうになるくらいの眩しい笑顔でありがとうと言われてしまった。
きっとあれだ、私は男性の免疫が無いに等しいからやたらドキドキするんだ。利吉さんにしたら、こんな対応誰にでもするのが当たり前のはず。
そうでも考えないと利吉さんが私に優しくする理由がないん。もしくは、企みがあるとしか思えない。人生そんなうまいことない。
「ご、ご注文は?」
「草団子と餡団子を頼もうかな。あ、それと持ち帰り用で餡団子を十本包んでくれるかい?」
「かか畏まりました」
またまた素早く店の中に入り店長に頼まれたものを伝える。
私の様子がおかしいことに気づいたのか、しぶ鬼に「何か変だぞ」と言われ余計に動揺してしまった。
「え、いやいやいやいや気のせいだってば」
「明らかにどもってる……」
しぶ鬼がそう言うが、今の私にはその言葉に反論する余裕なんかない。
生まれて初めて出会うタイプの男の人にがっちがちに緊張しているのが嫌でもわかる。
手汗でお団子の乗ったお皿が滑りそうだ。
「お待ちしました……」
「どうもありがとう」
「いや、私は店員として全うすべき責務を果たしただけで礼を言われるような筋合いは全く御座いませんよ」
「そんなに恐縮しないでくれ。それに、君に渡して貰えたから嬉しいんだ」
ひいーっ!もうやだこの人怖い!かっこいいとかイケメンとか通り越して怖い!緊張するとか照れるとか通り越して怖い!え、私なんかしました!?てかほとんど初対面ですよね!?怖い!利吉さん怖い!
心の中が恐怖で埋め尽くされたその時、店の中からしぶ鬼が出てきて「なまえー、交代だってー」と本人にそのつもりはないのだろうけど、救いの手をさしのべてきた。
「しぶ鬼ぃ!」
「うわ、なに……って、利吉さんじゃないですか」
「君はキャプテン達魔鬼の息子、ドクタマのしぶ鬼じゃないか。君もバイトかい?」
「まあ、はい。実は斯く斯く然々でして」
「なに!?事務職を一人でこなしていたなまえちゃんがある日疲労困憊で倒れてその時にバイトを手伝うと約束しただと!?」
「斯く斯く然々でわかるんですか利吉さん……。というか、別にそんな血相かえなくても」
「これが変えずにいられるものか!なまえちゃん!」
「はいっ!?」
すごい勢いでこちらを振り返った利吉さんはこれまたすごい力で私の両手を包み込んだ。私より大きく、すこしごつごつした手から伝わる体温に再び心の中でひいっ!と声をあげる。
「可哀想に……まだこんなに若いのにそんなになるまで働いていたとは……」
「若いといっても15歳ですし!当たり前ですよ!」
「なら尚更だよ。若いうちからそんなに働いてどうするんだい?」
「……将来、母を養うためにお金を貯めたいんです。そのためには、若いうちにいっぱい働いて、お金をためなきゃいけないんです」
「そうか……わかった。じゃあ、こうしよう」
「?」
「私がなまえちゃんのことも、お母様のことも養うから。安心して」
「「……ええー!」」
それまで黙っていたしぶ鬼も流石に私と声をそろえ驚いた。
「いいい意味がわかりません!」
「ああ、少し遠まわしだったね。結婚しよう」
「ますます不可解です!」
「これ以上直球な言葉はないと思うんだが……」
「そういう問題じゃなくて!」
「利吉さん、ちょっと待ってください」
微妙に会話が噛み合わない利吉さんに歯痒い思いをしてたら、しぶ鬼が何かを考え込むような顔をして待ったをだした。
「結婚って、つまり、なまえがドクタケの事務員を辞めるってことですよね……?」
「ああ、そうなるね」
「そ、そんなの駄目です!」
私がそう言おうと思った矢先、しぶ鬼の必死な声が耳に届く。
「今こいつがいなくなると、ドクタケは人手不足で本当に大変になっちゃうんです。だから、駄目なんです」
てっきり、私がいないほうが精々するから早く嫁にもらってくださいとか言うものだと思っていたからか、しぶ鬼の言葉がやけに胸に響く。
なかなか店に入らない私を不審に思った店長が中から呼ぶ声がする。
「なまえちゃん、お茶が冷えるぞー」
「あ、今いきます!じゃ、じゃあ私はこれで」
握られていた手をふりほどき、利吉さんから逃げるように店の中に入ろうとすると、「なまえちゃん」と名前を呼ばれる。恐る恐るふり返る。まだ何かあるのか……。
「返事はまた今度聞きにくるね」
どうやら諦めてないらしい。にっこり笑いながらそう言う利吉さんに私は何も言うことなく、そそくさと休憩に入った。
**********
「逃げられちゃったか」
「……何のつもりですか、利吉さん。なまえを嫁にもらうだなんて」
「何のつもりも何も、結婚したいだけだよ?」
「そんなの、変ですよ。利吉さんは、なまえのこと知ってるんですか?」
「私は忍だぞ?情報収集なんてお手のものさ」
「……」
そういう意味じゃないと言いたげなしぶ鬼をみて、利吉は先程までなまえに見せていた爽やかなものとは違い、不適な笑みをうかべる。
「それに、彼女のことはこれからもっと知っていけばいい。代金はここにおいておくよ」
「……毎度あり」
「ハハッ、そう怒るなって」
「別に怒ってませんよ。ただ、なまえはドクタケの事務員ですから。そのことは忘れないでくださいね」
「……手厳しいなあ」
最後には苦笑いをこぼし立ち去っていった利吉を、しぶ鬼は眉間にしわを寄せその背中を見届けた。
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