最終話
麦わらくんたちとの宴はほんとに賑やかだ。まさしくどんちゃん騒ぎと言って違いなく誰もが親しげに飲み交わし、酔っ払いたちが集まる輪からは調子外れの歌も聴こえる。
ミンク族の人たちもみんな気さくで愉快な人ばかりで、つい先ほど上陸したおれとローくんにもお酒をすすめてくれて、料理も運んできてくれた。
少し離れたところではシャチくんやペンギンくんたちも楽しそうに麦わらくんたちやミンク族の人たちとお酒を飲ん……浴びてる?あれは浴びてるな。
犬のミンクちゃん達とすっかり意気投合したおれは、すっごくいい気分でお酒を飲んでいた。何しろ今夜は他のクルーくん達も居てくれるし、見てるのはミンク族と麦わらくん達だけなので、おれは深酒したって問題ない。
彼女たちはお酒を飲みながら、先に上陸した麦わらくんのクルー達がいかに勇敢であり慈悲深かったかを語ってくれた。その口ぶりこそおれには優しく聞こえたので、人の心は連鎖していくものなんだなあとぼんやり思う。
「みんなサンジくん達が大好きなんだねえ」
「ええそうよ。本当に……危ないところだったから」
「ゆティアの仲間にも随分助けて貰ったの。感謝してるわ」
「そう言ってもらえるとおれまで嬉しい」
ベポくん以外のミンク族には初めて会ったわけだけど、女の子はやっぱり可愛くて素敵だった。ぴこぴこ動く耳や尻尾をつい目で追ってしまう。
「…………かわいー」
「そんなに気に入った?」
「私達からすればキョロキョロしてるゆティアの方が可愛く見えちゃう」
「あ! 大恩人の友達! ガルチュ〜!」
そんな明るい声が聞こえて振り返ると、新しい料理の乗った大皿を手に持ったまま別の犬のミンクちゃんがおれに向かって突っ込んできた。
「わっ……っはは! くすぐっ……うんうん、ガルチューガルチュー」
「ガルチュ〜!」
おれのほっぺにスリスリ頬ずりして、彼女は大皿を床に下ろしてにこにこしてるもんだからこっちまで笑顔になっちゃうな。
すると席を外していたローくんがジョッキを手に二つ持って戻ってくるのが見える。ミンクちゃんたちに左右からむいむい挟まれたまま、ローくんに向かって片手をあげて迎えた。ここ天国かもしんない。
「そうしてるとどっちが犬だか分からねェな」
「わんわん」
「……向こうにいい麦酒があった。飲むだろ」
「飲む飲む」
おれにくっついてたミンクちゃんに隣を空けてもらうようにお願いすると、空いた席にローくんがどっかり座る。それからおれにジョッキを手渡してくれた。
だけどおれとは反対側のローくんの隣に腰掛けたミンクちゃんは、遠慮なく彼にもガルチューと叫んで頬を寄せている。
女の子にむいむいされてるローくんはちょっと嫌そうだけどおれは見てて楽しい。
「……よせ、」
「ローくん。郷に入っては郷に従えって言うよ」
「お前は従い過ぎだがな」
「あは♡これありがとね。乾杯しよ」
「何にだ」
「おれ達のおかえりに、とか」
するとローくんは確かになと呟いておれの手元にジョッキを寄せてくれるので、そっと合わせておいた。
「んー、美味〜い! 何樽か分けてもらお」
「飲み過ぎるなよ。ペース落とせ」
「分かってるよ。ガルチューガルチュ〜〜」
隣のローくんの腕にぽすんと頭を寄せてぐりぐりすると、ローくんは浅く息を吐いてジョッキを傾ける。
「……」
「あれ? されたいのかと思った」
「ニアは船長ととっても仲良しなのね!」
「私、もう少しおつまみもってくるわ」
「じゃあ私は別のお酒を」
そんなやり取りがあって、何人か居たミンクちゃんたちはおれ達が座っていた切り株の上を離れていってしまう。目の前で大宴会が繰り広げられる中、おれとローくんはまったりとお酒と料理を楽しんでいた。
「…………大変なのはこれからなのに。みんな楽しそう」
「緊張感が足りねェ。危機感もだ」
「ローくんはとっても強いからみんな安心して任せてられるんだよ」
「……どうだかな」
口ではそう言いながらも、ローくんは特別気を悪くしたり、強く反論することはなかった。ただ普段よりもちょっとだけ迷うような顔をしている。
「どしたの? 元気ない?」
「…………お前にまだ話してないことがある」
「え?珍しいね。なんだろ。その顔からするにあんまいい話じゃなさそう」
「分かるか」
「分かるよ。ローくんのことだからね」
ジョッキを下ろしておれはローくんを見やる。
ローくんもまた、応えるようにおれと視線を絡めてきた。
「……お前の……故郷の話だ」
「おれが居た国?」
「…………あの国を滅ぼしたのはドンキホーテファミリーだ」
静かに、ローくんはぽつりと呟く。
「あー…………」
「……悪かっ、」
「や……いいよ。そんな気はしてたから、話してくれて嬉しい」
滅んだ国なんかに、あのドンキホーテファミリーが興味を示す筈はないんだし。もしかしたらそうなのかなあというのは、長らく考えてきたことだ。
たまたま立ち寄った滅んだ国でおれを拾ったというよりは、滅ぼした当人たちによって迎え入れられたとしたほうがしっくりくるわけだし。そっちの方が自然だよなあ。
「おれあの国のことも家族のこともなんにも覚えてないんだよ。だから……ドンキホーテにしか居場所もなかったし。むしろ拾ってくれたことには感謝して…………ローくん?」
黙ったままのローくんが、おれの手を取った。
「……おれがマトモだったら怒ったり悲しんだりしたのかもだけど」
「…………言うかどうか迷ってた。ずっと」
「そうなんだ。じゃあおれから聞けばよかったね。しんどかったでしょう。おいでおいで」
取られた手をぐいっと引いて、ローくんの肩をおれのほうへ寄せてあげる。
「おれはねえ、ローくんがそうやって話してくれるのが嬉しいよ。もう話しても大丈夫だって思ってくれたんだろ」
「…………」
「それとも、もう嫌われちゃえって思った?」
「思ってない」
「ならいいよ。結局あの人は最後まで話してくれなかったけど、こうやってローくんから聞けてスッキリした」
それでいいのか、と語るローくんの視線は珍しくも所在無げに揺れておれの鼻先へ落ちた。
「こんな素敵な人と出会っちゃったんだから。今更ローくんと会わなかった人生になんて興味ないよ、おれ」
「…………そういう話だったか?」
「え、違った?」
「……お前が変わらず此処にいるなら、おれはそれでいい」
そんな風に言われて「勿論」と返すとローくんは少し安心したみたく笑う。
「そう考えたら……運命だねえ。ロマンチックだ」
「国一つ潰しておいてロマンも何もねェだろ」
「んん……確かに……でも、ほんとに大丈夫だよ。おれにとってはもう事故みたいな話だし……それよりこれから先のことの方がずっと大事だ」
そうかと言ってローくんは麦酒に口を付けるので、おれも倣う。
「だが……悪かった。今まで伝えなかったことも含めて。一言で済むもんじゃねェが……」
「それでローくんの中で筋が通るなら……おれはいいよって言わなくちゃな」
よしよしと頭を撫でてみると、ローくんは間を取ったあとに浅く頷いた。
「ニア〜〜ちゃんと飲んでんのか!」
「わ……わあシャチくんベロベロじゃん」
「ニアガルチュー!」
女の子たちも戻ってきて皆でまったり飲み直してたら、向こうからシャチくんとペンギンくんが肩組んで寄ってきて。おれを見るなりシャチくんがおれの腹に雪崩れ込んできた。
「ねえ、ペンギンくん。シャチのミンクって居るの?」
「シャチだと魚人じゃね? どっちかって言うと」
「でもシャチって哺乳類だよねえ……離してよ〜重い!」
シャチくんの身体をぐいっと押し退けると、彼はヘラヘラ笑っておれの隣のローくんにお酒を継ぎ足す。まだまだ元気だなあ。
「ニアとキャプテンがそうやって並んで酒飲んでるの見るとよ〜泣けてくるぜまったく……!」
「コイツさっきからおれに同じ話何回もしてくるんだ」
勘弁してくれとペンギンくんはゲラゲラ笑うのでなんだかんだ仲が良いんだよなあと思う。
「キャプテーン! おにぎりあった……あれ、シャチ顔真っ赤だよ」
「な! ベポ! お前もそう思うだろ?」
「なんの話?」
「船長とニアが並んで座ってるってだけでおれは幸せなんだ…………!」
泣いて笑って泣いてるシャチくんは忙しいなあ。落ち着かせるためにお水を渡してみるとごくごく飲んだので、とりあえず隣に座ってもらう。
「キャプテンより先にドレスローザ行ってなにしてたんだよぅ、ニア」
「ローくんでも見つからなかった情報を探る為だよ。でも失敗して却って心配掛けちゃった」
「お前でも抜けない情報ってあるんだなー」
ペンギンくんが興味深そうにお酒を煽ってクラッカーを口に放り込んだ。するとベポくんがローくんにおにぎりの乗ったお皿を渡しつつ、神妙な面持ちで囁く。
「キャプテン、おれ達話は聞いてたけどさ。やっぱりどうしたって心配だったよ」
「……ああ」
「次はおれたちもキャプテンのそばで戦う!」
そう声を張り上げて「アイアイー!」とポーズを決めるので、シャチくんもペンギンくんもつられていた。
「待つ戦いって、一番キツいよね。おれよく分かる。今回そうだったから」
「そうなの?ニア」
「うん。捕まっちゃったし……だからこそ皆には……ローくんの大事なハートの海賊団を守って貰えてほんとに感謝してる」
言ってはにかむと、ベポくんはおれを抱きかかえる。本日三度目ともなればもう慣れてきたもんだ。おれを膝の上に乗せておれがさっきまで座ってたところに腰を下ろしたベポくんは、おれとローくんを一纏めにしてぎゅーっと抱きしめてくる。
「……ベポ」
「だっておれ嬉しいんだ。二人が戻ってきたこともだけど、二人とも前よりもっと仲良くなったみたいで」
「…………そうかな?」
「さァな」
「素直じゃない!けどそんなところも大好きだよ」
ベポくんがよくぎゅぎゅっと抱きしめてくるのはミンク族特有のスキンシップなんだろうなあというのをゾウに来てからようやく理解したわけだけど、おれは割と照れてしまう。
「おれもベポくん大好きだよ」
「ほんと? ニア!」
「ほんと。ガルチュ〜♡」
「わー! ニア〜! ニアが居るよ〜! おれ嬉しいよキャプテ〜ン!」
◆
少しいいか。そう言ったローくんは、みんなが寝静まったあとおれを呼び出した。
「どうかした?」
「……いや」
「?」
少し前まで賑やかだったあたりはすっかり静かで、虫の音や葉が風に揺れて擦れる音くらいしか聞こえてこない。その静けさは、夜空に煌めく星の瞬きすら音になって聞こえそうなくらいだった。おれたちは夜と朝の境目の今、森の大きな木の幹に並んで背中を預けている。手ぶらなのもなんなので、お茶の入ったコップをそれぞれに持ちながらだ。
「……ニア」
「んー」
「ニア」
「なあに、ローくん」
何度か呼ばれて顔をあげる。じっと見つめる目があった。
好きだなあと思う。不器用な優しさも、心根の暖かさも。その強さも力も。弱いところだって勿論好きだ。意地悪なところも、自信家なところも。
おれ、ローくんの好きなところいっぱいあるなあ。
「おれはこの先、お前を手放さない」
「……うん」
「互いに色々あったが……、一度赦したことについて掘り返す気はない」
「おれも」
「何があってもだ。ニア」
仄かな誘惑を匂わせて降るローくんの言葉ひとつひとつが、おれにまっすぐ届く。
「覚悟してくれ」
「……脅し文句みたいな殺し文句だ」
でもおれには断るなんていう選択肢は元からないわけだから。
「おれだって、何があっても離れないからね」
「…………ああ」
「病めるときも〜健やかなるときも〜」
ふざけて言いあげれば、ローくんはくつくつ笑った。
「愛することを誓いますか」
「ああ、誓おう。お前は?」
「はーい。誓います」
「誓いのキスを」
かしこまった姿勢と声音でローくんは囁きかけるので、おれもなんだか緊張してしまう。
ローくんの唇が触れて、すぐ離れた。
「…………はは、ドキドキした」
「……ニア」
「なーに」
「ニア」
「今日たくさん呼んでくれるね。どしたどした」
長年の悲願だったドフラミンゴを討ち、二度と会えないと覚悟した自分のクルーにも会えて。ずっと胸に抱えてたおれの故郷のことも話せたし。
ちょっとまだ頭と心の整理中なのかもしんないな。
おれを抱き竦めて、ローくんはおれの肩に額を押しつける。
「お前だけだ。おれには」
「……うんうん」
「…………何をどう言えばいいか分からねェ」
「ローくん?」
思い悩むように彼は小さく唸ったあと、深く息を吐いて呟いた。
「愛してるなんかじゃ、到底足りない」
「…………熱烈……」
「文句あんのか」
「まだ酔ってる?」
「茶化すな」
真面目に聞け、と脇腹を摘まれるのでおれは飛び上がる。
「嬉しいよ。ローくんみたいなひとにそこまで想ってもらえて。おれな……ああ、いや」
「おれなんかに?」
「あー……えっと、」
暗い森の中で視線が迷子になった。
「……幸せすぎて怖いくらい」
ふやけた笑顔だったと思う。
あの日おれは似たようなことを言って俯いて泣いたけど、今は違った。
「おれ、ずっとローくんと居るね」
「ああ」
「約束する。これは絶対ちゃんと守る」
「……そうしてくれ」
手を握られて小指を絡め取られる。巻きついてきたローくんの小指を、ぎゅっと握り込んだ。
「ローくん」
「……なんだ」
「もっかいちゅーしたい。顔見せ、て」
言い終わらないうちにローくんは身体を離してくれる。
そんなローくんは暗がりでも分かるほどにほっぺが赤くて驚いた。やけに喋るなあと思ったら、そんな顔してたのかよ。
おれもつられて顔が熱くなったのを感じた。
「やっぱローくんはズルい……」
「あ?」
「……心臓壊れたら、ローくんのせいだ」
踵をあげて背伸びして。おれはローくんに口付けた。ちゅっと音を立てて離れようとしたところ、ローくんの腕に身を抱かれて阻まれる。
「ああ……その時は責任取ってやるよ」
「…………頼もしすぎる」
「ニア」
「はい、ローくん」
「……おれのニア」
至上の喜びをおれは必死になって抱え込んだ。深い口付けによって刻まれるローくんのやさしい熱は、言葉にならない想いを告げてくる。
朝日が昇り始めたことに気づくまで、おれ達は静かに寄り添い合った。こんなローくんが見られるのは自分だけなんだろうななんて考えながら白む空を眺めて。そして。
「……眠たくなってきた」
「戻るか」
「んーん。いいよ、ここで」
木の幹に背中を預けて腰を下ろし、ローくんの肩に寄り掛かかる。
「おやすみ、ローくん」
「ああ。おやすみ」
大好きだよ。おれのローくん。
fin.