負けたくない
誰かに呼ばれてる気がした。
「ヤエ……ヤエ〜!」
なんだ、ベビーか。
耳元で叫ぶ声が頭にキンキン響く。
「……ベビー、うるさい」
「えっ……? ヤエ!!!」
寝たような覚えはないのにベッドにいるのが不思議で、おれは自然と身体を起こそうとした。途端にベビーが「ダメ!」と声をあげておれに布団を掛けてくる。
「ヤエ、覚えてないの? あなた撃たれたのよ」
「……ああ、そうか」
「そうかじゃないわよ。すっごく心配したんだから!」
ぐずぐずに泣き出すベビーの隣にはローの姿もあった。なんだか珍しいな、とぼんやり考えているとローがおれを睨んでくる。
「弾は取り除いた。右肩のところ」
「痛い…………気がする」
「麻酔が効いてる。痛みが酷く前に言え」
「ローが手当てした?」
「そうだ」
「ありがとう。助かったし、お前が無事で良かった」
「良くねェよ!」
ローは手当に使ったらしい血塗れのタオルを握りしめた。隣のベビーが驚いて短く声を上げる。
「なんでガキに庇われなくちゃいけねェんだ」
「おれよりもお前が大事だと思ったから」
「同情かよ」
「将来、お前が若様の右腕になるならお前が生きてた方がいい」
「チッ……」
「今のお前はあれを避けられないと判断したけど。余計だったか」
「…………」
問いかけると黙ってしまったローは、何か言いたそうにおれを見ていた。すると部屋のドアが開いて若様がいらっしゃる。おれは身体を起こそうとしたけど、ローが「安静にしてろ」と言っておれの身体をベッドに押し付けてきた。
「若様」
「目が覚めたか」
「はい。申し訳ございません。殺し損ねているとは思いませんでした。どんな罰でもお受けします」
「……手当てご苦労だったな、お前ら。少し外してくれ」
労いの言葉もそこそこに若様はおれが横たわるベッドへ腰掛ける。ベビーとローが部屋を出て、ドアが閉まる音が聞こえた。
「位置関係的に」
「はい」
「ローを守れるのはお前だけだった。お手柄だ」
「……ですが、ヤエは確実に敵を殺すだろうという信頼を裏切りました」
若様の口元は笑っていない。
「お前は二度と同じ過ちはしない。そうだな」
「…………それでも、」
「罰を与えた方が気が楽か?」
そういう聞き方をされると弱い。失敗に対しての罰ならいくらでも受けるけど、おれの性分の為にと言われたらなんと返せばいいか分からなくなる。おれがセレネだからという理由で若様のお手を煩わせるわけにはいかない。
「そ、れは」
「お前はよくやってくれた」
「…………ぅ、」
大したことはしていないのに。若様は優しい言葉をかけてくださるので、頭がぼんやりする。若様がおれを見下ろす視線も毒みたいだった。胸のところがじくじくする。
「若様の右腕になる男は、こんなつまらないことで死んではいけませんから……おれに出来ることはあれくらいで」
「だがな、ヤエ。お前のことだっておれは大事な家族だと思ってるんだ。それをお前は分かってねェ」
「…………申し訳ございません。あの程度避けられるようになります」
すると若様は少し難しそうなお顔をして、深く息を吐いた。
「ローが助かったって、お前が死んだんじゃ困る」
「……そう、……ですか。けど、ローが死ぬ方が若様にとって損失です」
「お前が死んでも同じことだ」
「…………同じ」
分からない。これまでひとを殺したこともない子どもに対してあれだけ期待されていたんだから、おれと比べればローの方が大切に決まっている。
おれがセレネだから機嫌を取らないといけないと思われているのかもしれない。若様はおれの扱い方を理解しようとしてくださっているようだから。
「ありがとうございます。これからもあなたの為に働きます」
「……ああ」
「たくさん褒めて頂いてしまって恐れ入ります。はやく治して復帰します」
「そうしてくれ」
若様はおれの傷を包帯の上から撫でてくださった。
「お前はたまに冷や冷やさせてくれる」
「申し訳ございません」
「いいか、ヤエ。おれはお前にも期待してる」
「……ありがとうございます。必ずご期待に応えます」
「フッフッフッ……イイコだな」
頭の奥がぼやけていく気がする。
ローは将来の若様にとって必要な人間だ。それを守ったことは間違いじゃないはず。おれはただ運よく生き残っただけだ。
若様にとってどっちが大事かなんて分かりきってることだ。ローが若様の右腕として働けるようになるのが若様の願いなら、それを叶えるために働きたい。
「話はそれだけだ。ゆっくり休め」
「…………はい」
「眠そうだな」
上手く頭が回らないだけだけど、下手に喋っていると余計なことを言いそうだった。
寝付くまでそばに居てほしいなんて気持ちになったのは、生まれて初めてだ。これをどうやり過ごせばいいか分からない。おれは早く大人になりたいのに、そんな子どもじみたことを言ったら台無しだ。
「おやすみ、ヤエ」
「……おやすみなさい。若様」
◆
「痛みはどうだ」
「貰った薬を飲めばそこまで酷くない」
「今は上手く動かないだろうけど、しばらくすれば良くなると思う。傷も大人になる頃には目立たなくなる」
次の日、ローが薬を塗ってくれて、包帯も変えてくれた。ローに医学の心得があるというのは本当らしく、手際もいい。聞けば親に習ったと教えてくれた。
「ありがとう、ロー」
「別にお前の為にしてるんじゃない」
「……若様の為?」
「どうしてそうなるんだよ。おれの為だ」
「お前の?」
「おれが弱いせいでお前が怪我したんだ。下手な手当てして、後遺症でも残ったら気分悪いだろ」
「気にしなくていいのに」
「馬鹿かお前」
怒ったローはおれの頬を抓る。
「お前より弱い証明みたいで腹が立つ」
「……実際そうだろ」
「そういうところも気に入らない」
むすっとしたローは治療に使った道具を片付けはじめた。同年代の子どもの機嫌を取る方法なんてよく知らないので、おれはこれ以上下手に口を開かないことにする。
「すぐお前より強くなる」
「若様もそれを望んでるよ」
「……だから、そういうことじゃねェ。おれはおれの為に力をつけるんだ」
そう豪語するローに鋭く睨まれた。
巡り巡って若様の為になるし、ローには早く強くなって貰いたいのは本心だ。おれよりも強くなったって、それがドンキホーテファミリーの為になるなら問題ないはず。
「……でも、簡単には追い越されない」
「余裕こいてろ」
「楽しみ。お前がひとを殺せるようになるのが」
負けたくないなと思ってしまった。
若様はおれにも期待していると仰ってくださったし、おれもそれに応えたい。若様にとって誰より一番役に立って人間になりたかった。