優先順位

ローを呼びつけた若様は、その場で彼をドンキホーテ海賊団へ正式に迎え入れると告げた。急に逃げ出したと聞いたときは残念だったけど、連れ戻されてきたときは安心した。若様が若様の為に彼を必要だと判断したのなら、どんな理由があろうとローは若様の元で働くべきだと思うから。

「……将来を見込まれても……どうせ三年後におれは死ぬ……!」

治療法のない病を治せる悪魔の実が見つかるかどうかは賭けだと言う若様に、ローはしばらく口を噤んでいたが最終的には合意した。賭けに勝っても負けても「全部壊したい」という願いを持ったローにはこの海賊団が合ってると思う。

「おれはお前を……十年後のおれのW右腕Wとして鍛え上げてやる」

思った以上に若様はローを買っているようだった。将来有望な男になるという確信があるのであれば彼がここへ迎えられるのは当然のことだ。かなり厄介な障壁はあるものの、悪魔の実の能力を得て超えられるのなら問題はない。

「ヤエ、部屋と風呂に案内してやれ」
「はい、若様。ロー…………おいで?」
「ガキがおれをガキ扱いすんな」
「じゃあ、着いてきて」

横からベビーが「ちょっと! ヤエは今優しい言い方を勉強中なんだから喧嘩しないの!」と飛び込んできた。なのにローにひと睨みされてあえなく撃沈する。本当になにやってるんだよベビー。あと、そんな勉強はしたことない。



「子ども部屋って呼ばれてるんだけど、おれは寝るときくらいにしか使わない。荷物はひと通りここに置いてある」
「……」
「夕飯は基本的に一緒に食べてるからお前もそうして。多分、そろそろ船を出す筈だから必要なものは買っておいた方がいい」
「……」
「何か質問は?」
「お前、人を殺したことあるのか」
「それが仕事」

するとローは、ふうんと鼻を鳴らす。

「お前もそうなると思うから、困ったことがあったら言って」
「要らねェよ。お前の力は借りない」
「そう。でも子ども部屋の連中のことはおれが任されてるから、最低限の相談はして」
「……ふん」

嫌われてるのかもしれない。
おれは特別ローに何かしたような覚えはないけど。





しばらく経って船を出す日がやってきた。南西へ航路を辿り、リヴァースマウンテンを目指すとこのことだ。取り引きを拡大しながらということだったので、早く仕事も覚え切らなくちゃいけない。
おれは私物を船に積み込む物と捨てていく物に分け、バッファローやベビーにもそうするように伝える。

「ローの荷物はまだあまりないと思うけど、忘れ物をしても取りにこられない」
「分かってる」
「戦い方は誰に教えてもらうか決めたのか」
「……お前はどうなんだ」
「おれは何でも覚えたいから、みんなからかな」
「おれもそうする」
「それがいいと思う」

将来的に若様の右腕として生きていくなら、できることは多い方がいい。使わない武器の仕組みや構造も学んだ方がいいだろうし。

でも、なんだか羨ましい。多分おれと同じ年なのに若様のお眼鏡にかなったということだから。おれも若様の一存で加入したものの、未来のお約束までとはいかなかった。

おれは若様にとって使い勝手の良い兵隊でありたいけど、ローの方が優秀だったらどうしよう。それは勿論若様にとってはいいことなんだけど。妙なモヤモヤがなんだか煩わしい。

「船の上で戦ったりするのかな。おれはまだあんまり経験がない」
「そうかよ」
「でも、お前には期待してる……? んー……頑張ろうな、ロー」
「馴れ馴れしくするな」

そう言ってローは黙々と荷造りを始めてしまう。おれもその日は船に積む物と捨てていく物の仕分けをしてから休むことにした。





それからの航海の日々は新鮮で、有意義だった。おれが島から島へ移動する時は決まって仕事の時だけだったから。誰かの誕生日を祝ってパーティが始まるのも初めての経験だったし、大砲を撃つ補佐をするのも興味深かった。

船の上での戦い方はまだ慣れない。海賊同士の戦いは連携も大切だと習ってはいたけど、これまで単独での仕事ばかりだったおれにとっては大きな課題になっている。
もっと早く、もっと強くなりたかった。若様に喜んで頂きたかった。

「んねー! ヤエ、今日は何を読んでるんだァ?」
「兵法。兵隊の動かし方とか、そういうの」

トレーボルがやってきて、にまにましながら声を掛けてくる。おれは一旦本を閉じて彼を見た。

「何か用事?」
「邪魔な船が近くにいるんだ。戦いになるかもなー」
「分かった。支度する。教えてくれてありがとう」
「おめェさ、そういう『ありがとう』とか、ちゃんと言うようになったなァ」
「……? そう。若様が商談にはコミュニケーションが必要だって仰ったから」

進歩があるならよかった。



「ドンキホーテ海賊団! お前らここで沈めりゃア、箔がつく!」

わざわざ船を旋回させてまで並走してきた海賊団の船長らしき男が、しゃがれた声でそう叫んだ。

「誰の目もないのに。ドンキホーテを沈めたってわざわざ吹聴して回るつもりなのか?」
「それだけ必死なんだろう。行けるか、ヤエ」
「うん」

グラディウスに補助して貰いながら敵船の甲板に飛び込んだおれは、ひとりずつナイフで潰していく。胸を突いて足の腱を切って、利き手を落として。

他のみんなも普段より活き活きしているように見えた。船旅も長く続くと結構時間を持て余しがちなんだろう。各々が運動がてら敵海賊を次々に落としていくので、今回も圧勝だと思う。

そう考えながら、息も絶え絶えに甲板へ伏せている男の背に乗り上がったところだった。

「ま、待ってくれ! そいつだけは殺さないでくれ!」

戦いと呼ぶにはあまりにもお粗末な結果だ。蹂躙され尽くした敵戦は既に沈みかけている。他人の命乞いをしたところで、こんな海のど真ん中で生き残るのはそうとう難しいだろうに。

「こいつのこと?」
「おれたちが悪かった、悪かったから、そいつだけは許してくれ!」

どちらの男もただの戦闘員に見える。船長はさっきディアマンテが首を飛ばしていたし、副船長はグラディウスが。おれを背に乗せている男も特別な能力もないようだし、腹からの出血が酷くて暴れる力もないらしい。

「そこまで拘る理由を聞いてもいいか」
「大事なやつなんだよ! 小さい頃、そう、お前くらいの時からずっと友達で——」
「……おれも若様のことは大事」
「そ、そうだよな。分かるよな!」
「だからここで見逃して、いつか若様の命を狙われると迷惑。理由を聞いても納得できない。殺されたくないなら力をつけるべきだったと思う」

肩甲骨の辺りから胸に向かってストンとナイフを深く突き立てる。おれの脚の下でガタガタ震えていた男は呻きながら身を捩ってから、何度か身体を跳ねさせた。これでひとりお終い。

「……おまえ、おまえ! 許さねェ!」

涙を溢しながら叫ぶ男は、隠していた銃をおれに向けてきた。銃とやり合うときはすぐに間合いを詰めろとディアマンテに教わったので、その通りにする。

「許されようと思ったことはない」
「う゛…………ぐ、ぅ……!」
「喧嘩を売ってきたのはそっち」

喉を突いて黙らせた頃には船も半分沈みかかっていた。顔を上げればこれが最後のひとりだったようなので、おれも船に戻ることにする。

「終わりました」

若様に向かって手を上げると、若様はイトイトの力を使って俺の身体を掬い上げてくださった。そのまま身を任せて船の甲板で降ろして頂く。

おれにはまだ船から船へ渡る移動手段がないのが悔しい。ひとりでこなせるようになりたかった。若様曰くこれが一番手っ取り早いとのことなのでお任せしてはいるものの。

「ご苦労」
「……はい。移動の補助、ありがとうございました」

べっとり血のついたナイフを服で拭っていると、険しい顔をしたローが視界に入った。

「ロー、怪我したのか」
「……してない」
「なら良かったな」
「お前……何人殺した?」
「三人くらい」
「…………」
「なに?」

それきりローは何も言わないので、おれはローの隣を通り抜けてベビーと合流する。ここ最近彼女の仕事は援護射撃だった——とは言っても誰かの邪魔にならないようなタイミングで、安全なところからスナイプするといった具合であまり危険な立ち位置でもない。

「実戦で撃つのってまだ難しい!」
「なにか失敗した?」
「失敗はしてないけど……弾はあんまり当たらなかった」
「次は当たるよ」
「ねえ、本当にそう思ってる? ヤエのフォローって結構雑なのよね! ローもそう思うでしょ?」

話を振られたローが何を言うのか気になっておれも振り返る。

ローが何か言ったのかは分からない。ただ、おれが殺したと思い込んでいた男が銃口をローに向けていたのが見えたから、咄嗟に前へ飛び出していた。

「ヤエ!?」

ローのことを死なせたくなかったのは、若様にとって大事な子どもだったからだ。若様はローにいろんな教育を施している。目をかけていて、この子に未来があることを願っている。だから、ここで失くすならローじゃなくて自分の方がいいと思った。

ここで死んでも仕方ないのに、殺されてほしくない。さっきの男もそんな気持ちだったのかも。

銃声が鳴る。
ローの腕を引っ張って床に転がしたのと、おれが倒れるのはほぼ同時だった。目の前が暗くなる。ここで死ぬのは不本意だけど、間に合ったのならそれでいい。