星よりずっと遠いところ

命令されること。
その通りに仕事をすること。
仕事を終えて労いの言葉を掛けてもらうこと。

この三つをひと括りにして、何度も何度も繰り返しながら生きていくのがおれたち一族だった。おれたちはこの三つのどれもに喜びを感じて生きている。このうちひとつでも欠けてしまえば生きていけない。

比喩ではなく、ひとつ欠けるだけで精神に異常をきたし、放置すればそのまま死ぬことになる。人間としての生活がままならなくなるからだ。食事も睡眠もとれなくなって衰弱していくか、気が狂ったなら肉親によって処分される。

全てを捧げて生涯付き従いたい唯一の存在がなければ生きていくのも困難なこの一族は、扱いづらさはあるもののその手腕を買われ、やがて一国の主に抱えられて暮らしていくことになったと記録されている。

王様こそが絶対の存在で、王様からの命令に従うことが至上の喜び。まるで機械仕掛けの人形のような一族を、王様は大切にしてくださる。よくやったと褒めて頂ける瞬間に死んでもいいと、いっそこのまま死にたいと思ってしまうくらいの多幸感を与えてくれるのだそうだ。

おれたちにとって「王様」はたったひとつの生きる理由だった。存在意義だった。父も母も兄弟も親戚もそうだったから、いつか自分も王様から兵隊の「証」を頂いて、みんなと同じように生きていくことになるはずだった。

まだお会いしたこともない王様の、どんな命令にも従えるようにいろんなことを覚えた。厳しい訓練に耐え、座学に臨み、作法や礼儀を身につける。体力も戦う術も教養も、全てを要求されるからだった。

教育係たちからは、実技を交えながら命じられる幸福感をこれでもかと刷り込まれる。何度も何度も繰り返し。なにが自分にとっての幸せなのかを幼い頃からずっとずっと言い聞かされてきた。言われなくたって、もうちゃんと理解しているのに。念を押すように何度も。

我々一族は「そういう生き物」なのだと教えられた。もしかしたら初めからこうなるように作られて生まれたのかもしれないとも思う。どんな娯楽よりも心が満ちて、どんなご馳走よりも心が躍る。それが自分たちの生業なのだという教えは、すっかりおれの脳や胸に根を張ってしまっていた。誰かに使ってもらえることこそが最も価値があって誉れ高いことなのだと信じて疑いもしない。

それなのにおれは一度も王様にお会いすることはなかった。まだ幼い自分は王様の所有物である「証」を頂く式典を迎える前に国が死んだからだ。ちいさな頃から叩き込まれた全てが無駄だったと言われた気分だった。

燃える国、焼けながら逃げる人、静かに燻る大地を見た。

王様こそが生きる道標だったから。王様の為に生まれて、王様の為に生きるつもりだったのに。すっかり何もかもがなくなってしまった。

生まれてからの全てを王様に捧げる為に教育されているおれたちは、王様がいなければ死んでいるのとおんなじだった。





生き方が分からなくなったけど、死にたいわけでもなかった。王様の為に生きたかった。そういうふうに育てられてきたから。だけどその王様はもうどこにもいない。

どこから聞きつけたのかは知らないけど、おれがかの一族の生き残りだと分かった上でいろんな人間が接触してきた。その度に「この人がおれにとっての王様なのかもしれない」と思って付き従ってきた。

しかしおれたちの性質を理解しきれない人間にとって、命令しただけでは上手く動くこともできなくなるおれをお荷物扱いして捨てていく。

次こそは王様に出会えるかもしれない。また違った。次こそは王様が見つかるかもしれない。また違った。

その繰り返しだった。

王様に会いたい。ただその一心だった。

この人は違うだろうなという人に出会っても、ただただ誰かに命令されたいという欲求をいなす為になんでもこなした。窃盗も殺しも、ひとを騙すことにも躊躇はなかった。

例え褒められることはなくても「命令をこなすこと」でなんとか生きながらえてきた。

仕事を終えたら都度褒めてくれと伝えたこともあったけど、気味悪がったやつもいたし、面倒だと無視されたこともある。

おれの生まれも生き方も欲求も、他の人とは違うことを知っている。普通じゃないことも分かってる。でも、いつしか疎ましく思うようになったこの性質も捨て去ることはできなかった。他の生き方を知らなかったから。誰にも教えてもらえない。親切なひとに声を掛けられたこともあるけど「おれ」を理解してくれるひとはいなかった。

優しいひとに会いたいわけじゃない。
世界のどこかにいるかもしれない王様に会いたかった。

この身も命も全て捧げられて、好きなように使ってくれるひとが欲しかった。

息の仕方がわからなくなる。食べ物の味がわからなくなる。なんでもいい。なんでもいいから、なにかを命令してほしい。上手くできたらよくやったと褒めてほしい。それだけでいいのに。

「ああもうめんどくせェな。お前、もういいよ。邪魔だな。そこで勝手に野垂れ死ね」

おれに金を盗ってこいと何度か命じた男が部屋を出ていく音がする。

また失敗した。もう動けない。何日もろくに食べてない。旦那さまが「野垂れ死ね」と言うなら、もうそれでもいい気がしてきた。あのひとをおれの王様だということにして、このまま死ねば楽になれるかもしれない。

本当の王様なんて、きっといないんだ。
おとぎ話みたいに突然現れることもない。夢を見るのはもう飽きた。疲れた。

おれが生まれてきたこと、おれが学んできたこと、覚悟してきたこと、全てがなかったことになった。おれが会いたいひと、おれが欲しいもの、この世にはなんにもないのかもしれない。

この人のために生きて死にたくなるようなひとは、ずっとずっとぼんやりした輪郭のまま。霞のような存在。星よりもずっと遠いところにある気がする。

おれの王様。もしもいるなら貴方のために死なせて欲しい。出会ってすぐに「死ね」と言ってくれたらいいのに。こんなにも生きづらい世界なら、最後は貴方の言葉で死んでしまいたい。