見えないものと、見えているもの

 ――おかしい。

 最初にそれに気づいたのは、記録だった。

 「報告は以上です」

 暗部の忍が、静かに頭を下げる。

 部屋の奥。

 志村ダンゾウは、資料に目を落としていた。

 「不可解だな」

 低く、呟く。

 紙の上に並ぶのは、異常の“未発生記録”。

 本来なら発生していたはずの事故。
 悪化するはずだった体調不良。
 拡大するはずだった小さなトラブル。

 ――すべて、起きていない。

 「原因は」

 「不明です」

 「痕跡は」

 「ありません」

 沈黙。

 ダンゾウは、ゆっくりと紙を閉じた。

 「結果だけが変わっている」

 その一言に、全てが集約される。

 「……いるな」

 断定。

 「何者かが、介入している」

 だが。

 見えない。

 掴めない。

 痕跡も残さない。

 「監視を強化しろ」

 「対象は」

 「全てだ」

 間を置かず。

 「特に――うちは」

 空気が冷える。

 「変化は、必ず“中心”から広がる」

 その目は、疑いで満ちていた。

 ――――

 「オビトくん、最近変わったよね」

 昼休み。

 リンが、ふわりと笑いながら言った。

 「は?」

 オビトはパンをくわえたまま振り向く。

 (急に核心くるな!?)

 「何がだよ」

 「うーん……」

 少し考える。

 「強くなったのは、もちろんなんだけど」

 (まぁそれはそう)

 「それだけじゃなくて」

 リンは、まっすぐに見る。

 「安心する」

 「……」

 一瞬、止まる。

 「前より、ちゃんと見てくれてる感じがするの」

 (……あー)

 言葉に詰まる。

 (バレてる、っていうか)

 (感じ取られてるな)

 でもそれは。

 嫌じゃない。

 「……まぁな」

 頭をかく。

 「俺、強いから」

 「うん、知ってる」

 即答。

 (知ってるのかよ)

 「だから頼りにしてる」

 にこっと笑う。

 (ずるいだろそれ)

 思わず視線を逸らす。

 「……おう」

 短く返す。

 その横で。

 「……」

 カカシが見ている。

 (圧が強ぇ)

 右から信頼。
 左から疑念。

 (居心地わりぃな!?)

 でも。

 (……悪くねぇ)

 そう思う自分がいる。

 ――――

 夜。

 木ノ葉の路地裏。

 (……いるな)

 気配を捉える。

 (一般人には分かんねぇだろうけど)

 黒い“歪み”。

 人にまとわりつく。

 (中級寄り)

 放置すれば危ない。

 「……はぁ」

 軽く息を吐く。

 (やるか)

 音もなく距離を詰める。

 スッ。

 指が動く。

 ――解。

 一瞬。

 それだけで終わる。

 「……よし」

 崩れて、消える。

 痕跡は残らない。

 「……静かだな、これ」

 小さく呟く。

 (痕跡残らねぇのは助かる)

 周囲を確認。

 (あと二つ)

 少し離れた位置。

 (あっちは人いねぇな)

 なら後回し。

 基準は一つ。

 「優先順位、大事だからな」

 ぼそっと呟く。

 そのまま、消える。

 ――――

 屋根の上。

 「……」

 影が、息を潜める。

 暗部。

 (今のは……なんだ)

 見えない。

 何も見えなかった。

 だが確かに。

 “何かが消えた”。

 (対象は……)

 視線の先。

 屋根の上に立つ少年。

 うちはオビト。

 (気づかれているのか……?)

 分からない。

 ただ。

 近づく気には、なれなかった。

 ――――

 その頃。

 「……妙だね」

 波風ミナトが、静かに呟く。

 記録を見つめる。

 “何も起きていない”記録。

 それが、逆に異常だった。

 「誰かが、止めている」

 自然と、そう思う。

 敵意は感じない。

 むしろ――

 「守っている?」

 その時。

 「ミナトー!」

 元気な声。

 振り向く。

 うずまきクシナ。

 「また仕事?」

 「うん、少しね」

 苦笑する。

 だがその時。

 ほんの僅かに。

 “違和感”が走る。

 (……今のは)

 説明できない。

 だが確実に。

 何かが、引っかかった。

 ――そして。

 そのさらに奥。

 深い場所。

 「……」

 巨大な存在が、目を開ける。

 九尾。

 (妙な気配だ)

 人でもない。

 だが、無関係でもない。

 (近いな)

 口元が、わずかに歪む。

 (面白い)

 まだ、遠い。

 だが確実に。

 “届く可能性”が生まれていた。

 ――――

 夜空の下。

 オビトは歩く。

 (……なんか引っかかったな今)

 頭をかく。

 「まぁいいか」

 いつも通り。

 だが。

 ふと、呟く。

 「そのうち行くか」

 内側へ。

 深い場所へ。

 (ああいうの、慣れてるしな)

 軽く笑う。

 その目は。

 ほんの少しだけ――

 楽しそうだった。



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