お前は、誰だ

 あいつは、おかしい。

 最初にそう思ったのは、顔を見た時じゃない。

 ――動いた時だ。

 (……無駄がない)

 カカシは、静かに目を細める。

 アカデミーの授業は退屈だ。
 基礎、反復、型。

 遅い。

 だが。

 「次、組手!」

 前に出たのは、うちはオビト。

 (あいつか)

 遅刻魔。ドジ。落ちこぼれ。

 ――のはずだった。

 「始め!」

 踏み込み。

 その瞬間。

 (……は?)

 視界に映る。

 だが理解が追いつかない。

 最短距離。
 最小動作。
 無駄が、一切ない。

 崩し、いなし、流す。

 ドサッ。

 一瞬で終わった。

 「……」

 周囲がざわつく。

 だがカカシは動かない。

 (今のは偶然じゃない)

 断言できる。

 (完成している)

 未熟さがない。

 それが、何より異常だった。

 「……」

 オビトは頭をかいている。

 少し気まずそうに。

 (なんだそれ)

 動きと態度が一致しない。

 さらに。

 手裏剣。

 全弾命中。

 忍術。

 ――精度が高すぎる。

 (雑にやって、全部成功してる)

 意味が分からない。

 「……」

 視線を送る。

 オビトは天井を見ていた。

 ため息。

 (……演技じゃない)

 あれは素だ。

 だから余計に分からない。

 (なんだよ、お前)

 ――授業が終わる。

 帰り道。

 カカシは一人で歩く。

 夕焼けが影を伸ばす。

 (妙だ)

 頭の中で、何度も再生する。

 あの動き。

 あの精度。

 そして――

 (軽い)

 殺気がない。

 本来、あのレベルなら。

 もっと“鋭い”。

 だがあいつは。

 (……当たり前みたいにやる)

 そこが、気に入らない。

 「……」

 足を止める。

 空を見る。

 (分からない)

 理解できないものは嫌いだ。

 ――家。

 引き戸を開ける。

 「ただいま」

 「おかえり、カカシ」

 落ち着いた声。

 はたけサクモ。

 「今日はどうだった?」

 「……」

 一瞬だけ迷う。

 だが。

 口を開く。

 「……同級生に、変な奴がいる」

 「ほう」

 サクモの目が、わずかに細まる。

 「どんな風に変だ?」

 空気が、変わる。

 (……やっぱり分かるか)

 カカシは言葉を選ぶ。

 「無駄がない」

 「……」

 「でも、雑にやってるようにも見える」

 「ほう」

 「なのに、結果は全部成功する」

 沈黙。

 数秒。

 サクモは、静かに息を吐いた。

 「それはまた……興味深いな」

 小さく笑う。

 だが目は鋭い。

 (なんだそれは)

 内心の声は、同じだった。

 「名前は?」

 「……うちはオビト」

 その瞬間。

 サクモの視線が、わずかに動いた。

 だが、それだけ。

 「そうか」

 短く頷く。

 「面白い子だな」

 「……」

 カカシは黙る。

 面白い、ではない。

 (異常だ)

 そう言いかけて。

 やめた。

 代わりに。

 「……あいつ」

 「うん?」

 「何か、隠してる」

 サクモは少しだけ目を細めた。

 「かもしれないな」

 否定しない。

 それだけで十分だった。

 「でも」

 静かな声。

 「それが悪いとは限らない」

 「……」

 カカシは眉を寄せる。

 「人はな、カカシ」

 「全部を見せて生きているわけじゃない」

 「……」

 「大事なのは、その力で何をするかだ」

 言葉が、残る。

 カカシは考える。

 (何をするか)

 脳裏に浮かぶ。

 あの言葉。

 ――「俺、強いからな」

 ――「だから、助ける」

 「……」

 目を閉じる。

 (あいつは)

 ゆっくり息を吐く。

 (……なんなんだ)

 分からない。

 だが一つだけ。

 確かなことがある。

 (放っておけない)

 それだけが、はっきりしていた。

 夕焼けが部屋を染める。

 静かな時間。

 まだ誰も知らないまま。

 はたけの家に――

 ほんの小さな変化が、生まれていた。



〆栞
PREV  |  NEXT
LIST
#novel#