プロローグ

それは、あまりにも長い“死に損ない”の物語だった。

かつて――忍界大戦の戦場で、ひとりの男がいた。
名は、うちはオビト。

夢を見ていた。火影になるという、子どもじみた夢を。
だが現実は、その夢を踏み潰すには十分すぎるほど残酷だった。

仲間を失い、世界を呪い、仮面を被り、“マダラ”を名乗り、戦争を引き起こした。
それでも――最後の最後で、彼は夢を思い出した。

第四次忍界大戦。
終焉の戦場に現れたのは、全ての元凶たる存在――大筒木カグヤ。

放たれた術は、触れれば即死。
“共殺しの灰骨”。

その標的は、うずまきナルトとうちはサスケ。

同時に動いた影が、ふたつあった。

ひとつは、かつての友――はたけカカシ。
もうひとつは――オビト自身。

「……チッ」

神威が歪む。
本来カカシに当たるはずだった死を、空間ごとねじ曲げる。

その代償は、当然ながら。

――自分。

灰骨が、身体を貫いた。

崩れ落ちながら、それでも彼は笑っていた。

「ナルト……」

かつての自分と同じ夢を見ていた少年へ。

「お前は――火影になれ」

それが、最期の言葉だった。

享年、三十一。

――終わるはずだった。

だが、終わらなかった。

消えていく感覚の中で、奇妙な違和感があった。
灰になって崩れるはずの意識が、なぜか途切れない。

まるで、何かに“引っ張られている”。

落ちているのか、浮いているのかも分からない。
光も、闇もない。
ただ、どこまでも続く空白。

――なんだよ、これ。

思考だけがやけに鮮明だった。

死んだはずだ。
確かに、あれは致命傷だった。
いや、致命傷どころの話じゃない。存在ごと削り取る類の術だ。

なのに、俺はまだ“ある”。

意味が分からねぇ。

ふと、思い出す。

ナルトの顔。
カカシの声。
リンの笑顔。

……ああ。

悪くねぇ最期だったな、と。

そんな風に、どこか他人事のように思えた。

その瞬間だった。

意識が、急激に引き裂かれる。

圧縮されるような感覚。
小さく、小さく、どこまでも小さく。

――おい、待て。

声に出したつもりだったが、音にはならない。

代わりに、聞こえた。

どこか遠くから、誰かの声が。

「――もうすぐよ、大丈夫……!」

「落ち着いて、呼吸を……!」

知らない声だった。
聞いたこともない響き。

それでも、不思議と分かった。

――生まれる。

本能的に、そう理解した。

暗闇が、急に狭くなる。
押し出される。
圧迫される。

そして。

光。

眩しさに、思考が一瞬で焼き飛ぶ。

空気が肺に入り込む感覚。
苦しい。痛い。けど――

「――――ッ!」

声が、勝手に出た。

泣き声。

自分のものだと理解するのに、ほんの僅かな時間がかかった。

――は?

ぐらり、と視界が揺れる。

誰かに持ち上げられている。
包まれる感触。柔らかい布。

「産まれましたよ、元気な男の子です」

男の子。

その言葉が、妙に遠く聞こえた。

視界はぼやけている。
輪郭も、色も、定まらない。

ただ――近くにいる二つの気配だけは、はっきりと感じ取れた。

ひとつは、温かい。優しい。
もうひとつは、少し緊張しているが、同じくらい温かい。

「……ほんとに……?」

震える声。

「綾乃……見てくれ、俺たちの……」

「……ええ、宗一郎……」

涙混じりの声が、すぐ近くで重なる。

その音を聞いた瞬間、胸の奥が妙にざわついた。

知らないはずの声。
知らないはずの存在。

それなのに。

――ああ、これ。

理解してしまう。

この二人は――

「……俺の、親……か?」

当然、言葉にはならない。
ただ、意識の中で呟くだけ。

だがその瞬間。

胸の奥に、妙な感覚が生まれた。

温かい。
柔らかい。
どうしようもなく――安心する。

……なんだよ、それ。

こんな感覚、知らねぇ。

いや。

知ってるはずなのに、忘れてたのかもしれない。

「この子……すごく静かね」

「俺に似て落ち着いてるのかもな」

「どこがよ」

くすり、と笑う声。

そのやり取りを聞きながら、オビトはぼんやりと思う。

――いや、静かなんじゃねぇ。

状況整理してんだよ。

死んだ。
なのに、生まれた。

意味が分からねぇにも程がある。

だが、ひとつだけ確かなことがある。

俺は――

まだ、生きている。

それを理解した瞬間。

どこかで、微かに“何か”が脈打った。

それは、かつてのチャクラにも似ているようで、まるで違う。
もっと粘ついていて、重く、淀んでいる。

だが同時に、妙に馴染む感覚。

――なんだ、この力。

意識を向けた瞬間。

ぴしり、と。

空気が、微かに震えた。

次の瞬間。

ちくり、とした痛み。

視界の端で、赤い何かが弾けた。

「……え?」

声が上がる。

看護師のものだ。

「今……?」

「どうしたんですか?」

「いえ、今一瞬……」

言葉が途切れる。

誰にもはっきりとは見えていない。

だが確かに。

オビトのすぐ傍で、極細の“血の針”が、空気を裂いていた。

本人だけが、それを理解していた。

――は?

自分の内側から、勝手に“出た”。

意識と連動して。

血が、形を持った。

その事実に。

オビトは、赤ん坊のまま。

ほんの僅かに、笑った。

――なんだこれ、面白ぇな。

その無邪気な好奇心は。

かつて世界を壊した男と、まったく同じものだった。

そして同時に。

何も知らない、ただの子どものものでもあった。

ここはどこだ。

何の世界だ。

何が違う。

何も分からない。

それでも。

確かなことが、ひとつだけある。

――もう一回、やり直せるってことか。

胸の奥で、小さく灯る。

それは、かつて捨てたはずの“夢”の残り火。

消えなかったもの。

残り続けていたもの。

残響のように。

静かに、しかし確かに。

その焔は――まだ、燃えていた。


〆栞
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