この子、重い
「……あれ?」
宗一郎の声が、わずかに困惑を含んでいた。
「どうしたの?」
綾乃が振り返る。
「いや、なんか……重くないか?」
抱き上げられているのは、当然俺だ。
(……は?)
失礼な話だ。
確かに最近よく食べている自覚はある。
だが所詮は生後数ヶ月の赤ん坊だ。
重いと言っても、たかが知れているはず――
「……あ、ほんとね」
綾乃も抱き直して、少しだけ眉を上げた。
「ずっしりしてる感じ」
(おい)
なんだその表現。
ずっしりってなんだ。
「やっぱり、最近よく食べるからかな?」
「成長期だしなー」
妙に納得した様子で頷き合う二人。
(……いや、違うだろ)
内心で即座に否定する。
これはそんな単純な話じゃない。
自分でも分かる。
身体の中にある“何か”。
それが、以前よりも明らかに増えている。
重いのは、肉じゃない。
もっと別のものだ。
どろりとした、濃いエネルギー。
血とは違う。
だが確実に“力”。
それが、身体の内側に満ちている。
(……なんなんだ、これ)
違和感は、日に日に強くなっていた。
そして、それに比例するように。
――増えている。
黒い靄。
虫。
家の中。
外。
隅。
天井。
床。
どこにでもいる。
以前より、明らかに数が多い。
(多すぎだろ)
率直な感想だった。
落ち着かない。
視界の端で、常に何かが蠢いている。
しかもこいつら、近づいてくる。
逃げない。
むしろ寄ってくる。
(……鬱陶しい)
完全に害虫だ。
いや、虫だと割り切ってるが、正直それでも気持ち悪い。
(よし)
結論は早い。
(駆除するか)
どくん
体内で、血が脈打つ。
以前よりも、明確に。
意識を向けると、即座に応じる。
(いい感じだな)
慣れてきた。
いや、精度が上がっている。
指先に集中する。
すると。
ぴたり、と。
血が集まる。
今までは、少しばかり不安定だった。
だが今は違う。
揺れない。
ぶれない。
細く、鋭く、狙い通りの形を維持している。
(これなら――)
視線を向ける。
天井。
一匹。
壁。
二匹。
床の隅。
三匹。
(まとめていくか)
血が、分かれる。
一本だったものが、三本に。
それぞれが、別々の方向へ。
(お、できるじゃねぇか)
少しだけ、感心する。
制御が楽だ。
思った通りに動く。
そのまま。
同時に。
ぷすっ
ぷすっ
ぷすっ
刺さる。
黒い靄が、一瞬震え。
ぼん、と消える。
(よし)
次。
また一匹。
また刺す。
消える。
繰り返す。
淡々と。
作業のように。
まるで雑草を抜くように。
次々と。
(ほんとに虫だな)
処理していくうちに、抵抗も何も感じなくなる。
ただの作業。
視界がクリアになっていく。
家の中が、静かになる。
(……こんなもんか)
ひと通り終わった。
黒い靄は、見当たらない。
完全に駆除。
満足感。
同時に。
どっと、疲労が押し寄せた。
(……あれ)
急に、重い。
身体が。
意識が。
瞼が落ちる。
(なんだ、これ……)
さっきまで普通だったのに。
急激に、眠気が来る。
抗えない。
完全に、引きずり込まれる。
(使いすぎた……のか?)
血を操った。
それだけだ。
だが、その“それだけ”が。
想像以上に負担だったらしい。
(……まあいいか)
問題はない。
敵はいない。
安全だ。
だから。
そのまま、意識を手放す。
――落ちる。
深く。
暗く。
静かな場所へ。
その瞬間。
体の中で。
何かが、揺れた。
血とは、違う。
もっと別の。
根源的な何か。
火。
風。
雷。
水。
土。
木。
そして。
陰と陽。
まだ形はない。
輪郭も曖昧。
だが確かに存在している。
微かに。
だが確実に。
脈打っている。
それは。
この世界において。
まだ誰も知らない。
呪術史に存在しない。
異質の力。
その萌芽が。
静かに。
確実に。
目を覚まし始めていた。
宗一郎の声が、わずかに困惑を含んでいた。
「どうしたの?」
綾乃が振り返る。
「いや、なんか……重くないか?」
抱き上げられているのは、当然俺だ。
(……は?)
失礼な話だ。
確かに最近よく食べている自覚はある。
だが所詮は生後数ヶ月の赤ん坊だ。
重いと言っても、たかが知れているはず――
「……あ、ほんとね」
綾乃も抱き直して、少しだけ眉を上げた。
「ずっしりしてる感じ」
(おい)
なんだその表現。
ずっしりってなんだ。
「やっぱり、最近よく食べるからかな?」
「成長期だしなー」
妙に納得した様子で頷き合う二人。
(……いや、違うだろ)
内心で即座に否定する。
これはそんな単純な話じゃない。
自分でも分かる。
身体の中にある“何か”。
それが、以前よりも明らかに増えている。
重いのは、肉じゃない。
もっと別のものだ。
どろりとした、濃いエネルギー。
血とは違う。
だが確実に“力”。
それが、身体の内側に満ちている。
(……なんなんだ、これ)
違和感は、日に日に強くなっていた。
そして、それに比例するように。
――増えている。
黒い靄。
虫。
家の中。
外。
隅。
天井。
床。
どこにでもいる。
以前より、明らかに数が多い。
(多すぎだろ)
率直な感想だった。
落ち着かない。
視界の端で、常に何かが蠢いている。
しかもこいつら、近づいてくる。
逃げない。
むしろ寄ってくる。
(……鬱陶しい)
完全に害虫だ。
いや、虫だと割り切ってるが、正直それでも気持ち悪い。
(よし)
結論は早い。
(駆除するか)
どくん
体内で、血が脈打つ。
以前よりも、明確に。
意識を向けると、即座に応じる。
(いい感じだな)
慣れてきた。
いや、精度が上がっている。
指先に集中する。
すると。
ぴたり、と。
血が集まる。
今までは、少しばかり不安定だった。
だが今は違う。
揺れない。
ぶれない。
細く、鋭く、狙い通りの形を維持している。
(これなら――)
視線を向ける。
天井。
一匹。
壁。
二匹。
床の隅。
三匹。
(まとめていくか)
血が、分かれる。
一本だったものが、三本に。
それぞれが、別々の方向へ。
(お、できるじゃねぇか)
少しだけ、感心する。
制御が楽だ。
思った通りに動く。
そのまま。
同時に。
ぷすっ
ぷすっ
ぷすっ
刺さる。
黒い靄が、一瞬震え。
ぼん、と消える。
(よし)
次。
また一匹。
また刺す。
消える。
繰り返す。
淡々と。
作業のように。
まるで雑草を抜くように。
次々と。
(ほんとに虫だな)
処理していくうちに、抵抗も何も感じなくなる。
ただの作業。
視界がクリアになっていく。
家の中が、静かになる。
(……こんなもんか)
ひと通り終わった。
黒い靄は、見当たらない。
完全に駆除。
満足感。
同時に。
どっと、疲労が押し寄せた。
(……あれ)
急に、重い。
身体が。
意識が。
瞼が落ちる。
(なんだ、これ……)
さっきまで普通だったのに。
急激に、眠気が来る。
抗えない。
完全に、引きずり込まれる。
(使いすぎた……のか?)
血を操った。
それだけだ。
だが、その“それだけ”が。
想像以上に負担だったらしい。
(……まあいいか)
問題はない。
敵はいない。
安全だ。
だから。
そのまま、意識を手放す。
――落ちる。
深く。
暗く。
静かな場所へ。
その瞬間。
体の中で。
何かが、揺れた。
血とは、違う。
もっと別の。
根源的な何か。
火。
風。
雷。
水。
土。
木。
そして。
陰と陽。
まだ形はない。
輪郭も曖昧。
だが確かに存在している。
微かに。
だが確実に。
脈打っている。
それは。
この世界において。
まだ誰も知らない。
呪術史に存在しない。
異質の力。
その萌芽が。
静かに。
確実に。
目を覚まし始めていた。
【〆栞】