ともに



※ハロ嫁後



これまで僕は、この人生は大切なものを失ってばかりだ、何故、どうしてこんなことに、と思っていた。懺悔と後悔にまみれた独りの部屋で彼らとともに過ごした時間を閉じ込めた写真を眺めるだけ。そして、生き生きとした表情のまま動かない彼らは、戻らないものであることを僕に強く思い知らせるだけだった。
努力の果てにそれなりの立場を得たけれど、どうしても満たせないものが心の隅にあって、それは喉に引っかかった小骨のように常にチクリと僕の柔らかいところを突いてくる。
その小さな小さな痛みを認識する度に、仕方ないことだ、自身も同じくいつ命を失うか分からないのだからと言い聞かせるように警察手帳を眺めた。

萩原と松田の殉職を招いた爆弾犯が脱獄し、その背後にはプラーミャという犯罪者の手引きがあったことが明らかになった。同時に僕は首に爆弾を付けられ身動きが取れなくなってしまうのだが、協力者、いや、信頼する小さな探偵との共闘を経てどうにか生きてその状況から脱することができた。もちろん彼だけではない。公安の仲間、僕の爆弾解体に名乗り出てくれた風見。警視庁刑事部捜査一課の者たち。少年探偵団の子供たち。ナーダ・ウニチトージティの面々。
これだけの人間がプラーミャ一人に踊らされたのかと思うと唇を噛みたくなるが、それほどの力を持つ世界的な犯罪者を生かして捕らえたことは公安として非常に大きな功績となった。何よりも同期の皆とプラーミャに対峙したあの3年前の11月6日からやっと時間が進み出したのだ。そんな気持ちにさせられたことが、僕にとっての大きな力になった。


そうだ。彼らはここにいないだけで、僕の中に確かに存在している。
彼らがそれぞれに影響を与えた者が散らばり、遺志を継ぐ。僕もその一人だ。過去を振り返ることよりも、僕の中にいる彼らとともに生きていくことに力を注いでいける。そんな気がしたのだ。
ここに来るまでに長い時間を要した。今更かもしれない。けれど、やっと彼らと出会いともに過ごした時間の意味を噛み砕き飲み込めたような気がした。
悔やむんじゃない。忘れるのでもない。ともに歩むんだ。

僕も前へ進まなければ。

「なあ、萱島」
「何?」
「先日の案件の報告が終わっていないのは知ってる。僕も同じだ。けど、少し時間をもらえないか」
「ん、わかった。一息兼ねて自販機行こ」

時計は0時を周り、執務室に残っているのは僕と萱島だけだった。同僚である彼女に声をかけ、誰もいない休憩スペースへ足を向けた。
その途中、あー疲れた、と気の抜けた声とともに背伸びをする彼女のスーツの細かな皺が、日々の奮励と疲労を感じさせる。

ずらりと並ぶ自動販売機の灯りが煌々としている。何がいいか尋ねると彼女は迷わずアイスのブラック。と言い切った。メーカーは問わないらしい。適当に選び、硬貨を入れてボタンを押す。ガコンと重い音を立てて黒色の缶が落ちてきた。
同じものを僕も選び、また同じ音を聞いた。一つを萱島に手渡し、プルタブを開けて冷たいそのコーヒーを口に含む。無機質な苦味が沁みた。
ああ、そういえば久しくポアロに出勤していない気がする。

隣で気持ち良く喉を鳴らして同じものを飲み下していく萱島に尋ねられた。

「で、どうしたの?」

そうだった。僕が彼女の時間をもらったんだった。

「今回の件。巻き込んでしまって申し訳なかった」
「何言ってんの。いつものことじゃない」

にっと笑って目線を合わせる彼女の瞳が眩しい。
僕が身動き取れなくなった分、諸々のフォローをしてくれたのは彼女をはじめゼロの同僚たちだった。風見ともうまく遣り取りをしてくれたおかげで何とか収まったと言ってもいい。まあ確かに彼女の言う通り、度々のことだが。

「そうだな」
「何だか感傷的な顔してるからさ、逆にそっちが心配だったよ」
「…バレてたか」
「当たり前。珍しいもの、そんな降谷」

「殉職した僕の同期と関わりの深い事件だったんだ。思うところが多くて。その上首に爆弾なんか付けられて、流石に今回は僕もあいつらのところに行くのかって思わずにはいられなかったよ」

自嘲気味だと思いながら呟くように吐き出す。

「は、何言ってんの?天下の降谷零らしくない。大丈夫、降谷はそう簡単に死なないよ」

整った顔立ち、綺麗な眉間に深い皺を寄せて、訝しげな表情で彼女はそう言った。
僕のナイーブでセンシティブな独白をさらりと否定して。

「私らがいるんだから、頼ってくれていい。今更気にする関係でもないでしょ。
それで何?わざわざ連れ出して。そっちのが気になる」

目を丸くしている僕には目もくれず、時間もないしねー、ともう一度背伸びをしてから肩甲骨まわりを解すように肩を回している。
ふ、とつい小さく吹き出してしまった。
彼女は僕が死ぬなんて、心の底から万に一つも考えていなかったらしい。
そうか、そうだな。

きっとあいつらも、僕がそちら側へ行くなんてこれっぽっちも考えちゃいないし望んじゃいない。
それに今回の事件を解決に導いてくれたのはあいつらだ。僕の中には確かに皆がいる。そう思い出させてくれたんだ。

「そうだったな。萱島に、伝えようと思っていたことがあって」

4つの手のひらに背中を押されたような気がした。押されるというには少々重たくて厚みのある衝撃。あいつららしい。

「柄にもないことは分かってて言うから聞いてくれ」
「ん?」

ああ、応援というよりも笑われている気がするな。

「萱島、好きだ。これからをともに歩いてくれないか」









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