「綺麗…、」


天空城の一角に存在する花壇。そこに咲き誇る綺麗な花々に、感嘆の声を洩らす。たまに訪れる 風に煽られた花弁が、青空を彩る。そんな幻想的な光景がスカアハは好きだった。──まるで、自分を歓迎してくれているようで。

が苦手なスカアハは、いつも人出の少ない中庭の花壇にいた。ここなら煩わしい人付き合いがなく、楽だったから。言葉を飾る必要もない。言葉で飾られる事もない。数少ない安らぎの時間だった。
いつものように花壇に近付いたスカアハは、花々に祝詞を紡ぐ。何百年、何千年と綺麗に咲いていられるように。


「スカアハ様」


そんな時だった。背後から声をかけられ、振り返る。その刹那、木々の葉を揺らす大きな風と共に花弁が空へ舞った。
目の前に写る黒髪の女神は目を細め、空へ舞う花弁を目線で追う。そんな彼女のなびく艶やかな黒髪と薄桃色の花弁の雨は、スカアハの目を奪った。


「……綺麗だな」

「ありがとうございます、スカアハ様。こうして綺麗に咲いていられるのも、あなた様の祝福があってこそ…」

「それは違うさ」


いつものように賛美を口にするサクヤを遮り、には見せない優しげな表情で花達に笑いかけるスカアハ。


「私はただ、長生きのまじないをかけただけ。立派に咲いたのは君のおかげだ。花の女神」

「ふふ。──いいえ、それは違いますわ。この子達は、あなた様が褒めてくださるから、綺麗なのです。好いている方に綺麗だと思われたい…その想いは花にだって存在します」

「…そういうものか?」

「そういうものです」


花のように綺麗に微笑む彼女に、スカアハは目を細めた。そうだ、彼女はいつだって綺麗だった。彼に──アスラに綺麗だと思われたいと。言葉ではなく、行動で。


「あ…申し訳ありません。出過ぎたことを…」

「構わぬ」


頭を下げるサクヤを横目に、スカアハは花壇に目を向ける。花々は変わらず綺麗に咲いていた。




適性検査を合格したシノ達一行は 列車に乗り、西の戦場へと向かっていた。


「しっかし、アスラにイナンナ、デュランダルにスカアハ…錚々たる顔ぶれよね。どこ滅ぼしに行くの?って感じ」

「ま、肝心のアスラがああなっちまったけどな」


6つの瞳が隅にいる銀髪の少年の方に向けられる。彼は隅の方で体を丸めていた。これから起きる事を想像しては嘆いて。
シノはそんな彼に近付き、しゃがみ込む。彼の翡翠色の瞳がこちらに向けられると、シノはふわりと笑みを作ってみせた。


「大丈夫だよ、ルカくん。私達は死んだりなんかしない」

「で、でも戦争だよ?そんなの分からないじゃないか…」

「私の言霊ちから、忘れた?

──死なない、絶対に・・・・・・・・”」


目を合わせ ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で言葉を紡ぐシノ。その甲斐あって、ルカの瞳から恐怖の文字が消えていった。大丈夫…と呟くルカの言葉には怯えは感じられない。


「…ね?大丈夫、そうでしょう?」

「…うん、僕達は絶対に死なない」


翡翠色の瞳からは恐怖が完全に消え、彼は覚悟を決めたのか顔付きも変わった。彼はもう大丈夫、そう判断したシノはルカに手を差し伸べた。


──あんた、便利ねえ」

「え?…ああ、言霊のこと?」


二人の元へ戻る ルカとシノを迎えるイリアは、目を瞬かせ、シノを見つめた。
強情なルカを落ち着かせた──シノやスパーダより“彼”を知る少女は、それが難しい事だと知っている。だからこそ、シノの言葉が異質なものだと悟ったのだ。


「そんな事ないよ。役に立つ事もあるけど、それ以上に厄介事に巻き込まれちゃうから」

「さっきも狙われてたもんな、豚に」

「ぶ、豚って…。でも大変だよね」


ケラケラと笑うスパーダの隣で、心配そうに眉を顰め、こちらを見遣るルカ。そんな心優しいルカに心労を与えまいとシノは微笑みかけた。


「今度シノに言い寄って来たら、脳天に風穴開けちゃいましょ!」

「当然だぜ!」

「当然なの!?」


物騒な発言をし、笑うイリアとスパーダにルカはたじたじ。そんな3人のやり取りには、シノを思う気持ちが篭っていて。
今日、初めて会ったはずなのに親身になってくれる優しい人達。私の言霊ちからは、この子達を守る為に使いたい…そう、強く思った。


「でもさ、ここまで揃ったらゲイボルグにも会いたいよな。オレとルカ、シノとゲイボルグ…ってさ」

「ふふ…、うん、その気持ち分かる…かも」

「ゲイボルグ?誰よそれ」

「あーイリアは知らねェか。スカアハの相棒のことだよ。アスラにとってのデュランダルみたいな…」


よくあいつらから惚気られてたっけ。スパーダはそう言いながら苦笑いを浮かべ、当時の事を思い浮かべる。でも最後は、その時間は嫌いではなかった事を告げると、穏やかな笑みを浮かべてみせた。


「へえ〜意外。スカアハにもそんな一面があったのね。ぶっきらぼうなイメージしかなかったわ」

「あはは…。職業柄、人の裏側ばかり見えてたから…人嫌いになっちゃって…」


“呪術”は人の感情に干渉して起こす事が多く、そんな汚い感情ばかり見てきた彼女は心を閉ざしてしまった。彼女には頼れる人間がいなかった事も、原因のひとつだろう。……その事に、不便を感じる事もなかったけど。


「…んで?そんな黙り込んじまってどうしたんだよ、ルカ」

「何、また怖くなったわけ?」


難しい顔をしながら黙り込むルカ。その顔色を伺おうと、イリアはルカの顔を覗き込んだ。


「う、うわあ!!な、なんでもないよイリア!!ちょっと考え事してただけだから!」


ルカは顔を真っ赤にさせながら、イリアから離れるように後ずさる。そんなルカの初心な反応を面白がって、スパーダは大爆笑。


「ヒャハハハハハ!普通逆だろ!」

「もう…、そんなに笑わなくても。初心で可愛いじゃない」


シノは顔を真っ赤にさせ、俯いたルカを慰めながら、スパーダに苦言を呈す。シノなりのフォローのつもりが、ルカにとっては追撃にしかならなかったのだが、シノがそれに気づく事はなく。
戦場へ向かっている事など忘れ、穏やかに流れるこの時間をシノ達は楽しんでいた。しかしそんな時間は、長くは続かない。


突然、地を揺るがす大きな爆音が轟く。その瞬間、列車内の空気はぴりりと張り詰めた。


──着いたみてェだな」

「ルカ、しっかりしなさいよ。あんたが取り乱したら、あたし達が危ないんだからね」

「う、うん…」


さっきまでの明るい表情はない。少し青褪めた表情の彼らと視線を合わせ、そして同時に頷いた。必ず生き残ろう、そう決意して。



スパーダ、イリア、シノの順番に列車を降りていく。その様子を最後尾で眺めていたルカは、先程のやり取りを思い出していた。
スカアハの事は、夢で見た。影の女王らしく黒い衣装に身を包んだ凛とした佇まいの威厳のある女性。ルカはちゃんと覚えている、でも。


「スカアハの使っていた武器…槍、だったかな…」


長い武器を使っていた、それだけは覚えている、のだが。うーーん……と再び考え込んで、そして首を振る。スカアハを知るスパーダと、本人であるシノが言うのだ、そうなのだろう。


「ルカくん、2人が待ってるよ」


中々降りてこないルカを心配してか、シノがひょっこり顔を覗かせる。今行く!とルカは慌てて列車を降りて行った。