不機嫌そうに、どすどすと大きく音を立てて歩く彼女に、シノ達は苦笑いを浮かべる。そんな彼女の態度は、先程の出来事が影響していた。

西の戦場にやってきたシノ達。辺りには不快な臭い。焼けた亡骸と火薬の臭いが蔓延する場所──そこから想像できる最悪な光景に一同言葉を無くした。そんな時に現れたのが指揮官であった。
敵国であるガラムの兵士を殲滅しろ──そう、指揮官に命じられたのだ。逃亡は周辺にグリゴリ兵が結界を張っているため、不可能。シノ達の選べる道はひとつだけ。選択肢など与えられない、その上高圧的な態度をとられれば、短気なイリアが怒るのも必然で。


「落ち着けってイリア。新兵に対する態度なんてあんなもんだろ?な、シノ」

「うん。…イリアの気持ちも分かるけれどね」


スパーダとシノの言葉に、イリアは足を止める。しかし頬を膨らませている事から、納得は出来てない様子。そんな彼女を宥める彼らをぼんやりと眺めながら、シノは先程の言葉を思い出す。
転生者の扱いは、シノが思っている以上に酷いものだった。その事実に胸を痛めた、その時。


──シノ!ルカくん!」


奥地から 息を切らせながらやってきたチトセは、ルカとシノの目の前で息を整え、まだ居た…と安堵の表情を浮かべる。
チトセの登場により、ようやく直ったイリアの機嫌が再び悪くなるのを、スパーダとルカは疲れた様子で眺めた。


「あんた、どうしてここにいんのよ」

「……さあ。あなたには関係ないでしょう」


イリアの突っ慳貪な口調に苛立ったのか、チトセは眉を寄せ不機嫌なのを隠さずにイリアを一瞥した。その反応がイリアを刺激し、辺り一帯が戦場以上にピリピリとした空気に染まる。


「シノもルカくんも、強いのは分かってるんだけど、すごく心配だわ…」


胸の前で指を絡め、ルカとシノに心配そうな表情を作るチトセの様子に、先程までの不機嫌さは微塵も感じさせない。この切替えの速さに、イリアは「猫被り女」とぼそりと呟いた。その言葉に眉がぴくりと動いたものの、チトセは何も答えなかった。


「え、ええっと…… チトセさんは教団に入信した…んだよね?」


そんな重苦しい空気の中、ルカが恐る恐る…といった感じにチトセに問いかける。すると花開いたかのようにぱっと明るい笑みを浮かべながら、チトセはルカを見遣る。


「ええ、そうなの。それで教団の奉仕活動の一環として、ここで衛生兵を務める事になったのよ」

「へえ…頑張ってるんだね」

「ふふふ。でも私も今到着してばかりで、まだまだこれから。でも…ルカくんの傍にいられるだなんて嬉しいな」


ルカに対し、愛想良く答えるチトセの姿は、イリアにとって2重の意味で気に入らないのだろう。ルカの背後でチトセに苦言を呈すも、チトセは何の反応も示さず。


「あー…、ほらほら行くぞ」


スパーダはシノに目配せをすると、イリアの口を塞ぎ、背を押しながらチトセ達と距離をとらせた。うん、それが一番血を見なくてすむ方法じゃないかな。シノもスパーダの後を追うように、その場から距離をとった。


「なにすんのよ!あんたあの女の味方なの?あたしの敵!?敵なのね!?」

「だ〜ッ!!黙ってろよ!ルカの奴、今いい雰囲気なんだから!そっとしとこうぜ」

「ふんだ…!」


チトセの反応に腹に据えかねた様子のイリアの頭を優しく撫で、宥める。すると頭は冷えたのか、表情から怒りの感情は消えていく。


「……ごめんシノ。やっぱりあたし、あの女のこと好きになれない」

「いいの、無理に仲良くする必要なんてないんだから。私に気を遣わないでいいんだよ」

「ん…」


優しく頭を撫でていたら、イリアも落ち着いた様子。
そうこうしている内に、向こうも話が終わったみたい。イリアを連れてルカとチトセの元へ向かえば、チトセは今度はこちらに向き直る。


「シノも気を付けてね。……絶対に、生きて戻ってきて」


幼馴染が戦場に向かうのは心配のようで、チトセは目を伏せ、シノの両手を強く握り締める。うん、と力強く頷けば、少しだけ表情が軽くなった。それでも、浮かない様子だったけれど。


「どんなに小さな怪我でも、怪我をしたら いつでも来て。約束よ」


そう言って 小指を差し出す彼女に応えるように、シノは小指を差し出し、彼女の小指と絡めた。




名残惜しそうに去って行くチトセの背を眺めていると、今まで黙って成り行きを見守っていたスパーダが眉を顰めながら口を開いた。


「なあ、あのコってお前がアスラだって事、知ってんのか?」

「ん〜、言った憶えはないけど、でも知ってたみたいだね。どうしてだろ…?」


スパーダとルカのやり取りを聞いたシノは、やっぱり…と瞳を伏せた。

──それはやっぱり、前世がサクヤだったからじゃないかな。だからチトセは、アスラの転生者であるルカくんに対して、あんな。
研究所で感じた違和感は、合っていたのかもしれない。ルカくんへの恋心…と呼べるものかも分からないそれは、本当はサクヤからアスラへの…。


「そんなのどうでもいいでしょ!早く行きましょ!」


あ〜けったくそ悪い!なんて騒ぎながらイリアは足速に戦場へと向かっていく。そんな彼女の様子を見守っていたシノ達は顔を見合わせ、肩をすくめる。そして先へと進むイリアの後を追った。