そんな戦火の中を優雅に歩く女がいた。濡羽色の御髪が揺れる度に小さく鈴の
漆黒の衣装を身に纏い、自身の背丈より大きい魔槍を手にしたその姿
「全く……一度は我が領地に攻め込んでみせた
司令官の首はスカアハが獲った。それなのに敵兵の撤退を許している現状に何をしているのか。痛む頭を抑えながら前線へと戻ってみれば、大勢のラティオ軍に立ち塞がる一人の軍神の姿が目に入った。
スカアハは一瞬目を丸くしたものの、
「スカアハ様!それが
「ああ、いい。言い訳は結構。直ちに撤退しろ」
既にスカアハの視線にはラティオの兵士の姿など映ってはいない。軍神とスカアハ、お互いの視線が混じり合う。
もうラティオ兵など気にも留めない二人の神様の様子に、ラティオの指揮官は眉を寄せ唇を噛み締めるものの、思考を振り払うように首を振り、そして同胞達に撤退を知らせて前線を退いていく。その様子を横目で見ていた軍神は大剣に手を伸ばした。
「貴女が
「ばあや?……ああ、あの龍神か」
ヴリトラ
そうか、目の前の男はヴリトラの関係者か、道理でラティオ兵の手に余るわけだ。
スカアハは魔槍に触れ、新たな風に口角を上げた。
「ではお互いに時間稼ぎと行こうか」
「初陣で貴女と手合わせが出来るとは、光栄だな。
「小癪な」
2mを超えるであろう
経験の差で何とかいなしているものの、本来なら体格や力の差で向こうが有利。荒削りな剣術だからこそ無傷でいられたが、それが完成された日にはタダでは済まないだろう。
「ゲイボルグ!準備は出来たか?」
「アァ!?誰に言ってんだァ?」
今時悪役ですらしなさそうな小物臭のする笑いを披露する
「全てを貫く必滅の神槍
初見の技であろうが、槍で連続で薙ぎ払った頃からアスラの様子が変わった。他の者達のように無闇矢鱈に逃げ回るわけではなく、一挙一動見逃してたまるかとばかりに観察し、受け流す。最悪かすり程度なら許容範囲と思ってるのかもしれない。
「
スカアハは透かさず飛び上がり、投擲のフォームに入る。そして狙いを定め、ゲイボルグを放つ。アスラはゲイボルグの動きを目で追い
「……どういう、つもりだ。何故
「未来への投資だ」
唖然とするアスラの瞳にはスカアハに対する憤怒の炎が燃えていた。わざと外された事でプライドが大きく傷ついてしまったらしい。それに気付いたスカアハの笑みは一層深くなる。
怒りは自身を高めるエネルギーになる、いい傾向だ。この男にはここで立ち止まってもらっては困るのだ、もっともっと強くなって貰わねば。
「その怒りをバネに強くなれ、アスラ」
「
スカアハは瞳を閉じ、静かに言葉を紡いでいく。
彼女の足元には紫色の魔方陣が展開され、御髪がふわりと舞い上がる。その事にアスラが気付いた時にはもう既に遅かった。
「
スカアハの詠唱が止まった直後、紫色の光がアスラを包み込んだ。ナイトメア
「く、そ………」
包み込む睡魔に抗う事は出来なかったようだ。糸が切れたかのように、アスラの巨体はその場に崩れ落ちた。
「………ここまでする必要あったのかァ?」
「あるんだ」
つまらなさそうに声を漏らすゲイボルグに即答する。それでもなお、ふーん?と興味なさそうにするゲイボルグに、スカアハは苦笑いを浮かべてみせた。
「この男に足りないのは経験だ。強くさせるには経験を積ませるしかない」
「コイツを強くする理由は?」
「そんなの決まっているだろう。
ゲイボルグの息を呑む音が聞こえた。
ラティオに従うスカアハだったが、ラティオに対する憎悪は消えていない。我が領地に土足で踏み込んだ無礼者は決して許したりしない。今はまだ制裁の時ではないが、いずれはラティオを攻め滅ぼす気だった。目には目を、歯には歯を。侵攻には侵攻を。
「っ……ヒッ」
「ゲイボルグ?」
「ヒャーハッハッハッハァッーー!!いい!!いいぜェお前!!やっぱり俺の相棒はテメェだけだスカアハ!!」
ゲイボルグの狂気じみた嗤い声は辺りに響き渡る。どうした、とスカアハが口を開く前にゲイボルグは言葉を続けた。
「アァ、そうだ!気に入らねェ、ただそれだけで殺す理由になる!……だからなぁ、」
「ん?」
先程まで愉しそうに嗤っていたゲイボルグが急に黙り込んだ。少し心配になったスカアハはゲイボルグ?と首を傾げる。
「スカアハ……油断して殺されるんじゃねえぞ。
「ああ、そういうこと。分かっている、だってこの身は
「この身はお前と共にあるのだから……」
自分の口から漏れ出た言葉で目が覚めたシノは朦朧とする意識を振り切るようにゆっくりと体を起こし、思いっきり伸びをする。
夢を、見ていた。7つの城壁と9つの柵に囲まれた影の国
「スカアハ……か」
女神スカアハの夢を見る事は珍しい事ではない。
夢の中の自分
「そんな彼女が、前世の私………」
もしこの国の長の娘が自分ではなく彼女だったら。もしかしたら今のような危機的状況に陥ってないのかもしれない。自分ではなく、彼女だったら……。
「シノ!早く起きんか!」
「あっ、ごめんなさい!今行きます!」
祖父の呼ぶ声がする。シノは余計な思考を振り払うように頭を軽く振り、そして慌てて寝室を後にした。
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