大剣を抱え、言葉の節々から
スカアハは得物の柄をぎゅっと握り締め、ごくりと生唾を飲み込む。信用はされないだろう…私を迎えるメリットはあるが、デメリットの方が大きい。今は戦線を退いた身であるとはいえ、少し前まで敵側にいたのだ。味方の士気を考えれば断った方がいいに決まっている。
「
「!」
この男、正気か
「…理由を聞いても?」
「何、簡単な話だ。俺の目的は天上界の統一
はっはっはっ…と豪快に笑うアスラ。そうだった…真面目で融通のきかないラティオに対し、センサスは自由で楽天的だった。そんな奴らに対し、緊張していたのが馬鹿らしい…と、肩の力を抜き、無意識の内に止めていた呼吸を再開させた。
「それに
「?」
「もしセンサスを裏切れば、俺がその身を斬り捨てるだけ。違うか?」
自信たっぷりにそう言ってのけるアスラに、スカアハは若いな…と目を細めた。しかしその若さが、センサスにピッタリの素質なのだから何も言えない。
スカアハはふ…と笑みを浮かべ、アスラを見上げる。自分より大きい者、単純な力比べならば完敗だろう。しかし、
「いくら貴殿でも、私を殺す事は出来まいよ」
スカアハの言葉に アスラは目を丸くさせ、そしてまた豪快に笑ってみせた。
「デュランダルから聞いていた通りだな、頼もしい」
アスラは笑いながらそう告げる。そして笑いが収まれば、すぐに長の顔へと戻った。
「
「はい、アスラ様」
アスラがその名を口にした直後、直様凛とした声と共に現れる1人の女神。アスラは音もなくやってきた自身の部下を見遣り、
「スカアハ殿にはサクヤを指導して貰いたい。出来るのなら、一般兵も頼む」
「承知した」
それくらいならお安い御用だ。スカアハがサクヤに視線を向ければ、彼女と視線が交わる。その直後、サクヤは頭を垂れた。
「よろしくお願い致します、スカアハ様」
「…こちらこそ」
ようやく、奴を。この手で。スカアハはほっと胸を撫で下ろした。
「ここが聖都ナーオス……」
数時間の船旅を経て、ついにやってきた聖都ナーオス。祖国のアシハラしか知らないシノは、初めて見る街並みに感嘆の声をあげた。
聖都ナーオス
シノは街の探索をしながら 街の住民の話を聞いてみた。すると住民の言葉には必ず「聖女」という単語が出てきた。
彼らが言うには、聖女には奇跡を起こす力があるらしい。そんな彼らの声には畏怖の念があったり 後悔だったり様々だ。
「そして、街の聖堂は その聖女が壊した、と…」
街にあるベンチに腰掛け、ふう…っと一息つきながら街で聞いた情報の整理する。今、その聖女は“異能者捕縛適応法”とやらのせいで投獄され、ここにはいないらしい。
噂の聖女は転生者
でも投獄中ならこちらから手出しはできないんだよなあ…と大きく伸びをしながら一人ごちる。“異能者捕縛適応法”
正直、アシハラの者からすると転生者に対する反応に違和感がある。アシハラには転生者を嫌厭する風潮はなく、むしろ運動能力の高い転生者を歓迎する節があるので。
それでもこの国の法なら仕方がない。ただし私が捕まるわけにはいかないので、人前で天術を使うのはやめておこう。
「他に手掛かりはなさそう、かな…」
転生者と思われる聖女も捕まったとの事。それなら別の転生者を探して情報を集めるしかない。シノは足早にナーオスを後にした。
「はぁっ!」
軽やかなステップで魔物を斬り伏せ、絶命した魔物を見下ろし、扇を閉じる。額から流れる汗を拭い、溜め息をひとつ。まだそんなに歩いていないというのに、この魔物との遭遇率。異常だ、異常としか言いようがない。
もう一目なんて気にせず、言霊で追い返してやろうか
「え…っと、今のは悲鳴…?」
女性の悲鳴がシノの耳に届き、慌てて聞こえてきた方角に視線を向ける。肉眼でははっきりと分からないが、微かに見える人影。その人影はこちらへ走ってきているのか、徐々に姿形がはっきりしてきた。
その人影の正体は老夫婦だった。ご老体だからか、それとも怪我をしているのか、その足取りは覚束無い。
「…っ!魔物っ!?」
老夫婦の背後には魔物の姿。そしてその魔物は、今にも老夫婦に襲い掛からんと構えている。
『
飛び散る赤が脳裏を掠める。また、あの惨劇が目の前で。
急いで扇を開き、天術を付与する。光の粒が鉄扇の弧の部分を覆い、そして光は刃へと姿を変えた。
「“加速”」
シノが静かに呟き 駆け出すと、瞬きの間に距離をつめ、そして老夫婦の元へと辿り着く。驚愕の表情を浮かべる彼らを自身の背後へ隠し、そして魔物を一瞥すると、魔物と視線が絡んだ。
「天華!」
雪のように、軽やかに舞いながら魔物を切り刻む。1回、2回、刃が肉を裂く毎に魔物の勢いは消えて行き、そして
赤い花が辺り一面を彩っていた。その中心に横わる魔物の息の根が止まっている事を確認した後、刃を消して鉄扇をしまう。
「大丈夫でしたか?」
魔物の亡き骸と共に、赤い花が消えるのを見届けると、シノは振り返り、老夫婦に向かって笑みをこぼした。
そんな表では友好的に接しているシノであったが、内面ではどのようにこの窮地を脱するかを考えていた。彼らを助けるためとはいえ、禁止とされる天術を使ってしまった。遠くにいた人物が一瞬で自分の背後に現れたのだ。“異能者”とバレてしまっても不思議ではない。
事実、老夫婦はじっとシノを見つめ 何も言わない。少しの間、気まずい沈黙が流れたのちに。
「ええ、助かったわ。どうもありがとう」
お婆さんは優しく微笑んで、頭を下げた。“何も見なかった”ことにしてくれたお婆さんに、シノは「こちらこそ、」と呟いた。
そんなやり取りを見守っていたお爺さんが急に苦痛の声を洩らし、蹲る。
「!お爺さん、大丈夫ですか。レグヌムまでもう少しだから…」
「怪我してるんですね」
シノは膝をつき、お爺さんと視線を合わせ、怪我の具合を確認してみる。見た感じ、切り傷といったそれらしい傷は見当たらない。どうやら魔物に受けた傷ではなく、魔物から逃げる際に足を挫いたようだ。
「福音を齎せ。
祈るように詠じるシノ。その祈りに応えるかのように、お爺さんの周りにサークルが現れ、淡い光がその身を包み込んでいく。痛みがとれたのか、お爺さんは目をぱちくりと瞬かせ、シノの顔を凝視した。
「お前さん、今のは…」
「
お爺さんの言葉を誰かが遮る。静かに、しかし人に口を開かせないような強い意志を持った男の声。それはシノの背後から聞こえてきた。
「貴様、異能者だな」
この男は質問していない。転生者だと確信している。見られていたか、と内心舌打ちをする。この男の声色から、転生者に対する軽蔑と怒りの念が感じられた。
「異能者捕縛適応法により、貴様を逮捕する」
「待ってください。この方は私達を助けてくれたのです。今回だけ見逃してもらえませんか」
「そうだ!この娘は悪さをしていない!私からも頼む!」
見ず知らずの小娘を助けるために、必死に頭を下げる老夫婦に、嬉しさで胸がいっぱいになる。
しかしそんな老夫婦を見ても男の視線は冷え切ったまま。むしろ鋭さを増したような気さえした。
「貴様ら、異能者を庇い立てする気か」
すっと目を細め、“民間人”に敵意を向ける男を見た時に、シノの脳裏を掠めた言葉は、『まずい』だった。この男は、自分を捕まえるためなら、民間人さえも犠牲にできると。
「
老夫婦に近付く男の動きを止めるために、言霊を紡ぐシノ。しかし、予想を反し、男は歩みを止めない。一歩一歩老夫婦へと近付いていく。
「
「そう、ですか。では抵抗は無意味ですね」
シノはふぅ…と息を吐く。そして抵抗しないと両手を上げ、降参の意を示す。そんな様子を心配そうに見つめる老夫婦に、シノは微笑んだ。心配はいらない、と。
「私は大丈夫です。ありがとう…
“あなた達の歩む道は幸福に満ちている事でしょう”」
シノは満面な笑みを浮かべ 感謝の想いを込めて神の呪いの言葉を紡ぐ。幸せに旅路を終えること、そして今安全に目的地へと辿り着けるように。
シノはもう一度 老夫婦にお礼を言い、歩き出した男について行った。
- 6 -
back to top