「…成程、スカアハ殿がセンサスに同盟を願い出た理由は理解した」


大剣を抱え、言葉の節々から威厳オーラを発するこの男こそ、反乱軍──否、センサスの長となったアスラである。長として君臨する日こそ浅いものの、実力は高く、信望も厚い。このアスラならば、必ず──

スカアハは得物の柄をぎゅっと握り締め、ごくりと生唾を飲み込む。信用はされないだろう…私を迎えるメリットはあるが、デメリットの方が大きい。今は戦線を退いた身であるとはいえ、少し前まで敵側にいたのだ。味方の士気を考えれば断った方がいいに決まっている。


──分かった、受けよう」

「!」


この男、正気か──?提案したのは私だが、そう思わずにはいられなかった。私だったら絶対に断っている。だっていつ裏切るか分からない者を身近に置くなど正気ではない。


「…理由を聞いても?」

「何、簡単な話だ。俺の目的は天上界の統一──ならば受けないわけにはいかないだろう?」


はっはっはっ…と豪快に笑うアスラ。そうだった…真面目で融通のきかないラティオに対し、センサスは自由で楽天的だった。そんな奴らに対し、緊張していたのが馬鹿らしい…と、肩の力を抜き、無意識の内に止めていた呼吸を再開させた。


「それに──、」

「?」

「もしセンサスを裏切れば、俺がその身を斬り捨てるだけ。違うか?」


自信たっぷりにそう言ってのけるアスラに、スカアハは若いな…と目を細めた。しかしその若さが、センサスにピッタリの素質なのだから何も言えない。
スカアハはふ…と笑みを浮かべ、アスラを見上げる。自分より大きい者、単純な力比べならば完敗だろう。しかし、


「いくら貴殿でも、私を殺す事は出来まいよ」


スカアハの言葉に アスラは目を丸くさせ、そしてまた豪快に笑ってみせた。


「デュランダルから聞いていた通りだな、頼もしい」


アスラは笑いながらそう告げる。そして笑いが収まれば、すぐに長の顔へと戻った。


──サクヤ!」

「はい、アスラ様」


アスラがその名を口にした直後、直様凛とした声と共に現れる1人の女神。アスラは音もなくやってきた自身の部下を見遣り、


「スカアハ殿にはサクヤを指導して貰いたい。出来るのなら、一般兵も頼む」

「承知した」


それくらいならお安い御用だ。スカアハがサクヤに視線を向ければ、彼女と視線が交わる。その直後、サクヤは頭を垂れた。


「よろしくお願い致します、スカアハ様」

「…こちらこそ」


ようやく、奴を。この手で。スカアハはほっと胸を撫で下ろした。





「ここが聖都ナーオス……」


数時間の船旅を経て、ついにやってきた聖都ナーオス。祖国のアシハラしか知らないシノは、初めて見る街並みに感嘆の声をあげた。

聖都ナーオス──王都レグヌムの領地のひとつで 教団の権威が衰えてる中 珍しく信仰が根付いている場所。街の中心には大きな聖堂があるのだが、今は壊れてしまっているようだ。

シノは街の探索をしながら 街の住民の話を聞いてみた。すると住民の言葉には必ず「聖女」という単語が出てきた。
彼らが言うには、聖女には奇跡を起こす力があるらしい。そんな彼らの声には畏怖の念があったり 後悔だったり様々だ。


「そして、街の聖堂は その聖女が壊した、と…」


街にあるベンチに腰掛け、ふう…っと一息つきながら街で聞いた情報の整理する。今、その聖女は“異能者捕縛適応法”とやらのせいで投獄され、ここにはいないらしい。
噂の聖女は転生者──なのだろうか?“奇跡の力”を起こす聖女…なのだから、奇跡の力が失われた現代では、転生者でないとありえないのだけど。

でも投獄中ならこちらから手出しはできないんだよなあ…と大きく伸びをしながら一人ごちる。“異能者捕縛適応法”──聞いた話によると、その法はその名の通り、異能者と呼ばれる転生者を捕まえるための法。

正直、アシハラの者からすると転生者に対する反応に違和感がある。アシハラには転生者を嫌厭する風潮はなく、むしろ運動能力の高い転生者を歓迎する節があるので。
それでもこの国の法なら仕方がない。ただし私が捕まるわけにはいかないので、人前で天術を使うのはやめておこう。


「他に手掛かりはなさそう、かな…」


転生者と思われる聖女も捕まったとの事。それなら別の転生者を探して情報を集めるしかない。シノは足早にナーオスを後にした。





「はぁっ!」


軽やかなステップで魔物を斬り伏せ、絶命した魔物を見下ろし、扇を閉じる。額から流れる汗を拭い、溜め息をひとつ。まだそんなに歩いていないというのに、この魔物との遭遇率。異常だ、異常としか言いようがない。
もう一目なんて気にせず、言霊で追い返してやろうか──数々の魔物との戦いに辟易したシノは、溜め息混じりに呟いた、その時だった。


「え…っと、今のは悲鳴…?」


女性の悲鳴がシノの耳に届き、慌てて聞こえてきた方角に視線を向ける。肉眼でははっきりと分からないが、微かに見える人影。その人影はこちらへ走ってきているのか、徐々に姿形がはっきりしてきた。
その人影の正体は老夫婦だった。ご老体だからか、それとも怪我をしているのか、その足取りは覚束無い。


「…っ!魔物っ!?」


老夫婦の背後には魔物の姿。そしてその魔物は、今にも老夫婦に襲い掛からんと構えている。


──逃げなさい、シノ!』


飛び散る赤が脳裏を掠める。また、あの惨劇が目の前で。──助けないと。シノの脳がそう判断する。しかし、普通に走っては、間に合わずに老夫婦が死んでしまう。ならば──!!


急いで扇を開き、天術を付与する。光の粒が鉄扇の弧の部分を覆い、そして光は刃へと姿を変えた。


「“加速・・”」


シノが静かに呟き 駆け出すと、瞬きの間に距離をつめ、そして老夫婦の元へと辿り着く。驚愕の表情を浮かべる彼らを自身の背後へ隠し、そして魔物を一瞥すると、魔物と視線が絡んだ。


天華てんか!」


雪のように、軽やかに舞いながら魔物を切り刻む。1回、2回、刃が肉を裂く毎に魔物の勢いは消えて行き、そして──
赤い花が辺り一面を彩っていた。その中心に横わる魔物の息の根が止まっている事を確認した後、刃を消して鉄扇をしまう。


「大丈夫でしたか?」


魔物の亡き骸と共に、赤い花が消えるのを見届けると、シノは振り返り、老夫婦に向かって笑みをこぼした。
そんな表では友好的に接しているシノであったが、内面ではどのようにこの窮地を脱するかを考えていた。彼らを助けるためとはいえ、禁止タブーとされる天術を使ってしまった。遠くにいた人物が一瞬で自分の背後に現れたのだ。“異能者”とバレてしまっても不思議ではない。
事実、老夫婦はじっとシノを見つめ 何も言わない。少しの間、気まずい沈黙が流れたのちに。


「ええ、助かったわ。どうもありがとう」


お婆さんは優しく微笑んで、頭を下げた。“何も見なかった”ことにしてくれたお婆さんに、シノは「こちらこそ、」と呟いた。
そんなやり取りを見守っていたお爺さんが急に苦痛の声を洩らし、蹲る。


「!お爺さん、大丈夫ですか。レグヌムまでもう少しだから…」

「怪我してるんですね」


シノは膝をつき、お爺さんと視線を合わせ、怪我の具合を確認してみる。見た感じ、切り傷といったそれらしい傷は見当たらない。どうやら魔物に受けた傷ではなく、魔物から逃げる際に足を挫いたようだ。


「福音を齎せ。──ピクシーサークル」


祈るように詠じるシノ。その祈りに応えるかのように、お爺さんの周りにサークルが現れ、淡い光がその身を包み込んでいく。痛みがとれたのか、お爺さんは目をぱちくりと瞬かせ、シノの顔を凝視した。


「お前さん、今のは…」

──今の力はなんだ」


お爺さんの言葉を誰かが遮る。静かに、しかし人に口を開かせないような強い意志を持った男の声。それはシノの背後から聞こえてきた。


「貴様、異能者だな」


この男は質問していない。転生者だと確信している。見られていたか、と内心舌打ちをする。この男の声色から、転生者に対する軽蔑と怒りの念が感じられた。


「異能者捕縛適応法により、貴様を逮捕する」

「待ってください。この方は私達を助けてくれたのです。今回だけ見逃してもらえませんか」

「そうだ!この娘は悪さをしていない!私からも頼む!」


見ず知らずの小娘を助けるために、必死に頭を下げる老夫婦に、嬉しさで胸がいっぱいになる。
しかしそんな老夫婦を見ても男の視線は冷え切ったまま。むしろ鋭さを増したような気さえした。


「貴様ら、異能者を庇い立てする気か」


すっと目を細め、“民間人”に敵意を向ける男を見た時に、シノの脳裏を掠めた言葉は、『まずい』だった。この男は、自分を捕まえるためなら、民間人さえも犠牲にできると。


──動くな・・・”」


老夫婦に近付く男の動きを止めるために、言霊を紡ぐシノ。しかし、予想を反し、男は歩みを止めない。一歩一歩老夫婦へと近付いていく。


──無駄だ。我々にとって 天術を封じる事など、容易いこと」

「そう、ですか。では抵抗は無意味ですね」


シノはふぅ…と息を吐く。そして抵抗しないと両手を上げ、降参の意を示す。そんな様子を心配そうに見つめる老夫婦に、シノは微笑んだ。心配はいらない、と。


「私は大丈夫です。ありがとう…


“あなた達の歩む道は幸福に満ちている事でしょう”」


シノは満面な笑みを浮かべ 感謝の想いを込めてスカアハまじないの言葉を紡ぐ。幸せに旅路を終えること、そして今安全に目的地へと辿り着けるように。

シノはもう一度 老夫婦にお礼を言い、歩き出した男について行った。