──ここで大人しくしていろ!」


あれからグリゴリの民と名乗る者達に連れられたシノは、転生者収容所である研究施設のとある一室へと放り込まれた。噂通りの転生者への対応の酷さに、シノは溜め息をこぼす。


「シノ…っ!?どうしてここに…」

「チトセ!?」


研究所の施設へと連れて来られたシノを迎えるのは、鈴の音のような透き通った声の美しい女性。彼女は狼狽を顔に漂わせながらシノを見つめた。


「……いえ、なんとく事情は察したわ」


じゃなきゃ、貴女があの状況で外に出るはずないもの。彼女はそう苦笑いを浮かべながら呟いた。
彼女はチトセ・チャルマ。アシハラの貴族の彼女は、シノの幼馴染であり、そしてシノと同じく前世の記憶を持つ者。

彼女の前世は花の女神であるコノハナサクヤヒメ──通称サクヤ。シノの前世であるスカアハの教え子であった。

そんな彼女がアシハラを出ると伝えて来たのは数ヶ月前。ある日、チトセは初恋の人の元へ行きたいとシノに告げに来たのだ。そんな人がいるだなんて聞いた事がなかったから最初は驚きもしたが、チトセの幸せを願っていたシノが、彼女の幸せを否定するはずもなく、応援し、見送ったのだけど。まさかこんな所で再会できるとは。


「でも元気そうで良かった。…なんて、ここで言う事でもないんでしょうけど」


そう花笑むチトセに、シノも釣られて笑顔になった。



談笑も終わり、周囲を見渡す。見渡せば見渡す程、転生者を閉じ込める檻のように感じて辟易する。この部屋にあるのは最低限の寝具だけで、時計すらない。しかも室内は薄暗く、光源は窓から入る光だけ。そんな空間にずっといれば、狂ってしまいそう。
そんな地獄の場所にいるのは自分とチトセ。そして…

シノは腕を組み、壁に背を預けている少年に視線を向けた。彼は若葉色のキャスケットを深く被り、目を閉じ、じっとその場を動かない。


「彼が気になるの?」


シノの隣に立つチトセは、悪戯っぽく笑い、シノに問いかける。びっくりしたシノは、違うのと即座に否定しても、彼女は照れなくていいのに、とくすくす笑う。
彼女はからかっているのだと分かってはいるのだが、その瞳の奥には生暖かく見守るような 暖かな情が込められていて、妙に居心地が悪い。
シノの頬はみるみる内に紅潮し、そしてそれを誤魔化すかのように咳払いをひとつ。


「も、もう…そ、それで?チトセの方はどうなの?」

「えっ、私?」

「初恋の人。会えた?」


こういうのは必死に否定すればするだけ疑われる。シノは強引に話題を逸らす。やはり強引すぎたのか、チトセは目を瞬かせた後、


「…いいえ、まだ。でも絶対に会えるわ。私には分かるの」


目を瞑り、祈るように手を組む。その姿に既視感を覚えた。

──サク、ヤ…?

チトセはチトセのはずなのに、あの恋の炎に身を焦がすサクヤの姿と重なってしまう。決して報われない想いなのに、ただ、ひたすらアスラだけを見つめる、あの。


「ねえチトセ、まさか初恋の人って──…」

「何よアイツ!えっらそうに!!」


シノの言葉は、聞き慣れない少女の声によって遮られる。そちらに視線を向ければ、赤髪の少女が、怒りを露わに、どすどすと歩きながらこの部屋に入って来るのが見えた。その少女の背後には、しょんぼりと肩を縮こませた少年の姿。そんな少年少女を見て、チトセは肩を竦めてみせた。


「野蛮ね」


チトセはぼそりと吐き捨てるように呟く。その呟きは、近くにいたシノの耳にしか届かずに、宙へと溶けていく。
恐る恐るチトセの表情を窺ってみれば、彼女の瞳は少女を捉えており、その瞳は冷めきっていた。

珍しい…シノは、不思議そうにチトセを見つめる。シノの知る彼女は、いつも笑顔を浮かべていて、あまり負の感情を表に出さない。その人が去った後に、呆れた様子で溜め息を吐く事はあれど、ここまで露骨に表に出す事はなかった。
…でもまあ、人間誰しもそういう一面はあるか。シノは幼馴染の人間らしい一面を見てくすりと笑った。


「…どうしたの?人の顔見て笑って」

「ううん、別に」

「?…変なの」


どうやらチトセの表情を見つめすぎたらしい。怪訝そうにこちらを見つめる彼女に、笑いながら誤魔化すも彼女の怪訝な表情が変わるはずもなく。さて、どうするか…と思考したその時だった。


「あ、あの…っ!すみません…」


見知らぬ少年に声をかけられ、そちらの方向へ視線を向ける。そこに居たのは、先程の赤い髪の少女の背後にいた銀髪の少年だった。彼は翡翠色の瞳を揺らし、不安げにこちらを見つめていた。


「初めまして、こんにちは」


そんな少年に視線を合わせ、ふんわりと微笑むチトセ。少年はそんなチトセの対応に安心したのか、ほっと息を吐いた。


「こんにちは。僕、ルカ・ミルダっていいます」

「私はチトセ…チトセ・チャルマよ。よろしくね。そして隣にいるこの子は…」

「シノといいます。よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げるシノに、釣られてルカも頭を下げる。気の弱いところはあるけど、素直で良い子のようだ。チトセとルカくんの会話を聞きながらぼんやりと考える。

…それにしても、この2人は初対面なんだよね?甘い世界を繰り広げる2人を引き気味に見つめながらシノは首を傾げる。チトセはルカくんへの好意を露わにしているし、ルカくんもルカくんで満更でもなさそうだ。

巻き込まれまいと少しずつ後退り、距離をとっていると、視線の端で何かが動くのが見えた。その正体はキャスケットを被っている少年の指。彼はこっちに来いとジェスチャーをしていた。
えっ私!?と自分に指差すと、彼はこくこくと頷く。な、なんでだろう…?と首を傾げながらも彼の近くへ近寄った。


「なあ、あいつらって今日初めて会ったのマジ?」

「えっ…ええ…。そうみたいですけど…」

「へえ…」


あいつやるなあ…と、感心したように頷く少年。そんな少年の隣には、先程の赤髪の少女がいた。少女は頬を膨らませたままチトセ達を睨みつけている。


「あの女…ちょームカつく…!!」

「イリアを怒らせるなんて悪いヤツだな しかし」


イリアと呼ばれる赤髪の少女の足元には、小さなサルらしき生き物がぴょんぴょんと飛び跳ね、腕を上下に振り、怒りを表していた。


「ルカもルカよ。あの女に騙されてるのも知らずに、デレデレしちゃってさ!」

「そうかあ?男を騙して手玉に取るような女には見えねェけどな。見た感じ男に尽くすタイプだろ」

「あんたも騙されやすいみたいね!!」


どうやらチトセと彼女は本当に相性が悪いようだ。お互いがお互いに向けて憎まれ口を叩いている。
そこではっと赤髪の少女はこちらに気付き、


「あっ…ごめんなさい。あんたの友達なんでしょ?気分悪くさせちゃったわよね」


しゅんとしながら謝罪をする彼女に、シノは笑みを浮かべる。どうやら彼女も素直な子な良い子のようだ。


「気にしないでください。ただ、あの子をそんな風に言う子なんて初めてだったから、少し驚いちゃって」

「えっ…そんなの?」

「ええ。優しくて、気が利いてて。花のように綺麗に笑う子だって、巷では有名でしたよ」

「どうやら本物の“いい子ちゃん”のようだぜェ?イリア」


シノの口から告げられる言葉に、少女の表情が強張っていく。そんな彼女を見つめながら独特な笑い声と共に弄る少年。
明らかに不機嫌になっていく彼女に、くすくすと笑っていると、彼女は少しばつが悪そうに目線を泳がした。


「…あっ、そういえば自己紹介がまだだったわよね。あたしはイリア。イリア・アニーミよ」

「私はシノ。シノ・ココノエ。よろしくお願いしますね」

「んで、こいつが…」

「あ?名前くらい自分で言えるっての。オレはスパーダ・ベルフォルマだ」

「コーダはコーダなんだな しかし」

「よろしくお願いします、イリアちゃん、スパーダくん、コーダ」

「イリアでいいってば」

「ふふ、では私の事はシノ、と」


自己紹介も終わり、穏やかに時間が流れていく。だが、そんな時間は唐突に終わりを迎えた。


「これより適性検査を行う!」


部屋中に響き渡る、シノを連行した男──グリゴリ兵の一言でしんと静まる。それと同時に、ピリリとした空気が辺りを包み込んだ。


「ルカ・ミルダ!イリア・アニーミ!スパーダ・ベルフォルマ!シノ・ココノエ!以上4名 出ろ!」


シノ達は警戒の面持ちでグリゴリ兵の元へ集まる。


「ああ?適性検査だと?なにやらされんだよ?」

「貴様らの戦闘能力を検査する。詳細は話せん!」

「戦闘能力ぅ?はッ!上等じゃねーか!」


嫌な予感しか感じない。戦闘能力を検査──ただ検査するだけならいい。だが、検査をしてハイ解放…なんて慈善活動をしているようにはどうしても見えない。私を捕まえる時の言動を見る限り。
──戦争の道具。そのための検査にしか思えず、シノは俯き、下唇を噛んだ。


「…あ、の。チトセさんは…?」

「教団への入信を希望する者には適性検査は行われない。お前らも入信を希望するか?」

「あ…そういう事なら、じゃあ僕も希望…」

「だーれが入信なんてするもんですか!バーカバーカ!」

「ったりめーだろ!教団になんか入りゃしねーよ!」


ルカの期待を込めた小さな言葉は、イリアとスパーダの啖呵をきる言葉にかき消され、グリゴリ兵の耳には届かずに溶けて消えた。
この場の誰もが入団を拒否している──そうグリゴリ兵は感じ、どこまでその去勢が続くのかと、ふ…と鼻で笑った、その時だった。

シノは小さく「教団…」と呟く。その声色は教団への拒絶は感じられない。


「なんだ、貴様は入信希望か?」

「おいシノ、お前本気かよ!?」

「そうよシノ!考え直して!」


イリアの悲痛の声に揺れそうになる。けど、だけどシノにも入信したい理由があった。
シノの目的を叶えるためには、どうしても転生者が必要であった。だから転生者が集まる教団への入団話はすごく魅力的で、イリアとスパーダがどれだけ入らない方がいいと力説しても、すぐには首を横には振れない。
しかし、一つだけ明確なデメリットも存在していた。それは、『拘束』されること。入団すれば、シノは好きに動けなくなる。教団の仕事が最優先になってしまい、祖国のために動けなくなってしまうという。それでは本末転倒だ。

──どう、しよう。シノは悩みに悩んで、そして一つの結論に至った。
うん、入信はやめよう。幸い、チトセは入団を決めている。情報は彼女に集めてもらって、私も私で行動しよう。それに……何故だろう。彼らと行動を共にした方がいい、何故かそう感じているから。


──申し訳ありません。私も入信は無しの方向で」

「……まあ、構わん。ではついてこい!」


グリゴリ兵は溜め息をひとつ こぼし、部屋を出て行く。シノ達もその後に続こうと歩き出した瞬間、チトセから呼び止められた。


「シノ!ルカくん!」

「ごめんチトセ。情報収集、そっちでも頼んでいい?」

「え、ええ…それはいいんだけど…」


チトセは眉を顰めながらシノとルカを見つめる。何をされるか分からない適性検査の事で心配しているんだろう。


「シノ、ルカくん……気をつけてね」

「うん……ありがとう、チトセさん。じゃあ行ってくるね」


シノとルカは浮かない顔のチトセに向けて手を振る。彼女も小さく振り返すのを確認すると、シノ達は部屋から出て行った。


そしてシノ達が去った部屋に一人残された少女は、閉まった扉をじっ…と見つめる。


「シノ──…今度はちゃんと、帰ってきてね」


俯き、拳を強く握りながら声を震わせる少女がいた事を、誰も知らない。