俺は、死んだのか?
それとも、生きてるのか?
分からない。一体俺は今どこにいるんだ。
目は開いているのか、閉じているのか。真っ白と真っ黒が交互に入り乱れる。
何の感覚も無い。世界にたった独りで、当て所なくポツンと漂ってるみたいだ。
そもそも、何でこんな事になってるんだっけ?
……そうだ、俺は落ちたんだ。
じゃあ何で落ちたんだっけ?
……。
“あいつ”は、やっぱり泣いてしまっただろうか。俺のせいで、一番大切な人を傷付けてしまった。
頭が酷く痛い。陶器で殴られたみたいだ。ガンガンする。
“あいつ”とは誰だ。俺の一番大切な人って、誰だ。靄がかかって顔が思い出せない。
「響っち」
俺の名前を呼ぶ声。優しくて落ち着く声。キラキラと眩しい筈なのに。
その声がする方へと歩いていく。
思えば身体もぎしぎしする。気付いてしまったら、そこにはもう激痛しかなかった。
息がどんどん荒くなり、俺は倒れてしまいたかった。依然として木霊する声には、近付けた気さえしない。
だけど、きっと大切だったんだ。何よりも。じゃなきゃこんなに必死に追えない。
ここで倒れちゃ駄目なんだ。
手を伸ばす。どこにいるかも分からないのに。掴まれる保証も無いのに。
名前を呼んだら掴んでくれるだろうか。口をパクパクと動かすが、そこからは何の声も出ない。
「響っちが、――。」
何て言ったんだ? また、聞こえない。
もっと近付こうと足を踏み出すと、無かった筈の大穴があった。ガクンと身体は傾いて中に落ちていく。底が見えない闇、落ちたら今度こそ、脱け出せない。
全身の力が脱けて、目をゆっくり瞑った。
その瞬間、パシッ、と右手を掴まれた。
『っ』
その右手から、色んなものが流れ込んだ。
そうだ、“あいつ”の名前は……。
『涼、太』
「……響?」
はっきりとしない視界の中に、薄ぼんやりと黄色があった。疲弊しきった表情で、目を見開いている。
俺の右手は両手で握られていて、とても暖かかった。
そうか。俺は、生きてる。
生きてるとこんなにも暖かい。
真っ白の天井に、俺に繋がる点滴。そして鼻につく独特の香り。それらはここが病院の一部屋である事を示していた。
うまく力が入らなくて、それでも、握ってくれてる右手を軽く握り返した。途端に開かれた黄色の瞳からポタポタと音を発てて涙が落ちた。
「よかっ、よかった……目覚めなかったら俺、どうしようかと」
『涼太って、こんな、泣き虫だったか?』
「誰のせいだと思ってるんスか!」
そうか……俺のせい、か。
掠れた声で、クスと小さく笑う。本当によかったと涼太も笑った。
それから医者の先生に様子を見てもらい、お母さんには静かにかつこっ酷く叱られ、最後にはやはり涼太の様に泣きながらよかったと言ってくれた。その顔には隈が出来ていて、凄く申し訳無くなった。
嗚呼、こんなに心配してくれたんだ。こんなになるまで心配かけたんだ。
よく見ると、涼太の顔もおよそモデルとは思えないくらいに酷かった。
『ごめ、なさい……母さん』
「本当に、心臓止まるかと思ったのよ。あなたがいなくなったら、私……」
優しく、しっかりと抱き締められた。いつの間にか俺も泣いていて、狭い部屋の中には三人分の嗚咽が只響いていた。
今更になって身体が震えた。心の奥底では、死ぬのが怖かったんだ。
ほら見ろ、消える事さえ出来ない。
心の中で小さく嘲笑した。
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