「あのさ。芸能人とかが怪我するとよ、友達でもねぇのに心配するだろ。お前の言い方だと、友達じゃないと心配しちゃいけねぇみたいな……」

 あー、つまりな……えーと。
 そこまで言って青峰さんは言葉を濁した。頭をボリボリ掻いて隣にいる緑間さんに視線を送る。緑間さんは溜め息を吐くと眼鏡のブリッジをくいと持ち上げた。

「俺と青峰も別に友人と言う訳ではないのだよ。ただ同じチームでバスケをしているだけだ。しかし青峰が怪我をすると俺は当然心配する。何故なら今後の試合に関わるからだ」
「緑間くん、それはただの利害関係者です」
「そうだ利害関係者だ。しかし……」

 ペラペラとよく喋る緑間さんを無視して、緑間さんの言う事もまた同じだと黒子は口を開いた。

「水城くんは、彼等にとって仲間なんです。君は仲間の事を、好きな人の事を友達じゃないからと言って心配しませんか?」

 それに今回はまた勝手が違います。ちょっとした怪我なら確かにそんなに心配しないかもしれませんが、今回君は窓から落ちたんですよ。生死に関わる問題です。関係が全く無くても、心配するなと言う方が難しいですよ。
 顎に手を遣り俺を見る。そりゃ、そうだな。黒子の問いかけに、今更ながら首を横に振った。そう言うことですと黒子は笑った。

「友達や仲間とは、楽しい事は更に楽しく、悲しい事は分かち合い、君の喜びを共に喜ぶ。そして、」
「ちょっと、俺の響をいじめないで!!」
「……五月蝿いです黄瀬くん。あといじめてません」

 黒子の言葉を遮って、扉が壁に当たる大きな音と共に入ってきたのは、なんと涼太だった。部活中なのに抜け出してきたのだろう、その服はハーフパンツとTシャツというラフな格好だ。彼は心外だとでも言わんばかりに不満気な表情をした黒子と、突然の来客に驚愕した青峰さんと緑間さん、そして俺に出迎えられた。眉をハの字にし、冷や汗を流している。
 てか然り気無く俺のって……恥ずかしいんだが。

「何で誰も何も言ってくれないんスか! 赤司っちいないから紫っちに訊いたら、なんかよく分かんないけどカツアゲにいってるよ〜とか言われるし……」
「カツアゲだと? ふざけるな、何故俺がそんな下劣な真似をしなければならないんだ」
「えっ、否、あの」
「おい黄瀬ぇ……適当言ってんじゃねぇよ」

 物凄い剣幕で迫る緑間さんと絶対涼太をからかっているだろう青峰さんに囲まれ、涼太は悲鳴をあげる。何て言うか、その様は情けない。格好良くなったり悪くなったりと忙しい奴である。
 苦笑いしながら三人を眺めていたら、騒がしくなってきましたね、と黒子が溜め息を吐いた。全く以てその通りである。だけどこの騒がしさは嫌いじゃない。むしろ楽しかったりする。
 三人の様子を眺めたまま、黒子はさっきの続きを話し出した。

「恋人は、悲しい事を優しく包んで暖めてくれるんですよ」

 言いながら俺に視線を向ける。こ、いびと、って……涼太の事、言ってんだよな。頬を人差し指で掻いた。再認識するとなんと恥ずかしい事か。同時に嬉しくもなるけど、何だかまだ夢の様だ。

「響っち助けてー!!!」
『ふぐぅっ』

 何故こっちに来た。そして割りと強く抱き締められてるから苦しい。
 涼太はえんえんと泣く真似をして俺に擦り寄る。あの、青峰さんも緑間さんも、そんな苛めないでやってください。色々と俺が持たない。出来れば今すぐ脱け出したい。涼太の香りでくらくらする。
 何とか回る腕をつかんで目だけを覗かせる事に成功した。真っ先に目に入ったのはクスクス笑う黒子だった。笑わないでくれ、と言いたかったが口は未だに腕に塞がれていて何も喋れない。黒子は踵を返すと、出入口まで歩き、開いたままの扉に左手をかけて振り返った。

「僕は、君ともっと沢山分け合える存在になりたい。包んでくれるのは黄瀬くんの役目ですから」

 それって……。

「君も言いたい事があったら遠慮無く言ってください……響くん」

 何だか意味深な言葉を残して出ていった。その後を疲れた顔をした緑間さんと怠そうに欠伸をする青峰さんが追う。
 最後、俺の名前……。
 真意が分かると口許がにやけそうになった。否、多分もうにやけてる。嬉しい。涼太は俺を解放すると、良かったッスねと笑った。

「なんか良く分かんないけど、一件落着ってヤツ? ってやべ、赤司っちに殺される……!!!」

 笑っていたかと思えば一気に青ざめ、さっき以上に冷や汗を垂らす。それが可笑しくてつい吹き出してしまった。
 笑い事じゃないと急いで出ていこうとする涼太の背中に、俺も急いで約束を持ち出す。

『涼太、今日一緒に帰ろう! ……待ってるから』
「……うん!」

 嗚呼、満たされてるなぁ。
 自然と浮かんだ笑みをそのままに、誰もいなくなった教室を後にした。


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