◇◇◇


 部室に入ったら、長椅子のひとつに横になって寝転がっている人を発見した。まだ誰もいないと思っていたので、早く来ていることに感心するも、つい驚いてしまう。
 誰なんだろうかと思い覗いてみると、なんと俺の想い人である苗字だった。ぐっすりと眠っているようだ。
 部室に二人きり。そう考えたらなんだか恥ずかしくなって、さっさと着替えようとロッカーまで歩く。

『た、くと、さん』

 ドキッとした。
 まさか苗字の口から俺の、しかも下の名前が出てくるなんて予想していなかったから。
 いろんな意味でもはや泣きそうだ。
 ロッカーに進んでいた足を、苗字の方に向けて進ませる。
 半開きになった唇に真っ先に目がいった俺は、真っ赤になっていることだろう。

「今なら誰もいないよな」

 確かめるように言う。物音も返事もなかったので、誰もいないことにしよう。

「名前……」
『……んっ』

 半開きの唇に、自分のそれを押し当てる。いわゆる、き、キキ、キスというやつだ。してしまった。名前まで……が、頑張った、俺。
 しかし今、苗字から声しなかったか? も、もしかして起きた!?
 もし起きていたら大変なことになる。試合のピンチの時のように凄く焦りながら、ちらりと苗字を見る。なんだ、気持ち良さそうに寝ているじゃないか。
 なんだかどっと疲れが出た気がして、大きな溜め息が出た。

「脅かすなよ……」

 なんて言っても仕方がないわけで。半分は俺のせいだしな。
 目の前で眠る少年がまさかとんでもない夢を見ていて、後々来た一年生達が寝言を聞いて俺に問い詰めてくるなんて、今の俺は知るよしもない。そんなことよりも、顔の火照りをひかせようと必死だったから、考えるはずもないだろう。
 とりあえずまずは、入り口でニヤついている霧野をなんとかしないといけないようだ。


120409



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