どういうこと? 何が起きたの? 破談したってこと以外全く理解出来ないんだけど。本当に破談したのかさえ分からなくなってきた。つかそんな簡単で良いのか。
 足りない頭で考えても答え等見付からない。取り残された私と征十郎は、何をする訳でもなく、静かになった庭に只佇んだ。

「名前」

 ビクッと肩が跳ねる。私の驚き方が面白かったのか、征十郎は失笑した。
 は、恥ずかしい。

「いきなり連れ出して悪かったな」
『う、ん、本当に』
「寝癖も付いたままだ。大方、起きてからずっと部屋に居たんだろう」

 うっ、バレてる。
 寝癖があるらしい所を、先日のように優しく撫でられる。私を見る視線も、とても優しかった。
 だからもう、そんなことされたら期待しちゃうからさ。
 それでも心地好くて拒否出来ない私も、大概だ。

「久し振りに此処に立つお前を見たな。何年振りだ?」
『それを言うなら、私だって久々に私の家に征十郎がいるのを見たんだけど』

 それもそうだとまた一撫で。髪の毛の流れに沿うように、その指先が動いていく。
 やっぱり、好きだなぁ。無意識に呟きそうになり、慌てて口を強く閉じた。危ない危ない。
 そんな私を知ってか知らずか、征十郎は視線を更に緩めて言った。

「しかし、これからずっと名前がいるこの風景を見ることが出来ると思うと、中々に幸せなものだ」
『そう……ん?』
「どうした?」
『今のどういう意味?』

 今の征十郎の言い方だと、将来、私が、この家に、居るという文節がくっついてしまう。今更使用人になんて私なれないよ。なるつもりもない。
 首を傾げつつ、今度は私が征十郎を見詰める。本人は、顔を覆うように手を当てて、「そうだったな、お前はそういうやつだ」と深い溜め息を吐いていた。

「では、直接口に出すことでけりをつけようか」

 両肩を掴まれて向き合わされる。鋭い両目に射抜かれて、息をするのさえ忘れてしまいそうだ。

「名前、結婚を前提に俺と付き合ってくれないか」
『……』
「せめて何か反応をくれないか。柄にも無く不安になるだろう、っておい!?」

 無反応な私を見、征十郎は驚きの声をあげた。けれどそれにさえ反応出来ない。
 今結婚って言った? 誰と、え、私と? 結婚を前提としたお付き合いとは?
 一字一句、洩れの無いように文を組み立てていく。
 ずっと不毛な恋だと思っていた。叶う筈が無いと決め付けていた。
 カチリ、と頭の中で全てが嵌まる。呆然としていた意識が浮上して、滝のような涙が頬を流れていることに漸く気付いた。ぐしぐしと拭うも征十郎に止められてしまい、代わりに細い指先が目元を滑る。

「大丈夫か?」
『び、吃驚したじゃない、いきなりそんなこと、』
「俺はずっと然り気無く伝えていたつもりだったんだが」

 お前にだけはどんな無駄なことでも話しかけたり、部活を除いては何よりお前を優先したり、お前が、お前の、エトセトラ。
 淀み無く流れる言葉にはどれも確かに覚えがあった。私が優越感に浸っていたものばかり。
 しかし善くも恥ずかし気もなく言えるものだ。然り気無さすぎて分かんないのよ!

「全く、なのにお前と来たら一向に気付く気配さえ無い。それは疎か、心にも無いことを言ってくれたな」
『ぐ……』
「“ひどい”のは、どっちだ」

 囁くように、覗きこまれる。吸い込まれそうな赤と金に、私の両目が搗ち合った。瞬間に頬が熱を帯びる。
 それは間違いなく、何時ぞやに私が言った台詞だった。赤くなった顔を誤魔化したくて『何、根に持ってたの』と呟くと、「記憶力が良いと言ってくれ」と笑いを含ませながら返された。
 でも仕方無い。本当に、私なんかに興味は無い、只の幼馴染みなんだと思っていたのだから。
 流れるように、顎が掬い上げられる。先程までの動揺は消え失せ、そこには何時もの自信に満ちた笑みがあった。

「返事を聞かせてくれないか」

 全部見透かされているようだ。分かってるくせに、と胸中でぼやきつつ、私の表情も明らかに笑っている。
 頬にかかる大きな手のひらに、そっと私のそれを重ねた。


270223

ALICE+