どうせなら、知らないままの方が良かった。初めから近付かなければ、あんな想いをすることはなかったのに。
真っ青に染った両手が、今でも脳裏にこびりついている。私にもたれ掛かる身体には赤い血など通っていない筈なのに、流れる液体は妙に暖かく、人と同じではないかと錯覚させる。
ピクリとも動かなくなった彼を抱きしめると、布越しにまだ温かな感触を感じた。
買い物に行きたいと言えば、重いものは持たせられないと有無を言わさず着いてきた。どんなに遅く帰っても、温かな料理を作って待っていてくれた。怪我をすれば小言を言いながらも誰よりも心配してくれた。
違う、そうするようにプログラムされていただけ。生きてなんかいないんだよ。これは機械。ただの無機物。私の声に従うよく出来た作り物。そう、人が生み出したアンドロイドなんだ。
唱える程に得も言われぬ空白が胸に広がっていった。
私の意思とは裏腹に、生暖かい滴が頬を伝う。それは彼の肩口を濡らす。
こんな温もりならば、いっそ知らない方が良かったのだ。
「ごめ……ん、ね……」
私は選択を誤っていたのだ。きっと最初から。
「ありがとう」
馬鹿じゃないの。なんで貴方がお礼なんて言うのよ。そんな言葉、私に言ったってどうしようもないじゃない。
彼の最期は笑顔だった。
私はそんな優しい彼を、殺したのだ。