神はいない >> 嫌悪

 コナーと名乗ったアンドロイドとタクシーに乗り、警部補がいるであろうバーへ辿り着いた。道中は終始無言のまま。初対面の人間相手でも大して会話しないのに、人間ではないものを相手になんて以ての外だ。むしろ妙な気まずさが無い分マシだといえる。
 まだ雨は降り続いていたが構わずに外へ出て、ドアまで小走りで行く。ドアには「NO ANDROIDS ALLOWED(アンドロイド入店禁止)」と貼り紙があったが、無視して奥へと押した。私の後に続いたコナーさんは、この場に似合わずネクタイを正していた。

「おいおいお嬢ちゃん。ここはアンドロイドお断りだぜ?」
「早く帰ってミルク飲んで寝てな」

 狭いバーに男達の笑い声が響く。
 日本人である私の顔立ちは実年齢より幼く見られることが多く、こんなやり取りは慣れっこだった。腹は立つけれど。
 噎せ返る酒と煙草の匂いに堪らず顔をしかめる。
 目的の人物はすぐに見つかった。
 薄暗い中、カウンター席とボックス席の間を縫うように進み、両肘をつき、項垂れるように座っている男性に近付く。右手に握られたグラスに手を伸ばし、零れない程度の力で引ったくった。たぷんと揺れた茶色い液体からは強いアルコールの香りが漂う。煩わしそうに上げられた顔は、酔いのせいか、ただでさえ垂れがちの目が更に垂れて見えた。

「……お前何でここにいるんだ?」
『丸ごとこっちの台詞ですが。貴方に会いたいという人がいたのでお連れしました』

 この飲んだくれめ。そりゃ今は勤務時間じゃないけど明日に響くような飲み方ばっかしやがって。どうせ明日も12時出勤なんだろう。顰めっ面のまま吐き捨てるように言葉を返す。
 そして、身体をカウンター側に寄せ、人ひとりが通れる程のスペースを作る。そこをコナーさんが進み、私の反対側、警部補の右側に回り込んだ。

「初めまして。私はコナー、サイバーライフから派遣されました」
「おいレイ。さっき人って言ってなかったか。どこが”人”なんだよ」
『今どき大して変わらないでしょう。見た目とか』

 見た目とか。
 肌の質感、温度、髪の毛の1本1本までが本物の人間と変わりはしない。きっとアンドロイドだという証明、例えば右こめかみにあるLEDとか、青い腕章や三角形のマークとか、それらが無くなってしまえば、殆ど分かりはしないのだろう。
 コナーさんだってそんじょそこらの男より整った顔をしている。こんなだから何とかクラブだって出来るわけだ。じ、と何気なく向かい側の小綺麗な顔を見つめる。視線が気になったのか、茶色の瞳がチラとこっちを向いた。
 ──やば。
 ドキリとして咄嗟に手元へ目線を落とした。

「で、何の用だ」
「貴方はアンドロイド絡みの殺人事件の担当になりました。所定の手続きに従い、捜査補佐専門モデルの私が配属されました」
「助っ人なんて必要ないね。プラスチック野郎の助けなんて以ての外だ」
『でも警部補、警部には話が通っているらしいので、私達がどうこう言っても無駄ですよ』


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