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 ヒモ。臑齧り。寄生虫。今のわたしに名を与えるならば、きっとそういった名称が正しい。つまりは相手に養ってもらっているのだ。仕事もせず、碌な家事もせず、相手の与えるものだけで生を繋いでいる。すべてを与えられなければ生きてはいけない、寄生先にすべてを委ね、依存した、まったく見事なヒモっぷりである。
 現代的価値観で言えばとんだクズだが、しかしこんな異世界においては倫理観などゴミ箱に捨てるべきなのだ。何せ生存権がかかっているので。住所不定無職無一文の地球産異世界人に必要なのは、凍えることのない暖かなおうちと飢えない程度の食事。あとは清潔を保つための綺麗な衣服も欲しいところではあるが、この際生存に必要なら二点さえ手に入れることができればいい。異世界生活は過酷なのである。こんな簡単な尊厳さえ、何も持っていなければ手に入れることができないのだから。
 しかしまあ幸運なことにわたしはヒモであるからして、生活に必要な衣食住をすべて満足に与えられているのだった。というか、与えられすぎて元の世界で暮らしていた時より充実しているかもしれない。睡眠も、食欲も、すべてが十分に与えられている。わたしがヒモになっている相手――アルハイゼンという男の手によって。
「おはよう」
 横抱きにされて連れられた先、リビングのソファに腰掛けて優雅に珈琲を飲みながら本を読んでいるその男こそ、わたしが寄生している人である。薄鼠色の髪、鍛え上げられた肉体にきりりと釣り上げられた整った眉、瞳孔を彩る赤色が印象的な翡翠の切れ長の瞳を持つ、大層顔立ちの整った眉目秀麗という言葉が相応しい彼は、この住所不定無職の異世界人を養ってくれている。なのでわたしはこの世界に来てから労働という労働をしたことがないし、なんだったら衣服も食事もすべて彼の手によって与えられている。そう、わたしは彼のヒモなのだ。
「ほら、ご飯だよ。あーん」
「んむむ」
「ああ口から垂らして……仕方のない子だなあ」
 わたしを起こし、抱き上げてリビングに運び、そして今は横からせっせとわたしの口にスプーンを運んで垂れた汁を優しく拭う彼は居候仲間のカーヴェである。彼は低血圧で朝食を抜いてばかりだったわたしに「きちんと朝を食べないと不健康だ」とぷんすこ怒り、いつからだったかこうして献身的にご飯を食べさせてくれるようになった。わたしは寝起きは本当に頭が働かないのでなされるがままなのだが、基本的に日常のほとんどを彼らが行ってくれる。皿洗いも掃除もしたことがない。このカーヴェは色々あって住居を失いアルハイゼンの家に転がり込んだそうだが、しかしそれでもきちんと働いているし家事もしている。本当にアルハイゼンの脛を齧っているわたしとは大違いである。
「キャット。最近はよく外に出ているようだが」
「……ん〜?」
「君は今一度、誰に飼われているか・・・・・・・・・をよく考えてみるといい」
「はあ……」
「要は誰にでも尻尾を降るなってことだ。遊びに行くのは構わないけど、帰ってくる場所だけは間違えちゃいけない」
 眠気でぼうっとしている中、何かをあれこれと言われているのは分かるが、右から左である。とろんと目蓋が落ちそうになるのを必死に耐えながら、半目で適当に頷いていると、口元が汚れたのか再びカーヴェに口元を拭われた。頭がぐらぐらする。非常に眠たい。早く仕事に行かないだろうか。鮮やかな二度寝をキメたい気分である。
「ああ寝るな寝るな。ちゃんとご飯を食べたらまた部屋に連れて行ってあげるから……そうしたら好きなだけ眠って構わないから、せめてこれだけは全部食べよう?」
「あい……」
「良い子だ……ほら、口を開けて。あーん」
 元の世界にいた頃は、こんな朝を過ごしたことなんてなかった。少なくとも、好きなだけ惰眠を貪っていても許される環境にはいなかった。
 かつてわたしはヒモと呼ばれるものを悪いもののように捉えていたが、今こうしてヒモとなった今、思うことは一つである。ヒモ最高。他人の金で食べる飯は美味い。そんなこんなで、わたしはアルハイゼンさんちの脛を齧って寄生することで今を生きのびていた。人に寄生されることをよしとしないであろう彼がどうしてわたしのような住所不定無職の異世界人を養うことになったのか……それには山のように高く谷のように深い理由があるのだった。

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