ドン!!
廊下越しに聞こえた衝撃音に、キバナは声が出ないほど驚いた。
床が振動したのではと思うほどの音だったが、発生源は間違いなく自分の部屋からだと気が付いたからだ。
バタバタとクローゼットから出てリビングに向かうと、同じく目を白黒させたジュラードンの姿があった。
そして目線の先には、リビングの壁……と、穴。
「お、おまえまさか……?」
犯人かと疑うキバナの訝しい目に、ジュラードンは慌てて首を振った。
床から1メートルくらいの高さにぽっかりと空いたサッカーボール大の穴は、どうやら隣室と繋がっているらしい。
怖がって目に涙をためたヌメルゴンを横目に、キバナは少しずつ穴に近づいた。
「う、うそでしょ……」
穴から聞こえてきたのは、隣人と思わしき女性の声。
「ニャスパー、どうしよう!」
「ニャア……」
隣室の様子は見えないが、穴をあけた犯人はこの人で間違いないだろう。相当取り乱しているのか、声音に焦りがにじむ。
キバナは状況を聞こうと、壁を3回ノックした。
「あ、あのー、大丈夫ですか?」
「ヒッ! ご、ごめんなさい! わざとじゃないんですぅ! ちゃんと弁償しますから!」
その声に反応して穴から顔を出したのは、自身と年の変わらない女性。仕掛け絵本のように顔だけを穴から出し、これでもかと頭を下げる。
そして偶然目に入ったのか、キバナの足元に転がる床だったものの破片を見て、ヒッと声を上げた。
「とりあえず掃除させてください!」
「いや、いいって、それより……」
「私が汚したんですよね!? 掃除しますから!」
抑止する声も聞かず、まるででんこうせっかをするように声の主はリビングからすっ飛んでいってしまった。
部屋に1匹残されたニャスパーが、ミ? と首をかしげる。なるほど、犯人はお前だったかとキバナは肩から力を抜いた。
ピンポーン! ピンポーン!
またもや部屋を騒がす音に、キバナは玄関へと急かされた。
のぞき穴で姿を確認すると、やはり先ほどの隣人が掃除機片手にドーンと立っている。
「掃除はいいって。何も壊れてないし。壁以外」
「そういうわけにはいきません! 私の不注意で、本当に申し訳ありません!」
ドアをあけるやいなや、隣人の女性は前のめりで玄関に一歩足を踏み入れた。
こいつ見ず知らずの男の部屋に入るのか!? と、ギョッとしたのもつかの間、「おじゃまします!」と元気な挨拶をしてズンズンと中に入っていった。
「おいおい、大丈夫だって」
「全然大丈夫じゃなさそうなので、お掃除にきたんです! あぁ……高そうなラグが汚れてる……」
「きれいにしてくれるなら、破片片づけてくれるだけで十分だぜ」
「ひとかけらも残さず掃除します、本当すみません……」
先ほどまでの勢いはいざ知らず、しょんぼりという形容が似合うほど肩を落とした女性は、黙々と掃除を始める。
穴からは隣室にいるニャスパーがその様子を無表情で見降ろし、キバナはその手際を少し離れて眺める。なんとも不思議な絵面だった。
「この度は本当に申し訳ありません。壁はすぐ管理会社に連絡して直してもらいますし、壊れたものがあれば弁償します。これ、私の名刺です」
「おー、ありがとな。名前ちゃんか。おれさまの名刺はデスクに置きっぱなしにしちゃったみたいだ。電話番号を教えるから、なんかあったら連絡くれよ」
名前はこくこくと頷いた。
ロトムに連絡先を送信すると、そのまま名前を玄関まで送る。
名前は再三頭を下げたあと、トボトボと頼りなさげに隣室へと戻っていった。
リビングには無視できないほど大きい穴が開いてしまったし、さてこれからどうしようか……、とキバナは小さくため息をついた。