D+S FF-D m-ds


お茶でもいかが




「あ、お帰りー! 」

 待ち侘びた人影を見つけて窓を開けた。ぶんぶんと手を振ると、お向かいのお家の旦那のさん・格闘家のダンカンさんが笑顔で応えてくれた。ダンカンさんを先頭に、バルガスとマッシュも大荷物を背負って通りを歩いて来る。彼らは毎年恒例の初夏から秋にかけての山篭りを終えて帰ってきたのだ。
 ダンカンさん達は冬になる前に帰ってきて、春が終わるまでは街にいる。砂漠の国といえど、サウスフィガロの冬は冷えるのだ。そして初夏を迎えると秋まで山に篭って修行する、というルーティンを何年も繰り返している。

「マッシュ! 新商品が出たの。また味見しに来て! 」
「おっ。そりゃ楽しみだ」

 マッシュはうちのお得意さんだ。彼は少し伸びたひっつめ髪を揺らして、大きな手を振りながら通り過ぎてゆく。最後に近くを通ったマッシュは、なんだかまた一回り身体か大きくなった気がした。
 一行が通り過ぎたので、わたしは開けた窓を閉め直した。斜め向かいの玄関へ最後尾のマッシュが入って行ったのを見届けると、わたしも仕事に戻る。

 わたしのはフィガロ唯一の茶葉専門店を開営んでいる。サウスフィガロの小さな商店だが、お城からも注文が入る。王家御用達の紅茶を置いているのも、もちろん世界中でうちだけである。
 とはいえ、決して大店ではない。店では茶菓子も少量用意するけれど、たくさん置くと売れる前に古くなってしまうくらいの小さな店だ。

 マッシュはその日のうちにやって来た。荷物を置いて、片付けて、汗を拭いて着替えて来ました! みたいな出で立ちだった。
 マッシュは、その巨体に反して可愛らしい。例えるなら熊さん。テディベアだ。間違っても極東の国にあるという、鮭を咥えてのっしのっししてる熊ではない。

「いらっしゃい」
「久しぶりだな、マリア。元気そうで安心したよ」
「ありがとう。マッシュもね」

 カウンター越しにふふふと互いに笑い合うと、やっとマッシュが帰ってきた実感が湧いた。

「早速だけど、新商品を見せてくれよ」

 わたしは試飲用の茶葉をカウンターから取り出した。缶を開けてマッシュに渡すと、マッシュは手で仰いでその匂いを嗅いだ。

「お。これ、懐かしいなー! 昔よく飲んでたよ」
「え? そうなの? 」
「うん。うまいんだよなあ。でも、いざ買おうとしたらなかなか見つからなくてさ。やっぱりマリアの店だな! 」

 嬉しそうに笑うマッシュに、今度はその茶葉で淹れた紅茶を渡す。マッシュは一口飲むと何度もうんうんと頷き、探し求めていた物だと確信したようだ。

「さすがマッシュ。お目が高いね。これね、実は新商品だけど新商品じゃないの」
「うん? 何だそれ。謎掛けみたいだな」
「あのね……」

 新商品として新しく売り出した茶葉は、もともとはフィガロ王家御用達の品だった。もちろん今も御用達なのだが、本来ならこれを飲めるのも買い求めるのも王家だけの特権だった。
 だが、二年前に即位した新しい王様が、「こんなにも美味しいのだから王家だけで専有するのはもったいない。ぜひ国民にも」と仰せになったそうだ。そこで、一般市場にも出せるように生産量を増やすなど、歳月をかけてようやく商品化したのがこの茶葉だ。もちろん高い品質はそのまま、パッケージもそのままという、やんごとなき高級感が漂う逸品となっている。
 わたしは新王の心意気と心遣いが大層嬉しかった。なんせ、この茶葉を扱い、よく知っているのに、庶民の身では一生飲めないと思っていた紅茶にありつけるのだ。エドガー様のおかげである。
 マッシュに茶葉について力説していると、どうも様子がおかしいことに気が付いた。

「兄貴……」
「マッシュ? どうしたの? 大丈夫? 」
「え……お、おう。すまん。考え事してた」

 マッシュは目を開けたまま寝ていたかと思うよりもほどぼうっとしていたが、ようやく現世に戻れたようだ。ハッとした顔で頭をポリポリかいている。

「バルガスも紅茶飲むの? 知らなかった」
「へ? 」
「だって、さっさマッシュが兄貴がどうのって言ってたから」

 わたしがそう言うと、マッシュは目を泳がせた。

「あれ? 違った? 」
「い、いや。バルガスも飲まない事はないんだ。二人分買っていこうかな……と、ははは……」

 マッシュはそう言うと、もう一口試飲の紅茶を飲んだ。

「そういえば、何でマッシュはこの紅茶知ってるの? 」

 王家専用なのに。と言えばマッシュは大きくむせかえった。ゴホゴホと咳をするのも豪快だ。

「だ、大丈夫? 」

 わたしは慌ててカウンターから出て、マッシュの背をさすった。
 小さな紙コップが熊のように大きなマッシュをむせかえらせている。紙コップの勝利、なんて考えるとマッシュがますます可愛く見えた。

「ね、マッシュって、実は……」
「お、おう 」
「茶葉農家の息子さん? でないと知らないよね? あ、でも生産者だからって飲んでよかったの?ねえねえ」

 きっとわたしの目はキラキラしていただろう。伊達に茶葉商店はやってない。茶葉はわたしの人生なのだから。

「え、あ、まあ……」
「わー! いいなあ。わたしももっと早く飲んで見たかったの! ほんと、格が違うわよね。ふくいくたる香りがもうこれぞ王家よロイヤルよね。それに──」

 うっかり紅茶語りを始めたわたしだが、マッシュはニコニコしながら全部聞いてくれた。そんな優しいマッシュは、二缶買うと言って硬貨をわたしに差し出す。

「まいどあり!」

 紙袋に缶を入れて手渡すと、マッシュはホクホクとした顔で紙袋を小脇に抱いた。

「また来るよ」

 口ではそう言ったものの、マッシュはまだ一歩も動いていない。どうしたの? と、聞こうとしたら、マッシュが先に口を開いた。

「あ、あのさ……紅茶に合う、美味いケーキ屋を知ってるんだ。その、今度買ってくるから、一緒にどうかな」
「わあ、楽しみ」

 なるべく早めに来てね、と手を振れば、マッシュの会心の笑顔が弾けた。

2020/06/16
リクエストありがとうございました!
『マッシュと大人しめな普通な女の子の初恋みたいなピュアなお話が読みたいです!』
ということでしたが、こんな感じで勘弁してくださいませ。
お粗末さまです!
いつものことながら、大変大変遅くなりました!!!



- 18 -

prevnext

しおりを挟む