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弔い酒 *




 ちび、と盃を舐めるように酒を飲む。少量ながら、それなりの強さともともとの温度によって喉の中が熱い。うっかり酔ってしまいそうだ。しかしそれも今日は良いだろうと、もう一度盃を傾ける。
 いつもなら眼下に広がる煌びやかなネオンも、その周りの喧騒もどうでもよい。しかし今日はそれすらもやたらと目障りだった。
 盃に満たされた酒はよく温められて、日頃飲む酒よりも熱い。ミッドガルでは珍しいが、ウータイ地方ではこちらの方が一般的だという。それをミッドガルのど真ん中、神羅ビルの最上階のラウンジで飲んでいるのだから相当な贅沢である。だが、だからといって何一つ嬉しくも楽しくもなかった。
 世間から英雄として扱われるようになったのはいつの頃だったか。酒の味を覚えるよりも早かっただろうか。英雄であることにうんざりするようになったのは、いつからか。気軽に出歩く事すらままならなくなってくると、忌々しいとすら思うくらいだった。

「あ!やっぱりここにいた」

 ふと声がかかった方へ視線を遣ると、マリアがすぐそばにいた。その瞬間、ささくれた気持ちが幾分軽くなってゆくのをセフィロスは心地よく受け入れる。

「連絡したのに。セフィロスは直ぐに消えるんだから」

 口調こそ文句たらたらだが、その表情はそうでもなかった。むしろ、予測通りにセフィロスがここにいた事に満足している風である。
 ようやく任務を終えて、帰って来たらこうしてセフィロスとマリアは共に酒を飲む。大抵このラウンジに来て、どちらかでもウータイ関連の任務ならウータイ料理や酒を飲む。これがいつの間にか2人の習慣になっていた。
 そしてこの日、セフィロスは以前から気にしていた熱燗を初めて注文してみた、といった所だった。

「今日はアツカンを飲むと決めていた」
「うん、そうだったね」

 マリアはそう言いながら、きっちりと締められていた黒いネクタイを緩める。手慣れた様子でバーカウンターの隣の椅子に腰掛けた。
 神羅の高級ラウンジであるだけあって、ここは一般人どころか一般社員も入れない。たまには他所へ行きたい気もするが、他人の好奇心や畏怖溢れる視線を感じずに済む。変わり映えはしないものの、セフィロスが落ち着いて飲食できる数少ない場所の一つであった。

「マスター、わたしはお冷ちょうだい。あ、すごい。軟骨がある…あら、今日はたこわさまであるの?」

 マリアは食べたいものを注文してしまうと、自分の物が来るまでだと言い訳してセフィロスの盃を手に取る。彼がちびちびと飲んでいたものを、マリアは景気良く飲み干した。

「あー!このために!生きてる!」

 さも美味そうにそう言うマリアにセフィロスはもう一杯酌をしてやると、マリアはそれも一気に煽った。

「アツカンというのは、こうして呑むのが流儀なのか」

 大真面目に聞くセフィロスに、マリアは思わずポカンとした。そういえば、この世界の英雄は博識な割にとんでもない世間知らずでもあることを思い出す。

「まさか。そんなもの無いわよ」
「そうか、無いのか」

 セフィロスは空になった盃に、手酌でまた酒を注ぐ。心なしかがっかりしながら、酒の続きを楽しみ始めた。

「ああ、でも」

 マリアは付け加える。

「セフィロス、そんなに強く無いでしょ?あなたはちびちび飲むのが正解だと思うよ」
「確かに、他のものよはりは少々回りやすいようだな」

 そうこうする間にマリアの注文した物が出て来た。冷酒の入った徳利と盃が二つ、たこわさ、さらに軟骨の唐揚げまで並ぶ。ここは神羅ビルの最上階なのに、その場所だけウータイの居酒屋のようである。

「かんぱーい!」

 マリアはご機嫌で酒を満たした盃を掲げた。

「ほお、これはまた」

 新しくやってきた酒は、それまで飲んでいた燗とはまた違った味がした。スッキリとした味わいにセフィロスは舌鼓を打つ。

「これ、おいしいでしょう。辛口なんだけど、後口と香りがいいのよ」
「これは危険だ」

 つい飲みすぎてしまいそうだとセフィロスは唸った。美味い酒なら酔ってしまってもいいかと思っていたが、酔えば味が分からなくなる。それは勿体無い。
 マリアは唐揚げを口へ放り込むと、こりこりと音を立てて咀嚼する。これがまたセフィロスの興味を誘った。

「良い音がするな」
「美味しいよ。やっぱ呑むならこれでしょ」

 そう言いながら、マリアは軟骨の一つをひょいとつまむと、セフィロスの口の中にも放り込んだ。セフィロスもまた、こりこりと音を立てている。

「ウータイ料理か…」
「そ、わたしも育ったのは神羅ここだから、向こうで食べた事はないんだけどね」

 マリアはそう言いながら、次はたこわさに箸を伸ばす。一口食べてはまた酒を流し込む。セフィロスが飲むよりも数倍は早かった。

「俺が斬った者達も、これを食べていたのだろうな」

 セフィロスは箸で摘んだ軟骨をじっと見た。何となく使えるようになった程度の箸はプルプル震えて、今にも唐揚げごと滑り落ちそうだ。

「そうね。どうせ行くなら、観光したいわ」

 マリアはまた酒をぐいと押し込んだ。盃をどんと置くと、セフィロスの肩にのしかかる。

「おい、お前こそ飲み方を考えろ」
「いいの。酔わなきゃやってられないから」

 マリアは既にクラクラする頭を抱えながら身体を起こす。しかし、今度は反対側に倒れそうになるのをセフィロスに助けられた。

「全く。酔っ払いめ」
「終われば良いのに。戦争なんて」

 隣にいなければ聞こえないような声でそう言うと、マリアは突っ伏してしまった。ご丁寧に食べかけの皿や飲みかけの酒はいつの間にか避けてある。

「覚えてなくても故郷なのに、銃を向けるんだよ。そりゃあ、誰の事も知らないけどさ」

 マリアはそのまま静かになった。小刻み震える背中を、セフィロスはゆっくりとさすり始める。

「因果なものだ」

 生まれ故郷と神羅の狭間で苦しむマリアを、そのウータイ戦争で最も戦果を上げた英雄が慰めている。何が正義で、何が悪なのか。マリアにもセフィロスにもわからない。少なくとも、正義はウータイと神羅のどちら側にも違う形で存在するが、共存できるなら戦争には至っていない。

「死ねば誰でも、等しくライフストリームに戻る。それだけだ」
 
 全ての犠牲者に。心の中でそう言うと、セフィロスは盃中の酒を全て飲み込んだ。

2024/04/19
リクエストありがとうございました!セフィロスが登場する話、という事でした。
私ごとながら、なんとこのサイト史上最速のリクエストへのお応え!いつも年単位←

亀道楽はいつ頃ミッドガルに進出したんだろう?神羅ビルにはとりあえず何でも揃いそうだな!
ツォンさんとかシスネはどういう心境でいたんだろうな、なんて思っていた。あとリーブの出身はどこ?あの世界で他の誰も関西弁喋ってないよね???どこから来たん???



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