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祝い酒
真新しいドアが開くと、そこには満面の笑みで小脇にワインボトルを抱えた友人が入って来る。台帳と睨めっこしていたマリアはパッと顔を上げた。
「アイメリク卿!」
アイメリクが静かに戸を閉めると、彼の柔らかそうな黒い髪に雪が混じっていたのが風で飛んだ。長い耳はほんのり赤くなっている。
アイメリクは仕事用の青いコートではなく、私服姿であった。暖かそうな外套の左右のポケットからグラスを覗かせて、ワクワクした顔でその店の店主に声をかけた。
「おめでとう、マリア」
マリアはそれまで計算していたその日の売り上げを金庫に仕舞うと、近づいてくるアイメリクを出迎えた。
「営業時間中には、やはり間に合わなかったな」
至極残念そうにそう言いながら、アイメリクはぐるりと内装を見渡した。店内には所狭しと革製の鞄やブーツや手袋、外套などが並ぶ。全ての商品は裁縫と革細工を極めたマリアが手掛けた物である。
「記念すべき開店初日はどうだっただろうか 」
アイメリクはカウンターにワインボトルを置くと、コルクを抜いた。ポケットから二つのグラスを取り出してワインを注ぐと、一つをマリアに渡す。
「今日の記念に」
互いに軽く杯を掲げて、始めの一口を一緒に飲んだ。アイメリクの選ぶ酒にいつも間違いはないが、この日は殊更美味しいとマリアは思った。鼻に抜ける香りがたまらない。
「来てくれてありがとう」
「もちろん。他ならぬ君の門出だからね」
店の売り上げは好調だった。見事な復興を遂げた蒼天街の一角に出来たその店は、その街の復興にも貢献したマリアの店だと早くから話題になっていた。さらにフォルタン家の前伯爵が出資するとなると、否応にも期待は高まってしまった。それに応えるべく、マリアは今日の開店を迎えるまで、これまで準備に奔走していたのである。
今日の開業に際して、出資者たるエドモン卿やフォルタン家の人達だけでなく、いつも気にかけてくれるフランセルや彼の兄姉たち、こうして出向いてくれたアイメリク、その部下のルキアやアンドルー、騎士たち、果ては閉鎖的かと思われていたデュランデル伯爵まで、実に色々な立場や身分の人が来店した。おかげで開店時から行列ができたと言うと、アイメリクはとても嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かった。オルシュファン卿も、きっとハルオーネの御前で喜んでおられることだろう」
「うん…そうだね」
2人が囲んでいるカウンターのほど近くに、手袋や帽子を並べる台がある。マリアは切なげに、その中から手袋を置いた場所をじっと見つめた。
「初めにわたしの手袋を気に入ってくれたのは、オルシュファンだった」
「ああ、そうらしいね。当時、キャンプ中で大流行りしたそうじゃないか」
マリアが初めてキャンプ・ドラゴンヘッドを訪れたのは、数年前に遡る。
その日は突然激しい吹雪に見舞われて、マリアは遭難しかかっていた。それを回避すべく、彼女の愛チョコボがその素晴らしい嗅覚で辿り着いた先が、フォルタン家の治める領地であった。
当時はまだイシュガルドは竜との戦争の真っ最中で、国境に当たるクルザスでも余所者は邪険に扱われていた。しかし、ドラゴンヘッドだけは違った。国は鎖国していたのにも関わらず、フォルタン家は他国から訪れる者にもその門戸を開いていた。故にマリアは転がり込む事ができたのだった。
たまたま辿り着いたマリアの革細工の技術を大いに珍しがり、喜び、広めたのが当時キャンプの指揮官であったオルシュファン卿である。数あるマリアの品物の中でも、彼は特に手袋を気に入っていた。
「オルシュファンたら、いつの間にかエドモン様にも手袋をプレゼントしていたの。言ってくれれば、採寸からしたのに」
ちなみに、大柄だったオルシュファンは身体が大きすぎて大抵の製品は既製サイズでは悉く合わなかった、という経緯がある。マリアの心配も大半はそこだったのだが、それは全くの杞憂に終わっている。
「君の手袋は暖かで丈夫だからね。早くお父上に紹介したかったのだろう。私は、このブーツも履き心地が良くて好きだよ」
アイメリクはニコニコして言った。彼が履いているブーツは、前の物が突然壊れてしまったので、マリアがその時たまたま持っていた在庫を慌てて買い求めた物だ。以来、既に数年が経つが買い換えるでもなくアイメリクはそのまま愛用している。
アイメリクの言うように、この日は手袋が沢山売れた。かつてドラゴンヘッドに納品していた頃のようで、いくつもの風景がマリアの頭を過ぎっていった。当時そこにいたと言うお客が何人か来ていたことも手伝って、その頃の事は今でもマリアはっきりと思い出せるくらいだ。
オルシュファンの大絶賛により、マリアの評判はそこにいた騎兵や冒険者、居住者へとすぐに広まった。マリアは沢山の手袋と小道具を抱えて、ギルドのあるグリダニアとキャンプをしょっちゅう行き来していたものである。
手袋は外側は丈夫な皮を、内側には柔らかな毛を使ったシンプルな物だ。マリアは寒冷地では特に珍しくはないだろうと思っていたが、彼女のなめすしなやかで柔らかな皮とその縫製の良さにオルシュファンはいち早く気がついた。頻繁に行き来するうちに、2人の関係が親密になるのもさほど時間はかからなかった。
だが、ようやく戦争が終わった今、オルシュファンは既にこの世から去っている。騎士の中の騎士であったオルシュファンは、最期まで騎士らしさを通した男だった。本来ならそれはこの国では最高の褒め言葉の一つだが、所謂余所者であるマリアには何一つ慰めにならない。たとえ終戦の英雄の1人だと言われても、何もかもが空虚だった。マリアにとって、オルシュファンが生きていてこそ意味があり、それが全てである。
マリアはオルシュファンの死を、この世の終わりのように悲しんだ。傷心のあまり、一時はイシュガルドを去ろうとさえ思っていた。心に深く刻まれた傷は消える事はない。そう思っていたのに、マリアはこの国に留まる事を選んだ。
「まさか店を、それもイシュガルドで構える事ができるだなんて思いもしなかったわ」
「何より君の技術が生きるし、それにより我が国の発展にも繋がる。素晴らしいことだ」
アイメリクは上機嫌だ。ワインも順調に減っている。
「それに、君の意匠はイシュガルドは元より、彼の三国とも違う。これも強みだろうね。イシュガルドの技術が発展したとしても、少なくともこの国では誰も真似できないだろう」
「本当?嬉しい」
アイメリクの言葉に素直に喜ぶと、マリアはにっこり笑った。磨いた技術も妥協しない仕事も、マリアの誇りである。
マリアの遥かなる故郷は、そびえる山脈をを越えた所にある。いつか、オルシュファンと語り合ったことがあった。ふと思い出すと、マリアは余計に切なくなってしまう。
「マリア」
アイメリクが、心配そうにマリアを覗き込んでいる。大きな身体を傾けて、彼よりもよほど小柄なマリアの目線に合わせて名を呼んだ。
「君は、今でも…」
アイメリクは悲しげに目を伏せた。いつの間にかグラスはカウンターに置かれて、代わりに拳が強く握られている。このアイメリクも、彼の騎士の非業の死に深く関わっていた。
「たぶん、一生忘れない。でも」
アイメリクの強く握りすぎて震える拳を、マリアはそっと包んだ。すると拳はふわりと解かれ、マリアの手をそっと握り返した。
「やっと前を向けるようになったの。復興に参加できたり、店を出させてくれた皆んなのおかげ」
マリアは微笑んだ。悲しみは滲むものの、心は穏やかである。折り合いは付くものではないが、引きずるのはやめられそうだった。オルシュファンが見出してくれた物を、マリアはこれからも守り続けてゆくと決めたのだ。
「だから、もう心配しないで」
アイメリクは、自身の手で包んだマリア手の甲を親指で柔らかくさすった。屈んだままの姿勢で、互いのまつ毛が触れそうな距離である。
「では…片隅でいい。私にも、君の心に居場所をもらえないだろうか」
アイメリクはそう言うと、マリアの額にそっと口付ける。それより下には、まだ触れてはいけないような気がした。彼は恐る恐るマリアの顔を覗き見る。
「もう、あるよ。とっくに」
マリアははにかんだ。恥ずかしいような、嬉しいような、けれどどこか申し訳ないような顔でアイメリクを見上げる。本当なら、アイメリク1人の居場所にするべき所を、今の所はもう1人の騎士と同居してもらう事になりそうだ。
「それは、良かった」
ほっとした顔でそう言うと、アイメリクは詰めていた息をつく。
「本当に片隅でいいの?」
マリアが問うと、アイメリクはそっと彼女を抱きしめた。彼にとって片隅である事よりも、受け入れてもらえた事の方が大切である。
「理解はしているつもりだが──願わくば、半分ほど頂ければ」
そういうと、アイメリクは今度こそマリアに口付けた。
2024/03/29
祝い酒ののつもりで書き始めて、途中で弔い酒かと思ってタイトルに悩んだけど、少なくとも飲んでる間はずっと祝ってるからやっぱり祝い酒でいいかな、と。
「振る舞い酒」のヒロインとは境遇がなんとなく似ているけど別人。なんなら出身地が真逆。革細工師が書きやすくてそればっかりだ。
救済しちゃおうか、なんて言いながらまだやっていない。しかし心はまだ蒼天にある。
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