壱 お目覚めですか
ここはどこだ。目を開けるとわたしな知らない部屋にいた。知らない部屋の知らないベッドの上、しかも知らない男と一緒にいる。そして二人とも何も着ていない。何故だ。
もう一度あたりを見回したけれど、やっぱり知らない場所だ。何回見ても、ここはわたしの部屋ではない。
「ルイ? どうした…? 」
隣で寝ていた男が、寝起きの顔でわたしに問いかけた。その瞬間、わたし声にならない叫び声を上げながらシーツをつかめるだけ掴み、それで自分の身体を必死に隠した。
「ここどこ? なんで? あんた誰やねん。なんでわたしの名前知っとるねん。なんで裸やねん」
なんでなんでとまくし立てるように一気に言うと、男の顔付きがだんだん変化していった。怪訝な顔から愕然としたような顔になり、最終的にはしょんぼりしている。男の本来なら凛々しいであろう眉が、額のホクロ(にしては何か違う)を起点に思いっきり下がってしまった。
男は焦ったようにわたしの両肩を掴む。
「ルイ、俺が分からないのか? それと、その癖のある話し方はどうした」
「わかるも何も、あんたなんか知らんし。癖のある話し方てなんやねんな失礼な……て、なんでそんな顔するん……」
何か言う度に男があまりに萎れるので、何だか申し訳なくなってきた。でも、掴まれた肩は痛い。「とりあえず痛いから放して」と言うと、男は小さく詫びてわたしから少しだけ離れた。
「俺は、どんな顔をしている? 」
「捨てられた子犬が絶望してこの世の終わりを悟ったような顔やな」
男はブッと吹き出した。いや、おもろないて、別に。
シラケたわたしを余所に男は気を取り直し、咳払いしてからゆっくり話し始めた。
「わかった。一つずついくぞ」
何を? と目で問えば、男はわたしの目を見た。彼の茶色の瞳に、もう困惑の色はない。男の黒い髪がぱらりと彼の頬を掠めて肩に落ちた。
「まず、ここは君の部屋だ。そして俺はツォン。君の恋人だ」
目が点になる、とはこの時のためにある言葉だったと思った。わたしにこんな恋人はいない。もちろん誰だか知らない。
「俺は君と夜を共にした。だからここで、この格好だ。意味はわかるな? 」
目覚し時計が鳴り出した。ピーピーうるさいそれを二人で同時に振り向く。木製のサイドテーブルに乗った時計の針は朝6時。外はまだ少し薄暗い。
ツォンはベッドから出て時計を止めた。そのままクローゼットまで歩いて行く。すると彼の彫刻のような身体の全貌が明らかになった。細身だが筋骨隆々。その身体つきはかなり鍛えられている。
俄にドキドキしていると、ツォンの背中に大きな傷跡があるのが見えた。何の傷かは分からないが、手術跡にしては酷く、痛々しい。
思わずじっと見ていると、ツォンが振り返った。はっとして目をそらすと、とっさに傷以外の言い訳を捻り出した。
「あ、ごめん。筋肉すごいな、と思って」
ツォンはかまわないと言って、また後ろを向いた。彼はクローゼットを開けて、ハンガーに掛けられている自分の服を取ろうとしている。
「どんな鍛え方したらそんな風になるん? 凄いなあ」
「死なないようにしてきた結果さ」
確かに、今日生きている生き物は運良く昨日死ななかっただけの事だ。けれども、なんでそうなる。かなり極端な言い方に、わたしは違和感を覚えて首を捻った。
「君の服はこの引き出しにある。俺はすぐに部屋を出るから、着替えるといい」
ツォンはそう言って、クローゼットの中に入っている背の低いタンスを指した。そして、ワイシャツと黒いスラックスとネクタイ、下着を掴むと、彼は部屋を出ていった。
ツォンに言われた通りに引き出しを開けると、確かに女物の服が入っていた。適当に見繕って水色の半袖ワンピースを着てみると、不思議とサイズがピッタリ合う。膝のあたりで揺れる裾がふんわりしていて、すぐに気に入った。
服を着た後、わたしはもう一度部屋を見渡した。
細く短い廊下の向こうにバスルームがあって、その反対側にツォンが出ていった扉がある。わたしは扉を開けて、その向こうを覗いてみた。扉はリビングと繋がっていて、そのさらに奥の台所でツォンがコーヒーを淹れている。
ワイシャツ姿のツォンは、裸の時よりも却ってスマートに見えた。よりスラリとして、服の上からはムキムキ感が分からない。
「飲むか? 」
カップを差し出すツォンと目が合った。コーヒーのいい香りに釣られて、わたしも部屋を出る。
「本当に、何も覚えていないのか」
「わからへん」
わたしの答えにツォンは「そうか」と言い、また悲しそうな顔をした。
「俺には、話し方以外は俺の知るルイのままなんだがな」
そんなことを言われても、わたしはわからない。何ならまだ何が起こってるのかも良く分かっていない。
ツォンはわたしにカップを手渡した。熱いコーヒーの芳香がたまらない。
「まあいい。ルイはルイだ。俺はまだ、君が好きだ。こんな急に、しかもよく分からない事で簡単に諦められるほど軽くはない」
わたしは何と返事したらいいかわからなかった。何も答えられないまま、彼の顔を見上げる。コーヒーを受け取ったまま、わたしは動けなくなった。
「君に、もう一度好きになってもらえるように努力するさ」
それまでは手を出さないから安心してくれ、と付け加えて、ツォンは自信に満ちた顔でコーヒーを啜った。
2020/04/27
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