弐 泣く子も黙る
わたしはツォンと並んでソファに腰掛けていた。ここはわたしの部屋だとは聞いたけれど、何となく肩身が狭い。貰ったコーヒーをゆっくりと一口飲むと、苦味がまだ混乱する頭に喝をいれてくれるような気がする。
わたしはソファからリビングを見渡した。大して広くはないが、一人で生活するには十分だ。けれど、一人で暮らしているのかというと、そうでもないらしい。
食器棚から見える食器はだいたいどれも二組そろっているし、食卓の椅子にはどう見ても男物のカーディガンがかかっている。サイズからして、きっとわたしの物ではない。さらに、玄関先のコート掛けには淡いピンク色のスプリングコートと一緒に、見るからに大きな黒いスーツのジャケットも掛かっている。わたしの部屋とはいえ、ツォンの私物と見られる物が沢山あった。
「一緒に住んでるん? わたしら」
「半同棲、だな」
「半分なんや」
あと半分はどうしてるのだろうと思っていると、ツォンが話し始めた。
「俺も別のマンションに自分の部屋は持っている。だが、仕事が立て込んでいてな。もう何週間も帰れていない。かといって、ルイと会わないのも嫌だった。帰る時間があるならここに居たかったからな。そうすると、俺の部屋に帰る暇がなくなったわけだ」
あらやだ。お熱いのね。家に帰る暇も惜しんで会いに来るなんて。と、からかおうとして止めた。自覚はないが、半分は自分の事だ。
「そんなに忙しいんや、大変やな」
「まあな」
ツォンは手首に巻いていたヘアゴムを外し、そのゴムで彼の肩まである髪を引っ詰めた。硬く結われた髪型が、ツォンの生真面目そうな雰囲気をより引き立てている。
「俺はそろそろ出社するが、仕事のことは覚えているか?」
「え。知らんで。わたし何してたん 」
ツォンは諦めたように息を吐くと、次に少し困った顔をした。
「ルイは神羅のエンジニアだ。俺と同じ会社の社員で、君は宇宙開発部門に務めている。だが、その様子では仕事するのは難しそうだな」
社内恋愛ときたか。それにしても宇宙開発だなんて、なんと壮大な事業だろう。
「ツォンは? 」
「総務部調査課。通称タークス」
「ふうん。総務やのに、何の調査するん? 」
総務といえば、トイレットペーパーなどの備品の管理とか、休暇届けなどの書類を出す際の宛先になる部署だったりするはずだ。なのに、調査課。
「テロリスト及びその他脅威の調査、と言ったところか。諜報、要人警護、ソルジャー候補のスカウト、それから──」
「……は? 」
ツォンは「テロリスト」と言った。諜報も要はスパイの事である。「総務部」という名称とは、何もおよそ結びつかない。わたしは既にポカンとしているが、ツォンは気にせず喋り続ける。
「場合によっては武力行使もあり得る。というか、殆どそれだな」
「ド、ドンパチやる感じ……? 」
恐る恐る聞いてみるとツォンは腰元に手をやり、黒い金属の筒を取り出した。
「これのことか? 」
ツォンは黒光りする銃を、何ヶ所か確認しながらわたしに見せた。銃には小さな丸い石がいくつか付いている。色とりどりの小石のおかげで、物騒な代物なのにとても綺麗だ。
銃の簡単な点検が済むと、ツォンはそれをすぐに腰のホルダーに装着し直した。
「それ、本物……やんな」
「なんだ、初めてじゃないだろう。この間、撃ち方を教えたぞ」
……いやいや、知らんがな。むしろ本物の武器なんか初めて見た。どうしてそんなに武器を持つ事を普通に捉えているのだろうか。
ツォンはいよいよ出かけると言って玄関まで移動した。わたしも、とりあえず彼を見送りについてゆく。
ツォンはコート掛けから漆黒の上着を取った。そして、見るからに重そうな銃をもう一丁、スーツの内ポケットから取り出す。先程のものよりもやや小ぶりのそれも点検し、また元通りに仕舞った。
なんなんだ。ここはアメリカか? 東南アジアか? 少なくとも銃を規制するような制度はなさそうだ。いくら職務でも、日本ならもっと厳重に管理しているはずだ。
ジャケットを羽織ったツォンは、ネクタイをググっと首のあたりで動かして調整した。皺1つないスーツを一切着崩さない姿は銀行にでもいそうなのに、拳銃のせいか堅気とは全く異なる雰囲気だ。これが本当の企業戦士、なんて。
「仕事の事は気にするな。俺がとりなしておく。ルイは病欠ということにでもしておこう」
さすがは総務部。よく分からないけど、今はそれが得策だと思う。
しかし、一介のサラリーマンが拳銃を装備して、テロリスト相手に武力行使するとは何とも物々しい。わたし達は一体どんな会社に務めているんだろう。初めは冗談かとも思ったけれど、ツォンが嘘を言っているようには見えない。むしろ彼は堅そうだ。
考え込んでいると、ツォンはわたしの顔を覗き込む。
「あと、さっきも言ったが、ここは君の部屋だ。遠慮はいらない。ついでにここは君の持ち家だから家賃はいらないし、光熱費は俺が持っている。なんせ入り浸りだからな」
それはなかなかの高待遇である。少しだけホッとした。生活資金はどこに居ても必要で、ここでの自分の資産がどんなものかもわからない。なのに、今の所はツォンだけが頼りなのだと今さら気が付いた。
「それと、まだ良くわかっていないようだから外へは出るなよ。なるべく早めに、夕方には帰るようにするから、俺が帰るまで大人しく家にいてくれ」
「わかった」
わたしの返事を確認すると、ツォンは出かけて行った。
2020/04/28
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