FF-D D+S New!夢物語

31 確かに彼は英雄になったのだ。(完結)


 リフレッシュルームのソファに足を投げ出して座ると、イヴは大きなため息をついた。幸い誰もいない。大きくて心地よい空間を一人占めだ。
 イヴは大きなソファの背もたれに上半身も預けて、天井を見上げた。淡い柔らかな照明が幻想的だ。ぼーっとして、じっとしていると、彼女の視界に黒い影が入り込んで来た。

「ようやく会ったと思えば、随分と腑抜けているな」

 逆光で声の主の顔は見えない。でも、声で分かった。弾かれるように起き上がると、額同士が派手にぶつかった。
 イヴが声にならない痛みをこらえて起き上がると、同じように額を押さえるツォンが隣に座っていた。

「ツォーン! 帰って来た! 」
「ずっと本社にいたぞ」
「会わんかったら一緒や……あれ?」

 はしゃぐイヴに缶コーヒーを差し出すと、ツォンは同じ物のプルタブを開けた。

「ありがとう。なあ、髪どうしたん」

 イヴの視線はツォンの髪に釘付けだった。いつもならきっちりひっつめられている髪が、今日は結われずに肩の辺りに散っている。

「まあ、あれだ。気分転換だ」

 ツォンは苦味のある顔つきでそう言うと、どこか哀愁の漂う笑い方をした。

「それよりも。セフィロスが行方不明になった」
「……セフィロスが? 」

 イヴは目を見開いた。とても信じられなかったが、ツォンは冗談を言うような雰囲気ではない。

「ニブル周辺を捜索したが、だめだった。端末の位置情報もニブルで途絶えている」
「なんでまた……行方不明になるような要素があらへんのに」

 もらったばかりのコーヒーを思わず取り落としそうになるほど、イヴは動揺していた。
 イヴは既に総務部へ異動してる身だ。もしもセフィロスが帰還しても、これまでのように気軽には会えないだろう。とはいえ、これまで親しくしていた人物が、会えずとも息災だろうと思っているのと、生死すら不明なのではわけが違う。イヴが知る人の中で、セフィロスは行方不明などという事からは一番遠い人物だと思っていたから尚更だった。

「オリビアは知っているな。彼女も消えた」
「まさか……嘘やろ、何があったん……。セフィロスが一緒やったら、そんな危ない事にはならんやろうに」
「……明日にでも、行方不明者として社内報が出るはずだ」

 イヴの悲鳴を聞きながら、ツォンは苦い顔をして俯いた。イヴはあくまでも、彼等の失踪を任務中の事故だと捉えている。
 消えた二人に何があったか、ツォンは粗方推測していた。十中八九、セフィロスは脱走したものと彼は考えている。また、オリビアはそれに巻き込まれたか、或いは自ら巻き込まれたかのどちらかだろうと踏んでいた。前者ならオリビアは既に亡き者になっているだろうし、後者ならオリビアも脱走しているのだろう、とも予測している。
 とはいえ、ツォンはオリビアがセフィロスに懸想けそうしていたのは分かっている。だからこそ牽制もした。「オリビアもセフィロスと共に脱走した」という線が最も濃厚ではないかと考えている。そして、もしもそれが本当ならば、可愛い部下をこれ以上詮索したくないのが本音だった。上層部からの命令が抹殺だったとしても、ツォンはどうにかしてごまかしてやろうとしている。何よりセフィロスと一緒に居るなら、下手に手出しをするとこちらがやられかねない、というのも実情である。
 いずれにせよ、ツォンはこれ以上イヴに話すことはできなかった。ソルジャー部門統括補佐として任務に関わるならともかく、今のイヴの肩書きでは無理だ。言えば彼の守秘義務に違反するし、それよりも知りすぎたイヴの抹殺命令などまっぴら御免である。
 心配するイヴに詳しく話せない葛藤が、ツォンの胃の締め上げる。胃の痛みをごまかすように、ツォンは手に持ったままだったコーヒーをようやく口に含んだ。
 イヴもツォンにつられるようにコーヒーに口をつけた。ミルクのまろやかさとほんのりした甘味によって、程よく苦味を抑えられている。とても穏やかとは言えない心境でも、美味しいと感じた。
 異動になってから、まだ半月も経っていない。けれど、あれから何を食べても美味しいと思わなかった。腹は減るが、食べる気はしない。それが、久しぶりに美味しいと思って飲んでいる。

 イヴもまた、ツォンが全てを話せない事をこれまでの職務経験上よく分かっていた。イヴが引き際を心得ていることが、ツォンの救いだ。

 ツォンは話題を変えた。むしろ、これこそが彼がイヴを訪ねて来た本来の理由である。

「異動になったそうだな」
「うん。つまらんわ。いろいろ」
「そうか」
「そうや」

 イヴは忌々しそうな顔をした。分かりやすく不機嫌になると、ツォンは思わず吹き出した。ここでは彼の職務の常である駆け引きや計算は必要ない。そのことをツォンはを改めて実感した。よく知っていたはずだが、何故だかとても新鮮に感じる。

「笑い事ちゃうわ」
「すまんすまん。そうじゃない」

 実感してしまうと、急に、よけいに可笑しくなってしまった。そこへイヴのツッコミが入ると、更にツボに入ってしまう。ツォンはゲラゲラ笑い始めた。

「何がちゃうねんな、もう」

 イヴは少し頬を膨らませている。愚痴を言いかけたらゲラゲラ笑い始めた男を怪訝な目で見た。聞いてほしい事などいくらでもあるのに、と。

「いや、悪かった。やはり、俺にはイヴが必要だと思っただけだ」
「は? 何でそうなるねんな」

 ツォンは居住まいを正してイヴを正面から見つめた。ツォンの雰囲気の変貌に、イヴの膨らんでいた頬がすっとひっこむ。

「仕事の事はあらかた知っている。ハイデッガーがやりたい放題しているんだろう」

 イヴがコクコクと頷くと、ツォンはイヴの手を取った。石の付いた指輪をイヴの左手の薬指に嵌めると、ツォンは満足そうに微笑んだ。

「よし、ぴったりだな」

 イヴは指輪とツォンを見比べながら、口をパクパクさせている。

「え、ちょっと、これ、」
「ああ、取り敢えず俺の気持ちだ。気に入らなければ改めて買い直そう。一生ものにする割に、俺が勝手に選んだからな」
「そ、そ、そ、それはつまり……」

 イヴは口をパクパクさせてひたすら驚いているものの、拒否感は見受けられない。ツォンはイヴの手を取ったまま片ひざをつくと、彼女をじっと見つめた。

「寿退職しないか? ここで飼い殺しになるくらいなら、俺のところへ来てくれ」

 イヴは頷くので精一杯だった。言葉にならない。これまでの憂鬱な気分がふっ飛んでいった。

 明日にでも、英雄の失踪が公表される運びとなるはずだ。その実、全世界へ向けた指名手配である。とはいえ、世界最強の男に敵う者など居はしない。そのうち死亡扱いになり、不祥事として秘密裏に処理される事になる。
 オリビアに関しては、初めから居なかったことになるはずだ。タークスには極秘で抹殺命令が出るだろうとタークスの面々は半ば確信しているし、ツォンはもちろん他の者もむしろ消えた元同僚に出会わない事を祈っている。

 ミッドガルは今日も、きらびやかなネオンサインで夜を彩っている。そしていつもの朝を迎え、また夜が来る。
 変わらず日は巡る。こうしていつも通り、続いていくのだ。

 完


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