42 出航
ディオンがようやくベッドから出られるようになると、彼の身辺は俄かに忙しくなり始めた。竜騎士団は石の剣らとも協力して、各地の情勢を集めている。すると、やはり色々な問題が浮き彫りになった。これまで魔法に頼り切って来た分、大陸中で大混乱である。仕事が滞ったり、更に職を失ったりする者が増え始めているという。大罪人シドはまた新たな罪を増やしたとの専らの噂である。
また、一時エーテル溜まりとなり廃墟となったオリフレムが、また住める環境に戻ったとの知らせが入った。この知らせにはディオンもアリーも喜んだ。
しかし、長らく遺棄された都市を復興させるには人の手がいる。それを放棄してノースリーチを新たな拠点としようとするザンブレクの貴族と、それに反対する現地の住民とで争っているとの情報も併せて入って来た。その貴族は五賢人の一人だったというので、ディオンは頭を抱えた。
全ての国の中枢が機能していないのだから、各地での混乱は必至である。そして、案の定どこもかしこも問題だらけである。バイロンやハヴェル卿、ロストウイングのカンタンがなんとか民衆の生活と安全を維持しようと努力していると聞いて、ディオンは居ても立っても居られなかった。そして、そんな中、ディオンは大きな決断をすることになる。
「本当に、出て行くのかい?」
ジョシュアは寂しそうに、友に問うた。ディオンの朝日に煌めく金髪が美しい。遠くの海を眺めていたディオンがジョシュアを振り返る。
「ああ、世話になった。このまま、世の混乱を放っておくことはできぬ。父が巻いた種でもある故」
「僕たちも協力するよ」
「ああ、あてにしている」
ジョシュアとディオンは固く握手をする。
ディオンの右腕は変わらず動かない。魔法が消えた日から、石化の症状は日毎に良くなっている。しかしそれも微々たるもので、完全に治るのが先か、歳を取るのが先か、といった塩梅であった。
ディオンは何をするにも左手では難しい。ただ握手するだけでも、大変な違和感であった。
「国を再興するんだってね」
「ああ。今こそ、民を守り支える時だ」
とはいえ、皇子であってもあくまで兵器として扱われてきたディオンである。自分が出て行った所で相手にされるのだろうかと、不安でもあった。
だが、ディオンは努力を重ねる事で、兵器でありながら神皇に意見するまでになった人でもある。テランスにそう言われてなんとかやる気になった、というのは黙っていた。
「姉さんを、よろしく」
「もちろんだ」
二人並んで桟橋まで歩く。既に船は買い取ってあり、それをテランスが最後の点検をしている。それをクライヴも手伝っていて、後はアリーとキエルの支度を待つだけであった。
「お待たせ」
ディオン達の後ろから、キエルを伴ったアリーがやって来た。ジルも一緒である。その後ろをトルガルも付いて来た。
「姉さん、気をつけてね」
「ありがとう。また手紙を書くわ」
魔法が消え去って、ストラスもただのフクロウになってしまった。けれど、手紙の配達としくらいならまだ機能している。
アリーは手元の腕輪を触って確かめた。それは亡き父が残してくれた物で、兄弟たちとお揃いである。ロザリアの風習に倣った物だが、ロザリアの品は槍の他に何も残らなかったアリーには思わぬ贈り物であった。
「そうだ。兄さん、ジョシュア」
アリーは兄弟たちを見上げる。カモメが一羽飛び去った。天気は良く、風も穏やかである。
「ザンブレクを再興したら、ロザリアを返還したいの。できれば、兄さんかジョシュアに」
クライヴもジョシュアも思わず黙りこくってしまった。彼らにはこれまで考えもしなかった事である。
「あ、あれ?どうしたの…?」
アリーはディオンと顔を見合わせる。こんなに困惑されるとは思わずに、アリーも困惑してしまった。
「ああ、いや。すまない。一度おじさんに提案された事はあったんだ。だが、俺には考えられない。まだ、終わっていないからな」
ジョシュアの敵が自分だったと知った後、クライヴは人が人として生きられる世界を作るために戦っていた。ロザリアだけの問題ではないと思っていたらアルテマまで出て来て、それどころでは無くなった。ベアラーやドミナントが存在しなくなったとはいえ、その禍根は深い。まだまだシドとしての活動が必要である。何より、理を破壊した影響はあまりにも大きい。クライヴはこらから、世界を建て直さなければならない。
「ジョシュアはどうだ」
ジョシュアもうーんと唸っていた。決めかねる、とはっきり顔に書いてある。
「そうだな…考えておくよ。まだ今すぐの事ではないだろうし。そうでしょ?」
「ああ、先ずは復興だ」
ディオンがそう言うと、ジョシュアはほっと息を漏らした。そんな様子にジルはクスリと笑う。
ただでさえ、ロザリアはフーゴとアナベラに散々荒らされている。ディオンとて、そのまま返すわけにはいかないと思っていた。
また、ザンブレクのベアラー達の扱いの酷さはディオンも思い知ったところである。ずっとザンブレクにいたが故にベアラーと触れ合う事もあまりなかったが、なるほど急ぎ改善すべきだと思い至った。
「人が人として生きられる世界──余も、その一助となろう」
ディオンはクライヴに左手を差し出した。固く握手するだけのつもりが、ディオンはクライヴにがばりと抱きつかれる。この男の距離感をいつまでも掴めなないと思いながらも、ディオンも決して嫌ではない。義理の兄の抱擁を受け止め、互いの動かぬ腕がぶつかるのを感じた。
それからそれぞれ代わる代わる抱擁をして、最後の挨拶を交わす。いよいよ出発である。
「アリー」
ディオンは緊張で強張った手で、アリーの手を握った。
「妃に迎えたいとは言ったものの、今や国は崩壊し、復興から始めねばならぬ。今私があなたに捧げられる物は何一つ無い。本当ならば指輪の一つも送りたいところだが、それもいつになるか──」
ディオンはいつになく真剣な表情である。思いの丈を打ち明けるディオンは、申し訳なさそうだか、どこまでもまっすぐだ。
「だがそれでも、私はあなたに共に来て欲しい。本当に、あなたはそれでも構わぬか」
アリーはディオンの左手を、自分の両手で包み込んだ。暖かい、大きな手だ。この手が、これまでたくさんの人を守って来た。
「ディオンはあの日、身体は民に、心はわたしに捧げたんでしょう?ありがたく貰ったのに、今さら返さないわ」
アリーはそう言うと、さっさと船に乗ってしまった。ちゃぷちゃぷと波とアリーによって揺れる船を、テランスが慌てて支える。
アリーの足下は果物やら野菜やら、各人の着替えまでたくさんの品物が詰め込まれている。どれも隠れ家の住人からの餞別で、あれもこれもとあっという間に足の踏み場が無くなるほど持ち込まれた。その中には、もちろんハルポクラテスの飛龍草の種も入っている。
「行きましょう!置いてくわよ」
アリーは船から叫ぶと、日除けのフードをすっぽりとかぶってしまった。大広間で家臣に囲まれての公開プロポーズには耐えられても、兄弟の前でされたのでは堪らない。アリーは恥ずかしくてたまらなかった。そんなアリーの姿を見て、残された者は思わず目を見合わせる。
「大丈夫だ、ルサージュ卿。アリーは照れている。あれに嘘も誤魔化しもない」
「無論、そこは疑っていない」
ディオンは当たり前だと言わんばかりである。クライヴはそれを見て、何故だかほっとしてしまった。彼の隣では、ジルとジョシュアがニコニコしている。トルガルがワンと一声吠えた。
テランスはキエルが船に乗るのを手伝って、自身もオールを手に取った。後はディオンが乗るのを待つだけである。
「重ね重ね世話になった」
「ああ、また会おう。いつでも訪ねて来るといい」
ディオンはアリーらの乗る小舟に乗った。テランスからオールを一本受け取ると、テランスと共に船を漕ぎ始める。クライヴ達に見送られながら、朝日に輝く波をかけ分けて進んでゆく。
アリーの背には相変わらず父から贈られた槍が背負われていた。そこに嵌めてあるクリスタルは、ただ静かに光を湛えている。
完
2023/10/11
これにて完結。ご愛読ありがとうございました!
個人的にはディオンはテランスと一緒に皇国を再興するルートもいいんじゃないかと思っている。(勝手に生存を前提にしてるけど)
本編では自分で街を壊してしまった殿下だけど、それでも罪人扱いにするのは本人だけなんじゃないかな。少なくとも聖竜騎士団は殿下でなく猊下として扱ってるし。
キエルを養子にしてテランスと三人家族として国政から離れて静かに暮らすのもめちゃくちゃ美味しいけど、キエルを国のお抱え薬師兼医師として育てるのもキエルのためになるかもなあ、とも思ったり。自立もできちゃう素晴らしい恩返しですやん殿下。
クライヴはこれからも隠れ家の主だよな。ジルとトルガルと一緒に。むしろ世界の理を壊したからには色々整えて行く必要があるよな。でもジョシュアはどうだろう。
少なくとも不死鳥教団は存続している。それならいっそロザリアを再興したらいいんじゃないか??と。そうなるとクライヴはまた悩むんだろうか。でもジョシュアはクライヴを騎士の立場に縛ることは望まなさそう。ヨーテもシリルもいるし、何よりウェイドがいるじゃない!
なんて思っていたりしているわけです。
でもな、国という枠組みが要るのか?とも思ったりもする。王とか皇帝とか太公なんて身分があるからこそ生き方を選べなかったり、抗争が生まれたりする側面はあるよね。政治から離れた象徴になったとしても。
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