1 魔導師のむすめ
わたしはリリー。 白魔導師見習いだ。
「リリー。すまないが、ちょっとここを押さえてくれないか。」
「はい、ここですか? ミンウさま。」
この人はミンウさま。 わたしの師匠だ。 厳しくて優しくて、父さまのようで、兄さまのような人でもある。
ミンウさまはミシディアの出身だが、もう何年もフィン王宮にお仕えしている。王や民衆からの信頼は厚い。尊敬と期待を一身に受ける徳の高い、偉大な白魔導師のひとりだ。
今、ミンウさまは新しい本棚を作ろうと木材と格闘中だ。そして、わたしもそれを手伝っていた。
わたしたちは膨大な量の本に囲まれて生活をしている。その殆どは魔法に関する書物だ。わたしにはよくわからないが、中には貴重な物もあるらしい。
ミンウさまはもともと本がお好きだということも手伝って、その数は増える一方だ。今や足の踏み場もないほどに増え、生活に支障が出始めた。そこでようやく本棚を増やすことにしたのだが、 これ一つ増えたところでまだ足りないだろう。部屋のあちこちに、行き場のない本の山が幾つもそびえ立っている。その位、我が家は本で溢れかえっていた。
ミンウさまは流れる汗を拭いながら、板に釘を打つ。完成が近い。今わたしが支えるのを手伝っているこの板で最後のようだ。
釘を打ち終えると、ミンウさまはふうと息を吐いた。汗が頬を伝い、ぽたりと床に落ちる。とんかちを持ったままの手で再度汗をぬぐうと、焦げ茶色の髪が汗でぺたんこになって張り付いた。
ミンウさまはいつも長いローブを羽織っているけれど、今日はとっくに脱いでしまっていた。それはしわくちゃに丸まり、白い塊となって床に放り出してある。
遂にミンウさまの茶色い胸当てにも汗が滴り落ちた。汗が染み込んだ部分の色が濃くなってゆく。いつも身に着けているターバンとマスクもいつの間にか外れていて、隣のリビングの椅子の背に引っ掛かっていた。
「ミンウさま。他にお手伝いすることはありませんか。」
「そうだな。向こうの本を種類ごとに分けておいてもらえるかい。」
そう言って、ミンウさまはリビングの方を向き、その部屋にあるソファの足元に積まれた本の山を指差した。
「わかりました。」
「すまないね。助かるよ。」
わたしがこくりと頷くと、ミンウさまは額に浮かぶ汗を拭いながらにこりと微笑んだ。
わたしの母さまは、わたしを産んですぐに死んだ。 そして、父さまも2年前に病で死んだ。まだ幼く、他に身寄りもなかったわたしを引き取ってくれたのがミンウさまだった。
生前の父さまはフィンの白騎士だった。父さまはミンウさまと仲がよく、わたしも当時からミンウさまのことを知っていた。優しいミンウさまが大好きだったけれど、まさかこうして一つ屋根の下に住むことになるなんて思ってもみなかった。
ミンウさまはとても良くしてくれるし、特に不自由な思いもしていない。こうして暮らしていけるのはミンウさまのおかげだ。少しでも役に立ちたいと手伝うようになると、家の事だけでなく、最近は仕事も手伝わせてもらえるようになってきた。
リビングの本の山を整理し終えると、時計の針は午後3時になろうということろだった。わたしは台所で湯を沸かし、茶葉を選ぶ。沸騰するまでの間に茶菓子を皿に盛り付ける。
チラリとミンウさまの様子を伺うと、その間もミンウさまは動き続けていた。棚が完成している。出来上がった棚に本を片付けようと本を抱えて部屋中をうろうろしているのが、開けっ放しの扉から見えた。
お茶の準備が整ったころ、家の中はいつの間にか静まりかえっていた。わたしはリビングを出て、ミンウさまに声をかけに行く。
「ミンウさま。そろそろお茶にしませんか。」
「おや。もうそんな時間か。」
そう言ってこちらを振り返ったミンウさまは床に座り込み、本を読みふけっていた。ミンウさまは「整理しながら内容が気になってしまった」と言ってはにかんだ。
ミンウさまは集中し始めると、平気で食事を抜いてしまう。休憩を促すのもわたしの仕事のひとつである。
「ああ、いい香りだ。今日は、ベルガモットとミントかな。」
ミンウさまはお茶がお好きだ。お茶を淹れると決まって目を瞑り、お茶の香りを楽しんでから口をつける。そして、そのお茶の銘柄をいつもピタリと言い当ててしまう。だから、わたしはいつも数種類の茶葉を切らさないように気を付けている。これもわたしの仕事だ。
「そうだ、リリー。明日は森へ行く。お前も一緒に来なさい。」
「魔物の調査ですか?」
「ああ、そうだ。そろそろお前の修行の成果も見ておきたいからね。 ついでに食料も調達して来よう。」
ミンウさまは、ティーカップをソーサーに戻し、わたしに微笑んだ。それに反してわたしの気分は暗くなる。俯いて、思わず手元のカップをじっと見つめた。
「……はい。」
「お前はもっと自信を持ちなさい。その調子では、出来るもの出来ないぞ。」
わたしはモンスターが怖い。 そして、自分の力が怖い。
ミンウさまは黒魔法は使わない。 使えるけれど、使わないのだそうだ。わたしも基本的な黒魔法なら少しは扱えるけれど、調節が利かず暴走しがちだった。
以前、魔物を倒そうとして、森ごと焼き払いそうになったことがある。更に別の折には、辺りを氷付けにしたこともあった。それが恐ろしく、逆にマッチくらいの火力にしかならなかったこともある。魔力を上手く操れない為に、力を使い果たして倒れることもしょっちゅうだ。そのたびに、ミンウさまはわたしを抱えて家に帰ることになるのだ。
ミンウさまは失敗すればアドバイスをくださる。危なかったら助けてもくれる。もちろんその後はこっぴどく叱られる。感謝しているのだが、同時にそれが心苦しくもあった。
解っているはずなのに上手くいかない。それでも、ミンウさまは「お前には白魔法も黒魔法も自在に操ることが出来る素質があるのだから」と励ましてくださる。期待に応えたいのに、どうしても出来ずにいることが苦しかった。
ちなみに、ミンウさまは武器の扱いにも長けている。 武芸者だった父さまも舌を巻くほどの腕前だと聞いていた。
ミンウさまは何でも出来、何でも知っているすごい人だ。だからこそ、上手く出来ない自分が惨めで、根気よく教えてくれるミンウさまに申し訳ないのだ。
◇
静かな森に魔物の断末魔が響く。 わたしが仕留め損ねた魔物に、ミンウさまが剣でとどめを刺した。
ミンウさまの後ろで、わたしはミンウさまのローブをぎゅっと握りしめた。ミンウさまの顔を見上げる事が出来ずに、目の前のローブをじっと見つめる。
ミンウさまのローブが、腕の辺りから腰の方まで赤く染まっていた。
「……ごめんなさい。」
「怪我はないか。」
「わたしは大丈夫です。でも、ミンウさまが……。」
わたしのせいだ。 ミンウさまの褐色の腕に大きな傷ができていた。鋭い爪で引っかかれた場所から、赤い血が溢れていた。
わたしが攻撃に躊躇して、 その一瞬の隙をつかれてしまった。返り討ちに合いそうになったところを、ミンウさまが咄嗟に庇ってくれたのだった。
「いや。これぐらい大事ない。 それに、直ぐに君が治してくれるからね。」
わたしがようやく顔を上げて見上げると、「これも練習だ」と、ミンウさまはふわりと笑った。けれど、その後に続く言葉は厳しく、併せて表情も直ぐにきりりとしたものに変わる。
「とはいえ、迷ってはいけない。迷いは隙を生む。 一定のリズムを保たないと、全てのバランスが崩れてしまう。それが最も危険なのだ。手負いの魔物は厄介だ。リリー、わかったね。」
わたしは一つ頷いた。 ミンウさまの真剣な眼差しと現実に、どんどん涙が溢れる。しゃくりあげるあまり、わたしは返事ができなかった。
「なに、お前がどんな失敗をしようとも私がついている。 お前の失敗は、師匠である私が正しく導けなかったからだ。全責任は私にある。だからお前は自分のすべきことを確実に出来るようにしなさい。私は、そのためにいるのだからね。」
落ち込み泣きじゃくるわたしの頭にポンと手を置いて、ミンウさまは優しく微笑んだ。その慈愛のこもった紺碧の瞳を、わたしはきっと忘れないだろう。
ミンウさまみたいになりたい。ミンウさまの役に立ちたい。そして、何としてもこの期待に応えたい。わたしが強く心に決めた瞬間だった。
20140709
ミンウ様の運命に抗うために自家発電開始
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