16 ここで待ってな
「そうむくれるなよ」
「むくれてないわ」
そう言って、エルはため息をこぼした。深刻な顔をして睨むように窓の外を眺めると、ずっと向こうに帝国の要塞がそびえ立っているのが見える。
セッツァーは落ち着かないエルを眺めながら、気だるそうに紫煙を吐き出した。狭い室内に、高級そうな葉巻の薫りが漂う。
セッツァーは部屋の入り口の壁に寄りかかってひとしきり煙を吐くと、今度はゆっくりと葉巻を口許に運んで大事そうに吸った。
「仕方ねえだろうが」
「仕方なくない」
ブラックジャックの一室でエルは唇を噛んでいた。ベッドの上に座り、スカートの裾は既にしわくちゃになっている。
オペラ座の屋根裏から落ちて数時間。しばらく気を失っていたエルは、目を覚ました後もしばらく休んでいた。ようやく回復したものの、その時既に仲間達は帝国の首都・ベクタへと乗り込んでいた。
エルは一緒に行く気でいた。けれど、つい先ほど置いてきぼりになった事実を知り、気絶していたことを深く後悔しているところだ。
「そうは言ってもよ。お前さん、帝国から脱走して来たんだろう? あいつ等が心配するのも無理ねえぜ。まだ本調子でもないだろうし、わざわざ戻る奴があるかよ」
「帝国に戻りたいんじゃないわ。研究所に用があるのよ」
「同じだろうが」
セッツァーはそう言うと、大きく息を吐いた。葉巻の煙がふわりと広がっていくのを、エルはじっと見つめている。
エルは帝国によって魔導研究所で育てられた。彼女に備わる魔導の力も、この研究所の成果のひとつだ。
エルは幼い頃体が弱く、魔導研究の第一人者であるシド博士には特に世話になっていた。
ナルシェの氷漬けの幻獣や、ゾゾで出会ったラムウの言動、ケフカの不自然な程のエルへの執着の理由は、今でもエルには分からない。いくら考えても身に覚えがなければ思い当たる節もなく、完全に行き詰まっていた。
自分の預かり知らぬ所で何かが起こっているのだ、とは思っている。そんな折、帝国に直接乗り込む話が持ち上がったのだ。研究所のシドならば、何か分かるかもしれない、とエルは考えている。
セッツァーが言うように、皆は危険だと反対した。飛んで火に入る夏の虫、とはこのことだ。エルは自分でもそう思っている。けれど、どうしても確かめなければならない事だとも思う。
「まあまあ、そう焦りなさんな。まだ機会はあるだろう」
「焦るわよ。チャンスの女神さまに後ろ髪はないのよ」
「過ぎちまったことはどうにもならねえよ。帝国はそう簡単に潰れない。潰れない限りはまだ可能性はあるさ」
「そうだけど、シドは高齢だし……」
エルがそう言いかけると、セッツァーは頭をがしがしと掻いた。銀色の髪が縺れるのも構わない豪快さで、その目は少々苛立っている。その佇まいは町のチンピラ共とは比べようもない程の迫力と威圧感があり、エルは思わず口を噤んだ。
「それにしても、あいつ等大丈夫か? ちいとばかし遅いぞ」
「……どの位経つの? 」
「昨日の夕方からだ」
エルは壁際にある置き時計を見た。彼女の背丈をゆうに超える立派な仕掛け時計が、そろそろ朝10時を指そうとしている。
「一晩経っているのね? 」
「流石に心配になってきたな」
時計のコチコチという音が嫌に耳につく。
セッツァーは葉巻の火を消し、もともと悪い目つきを更に鋭くした。先ほど乱れた銀髪をさっとかき上げて、黒いロングコートの襟を整える。
「外の様子を見てくる。お嬢ちゃんはもう少しここで待ってな」
「わたしも行くわ」
「だめだ。俺一人ならともかく、何かあってもお前さんまで守り切れねえよ」
セッツァーは懐に手を遣りカードの感触を確かめると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
エルは慌ててセッツァーを追いかけ、ついて行くと食い下がった。けれど、上手く丸め込まれてしまい、結局また留守番する羽目になった。仕方がないので彼が出て行った後、甲板に出て皆を待つことにした。
エルは再度、ベクタを眺める。懐かしいような、おぞましいような。ほんの最近まであの要塞の中にいたのだ。まるで籠の中の鳥のような窮屈な生活だったが、それも帝国を飛び出すまでは自覚すらしていなかった事に気づいた。とはいえ、それでもそこは自分が育った場所だと思えば複雑だった。
ふと帝国の方を見ると、空に何かが浮かんでいる。エルが目を凝らしてよく見ると、それは帝国の兵器だった。しかも全速力でこちらに向かっている。彼女の感傷など一気に吹き飛び、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
20141122
FF-D D+S m-ds New!夢物語
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