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15 世界一のギャンブラー



「よく見れば、あんたマリアよりも綺麗だな」
「え……?」

 会話が途切れた部屋にエンジンの音が響く。窓の向こうは一面の青空だ。しかし、セリスはその絶景を眺めることも忘れるほど、目の前にいる銀髪の男に面食らっている。
 一行は飛空艇・ブラックジャックへの侵入に成功した。そのオーナーであるセッツァーとも接触したのだが、彼は予想以上の曲者だった。

 セッツァーはもともとオペラ女優のマリアを誘拐するはずだった。それが一行によってセリスを囮におびき出され、まんまと煮え湯を飲まされたのにも関わらず冒頭のセリフだ。飛空艇の使用について交渉するはずが、すっかりセッツァーのペースに飲まれている。

「決めた! あんたが──セリスが俺の女になる。だったら手をかそう。それが条件だ」

 驚愕の表情をしているのはセリスだけではない。それまで黙って聞いていたロックが、大声を上げて反論した。

「待て! そんな勝手なこと! 」

 エドガーも、協力すれば王国から褒美を出そうと持ちかけた。要は買収なのだが、セッツァーは王の財力になど見向きもしなかった。あくまでもセリスの一点張りである。

 一方、マッシュはセッツァーを見直していた。
 マッシュは、セッツァーの前評判から勝手に底意地の悪い金の亡者だと想像していた。だが、意外と気骨のある粋な男だとむしろ感心してしまっている。マッシュは壁に背を預け、口を挟まずに成り行きを黙って見守ることにした。
 マッシュは傍らのカウチに視線を遣る。そこではエルが寝かされているが、まだ目を覚まさない。

 セッツァーはロックの抗議になど全く耳を貸さなかった。むしろロックが必死になればなるほど、却って面白がっている。そんなロックを尻目に、セリスは毅然とした態度でセッツァーに宣言した。

「わかったわ」

 ロックの口が大きく開いて塞がらない。ポカンとして魂が抜けたようになっているのを、エドガーが宥めるように後からロックの肩をポンポンと叩いた。
 セッツァーは満足そうに笑い、セリスの肩へ手を伸ばそうとする。

「よし。 決まりだ 」

 しかし、セリスはセッツァーの手を軽くいなし、勝ち気な表情で彼の目を見て言った。

「ただし、条件があるわ──」

 エルはうっすらと目を開けた。ぼんやりする頭をなんとか回転させようとするが、うまく行かない。ゆるゆると覚醒しつつある意識の端の方で、誰かの話し声が聞こえてくる。
 ようやく焦点が合うと、セリスがエドガーの正面へ移動し、何かをしているようだ。けれど、今のエルの位置からは彼らの足しか見えない。

 エルは必死でここまでの経緯を思い出していた。今、どこにいるのかがさっぱり分からない。だが、少なくとも劇場ではない。
 腹の底に響くような音が絶えずどこからか響いてくるし、見覚えのない男もいる。傷だらけの顔をしたその男も、絶えず聞こえる音も、エルには覚えのないものだ。
 男は見るからに堅気の者ではない。異様な雰囲気を漂わせている。けれど、不思議と嫌な感じはしない。そう考えていた時に、エルは不意に声をかけられた。彼女はその声の主をゆっくりと目で追った。

「おや。エル? 目が覚めたのかい? 」

 エドガーの顔がエルの目の前にあった。
 エドガーはぼんやりと目を開けたエルの様子に気付き、彼女が寝かされているカウチの前で跪いた。彼がエル顔を覗き込むと、ぼうっとするエルと目が合った。

「エル。良かった。心配したよ。頭を強く打ったようだったが、大丈夫かい? 」
「よく、わからないけれど、まだ少し頭が痛いわ」
「そうか……ならば、もう少し休ませてもらおう」

 心配したんだ、とエドガーはその整った眉をハの字に下げてエルの手をそっと握った。

「うん。ありがとう。ねえ、ここ、どこ? あの人相の悪い人、誰? 」

 エルは目線だけで、その人物を指した。先ほどからの騒動はきっとこの男からだと、エルは思っている。


「ああ、ここは飛空艇の中だよ。彼は──」
「セッツァーだ。ブラックジャックの乗り心地は最高だろう? お嬢ちゃん」

 コソコソしていたつもりはないが、エルは思わずびくりと肩が跳ねたような心持がした。勝手に怖がっていたのだが、意外なほどの気さくさに驚いた。

「あ、ありがとう……」
「彼女はまだ少し気分が優れないようでね。セッツァー、済まないがどこかに部屋を用意してもらえないだろうか。ここだとあまり休めないだろうから」
「いいだろう。ついて来な」

 セッツァーはそう言いうと、顎でしゃくって部屋を出て行った。エドガーはエルを抱えて彼に続き、部屋まで案内を受けることになった。

 残りの者たちは今後の予定を相談し、帝国のすぐ近くまでこの飛空艇で行くことにした。飛空艇が大きいので、あまり近づきすぎると目立つだろうとの懸念からである。

 「セリスを自分の女にする」という条件を突き付けたセッツァーだったが、セリスに一杯喰わされた。エドガーのが持っていた両面が表のコインで、本職のイカサマ師を相手にイカサマを使ったのだ。

 本来なら、イカサマがばれた時点でセリスの負けになる。けれど、セッツァーはその根性と心意気を気に入った。セリスを諦めた上で協力してくれることになったと言うのだから、エルは仰天した。
 コインについてはマッシュも同じ物を持っていて、彼らの思い出の品である。セリスに請われて貸したエドガーも驚きはしたが、やはり彼女の逞しさに感服した。

 エドガーとマッシュの宝物でもある両方表の柄が付いたコインは、こうして新たな縁を生むこととなった。2人にとって苦い思い出ばかりが詰まっていたが、そればかりではなくなるかもしれない。
 その日の夜、甲板に出ていたエドガーは、そっとコインを撫でてから懐に仕舞った。遠くの星がさっと流れた。

20141106


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