彼らの幕開け



 近衛兵の1人が重厚な扉を静かに開いた。そこには如何にも仕立ての良い衣服を着た若い男が、何やら真剣に書き物をしている。その服装だけでなく、纏う雰囲気もまた重厚であった。その部屋へ大臣が1人、やや緊張した面持ちで入って行くところである。

「失礼いたします。陛下」

 それまで机に向かっていた若い男をそう呼ぶと、大臣は恭しく礼をした。

「件の娘は、例の部屋へとお通しいたしました」

 男はペンを走らせる手を止めると、大臣の顔を見上げた。彼は突然降りかかった大事件への対策に追われてはいるが、疲れてはいない。涼しい顔で大臣に問いかける。

「アレの様子はどうだ」
「はい、いつでもお出しできましょう」
「そうか。ありがとう」

 そう言うと、若き王は微笑んだ。澄んだ空を思わせるような青い瞳がきらりと光る。

「帝国は、どう出るでしょうか」

 大臣は不安そうにそう言うと、思わずため息をついた。戦争になるのではないかと、既に城の中でも噂が立ち始めている。

「彼女を匿っている事を帝国に隠し通せるとは思っていない。むしろ筒抜けだろう。だが、我々には願ってもない好機だ」
「ようやく反旗を翻すかい?エドガーさんよ」

 突然会話に参加して来た声に、部屋にいた者達は驚いて辺りを見まわした。そうする間にも窓辺に腰掛けていた身軽な男は頭に巻いた青いバンダナをはためかせ、するりと着地する。鮮やかでかつ堂々と、王の私室への侵入を果たして見せた。やや傾き始めた陽の光を一身に受けて、男の色の薄い髪が艶々と輝いている。

「ロック!お前という奴は……ドアを使えとあれほど言っているのに」

 呆れるエドガーと唖然とする大臣を尻目に、ロックは備え付けられているソファに腰掛けた。柔らかくて座り心地も触り心地も極上である。

「ロ、ロック殿!陛下を呼び捨てにしないようにと再三申し上げましたぞ」

 未だに驚きで口をパクパクさせる大臣の小言をあっさり無視し、ロックはどっかりとその背をソファに預けた。

「そういうなよ。こっちの方が早いんだし」
「全く。お前に品性を求める方が間違いか」

 エドガーは立ち上がると、ロックの座るソファへと移動した。そして「なんだと!」と言って思わず立ち上がろうとするロックを片手で制す。そして、無視された事でさらなる小言を言わんとする大臣に「彼は友人だから良いのだ」と言って怒りの矛を収めさせ、大臣を下がらせた。
 エドガーは自分もロックの隣に腰を下ろすと、乱れた前髪を掻き上げる。彼の見事な金髪は、彼の城が佇む砂漠と同じような色をしていた。

「彼女の様子は?」

 エドガーの問いに、ロックも表情を引き締まったものに戻した。彼らは確かに友人同士だが、その実それだけの関係ではない。エドガーはロックを通じて、彼の与する組織との繋がりを維持している。しかし、その繋がりを公にはしていなかった。

「かなり消耗していたようだ。今は眠っている。部屋に連れて行った後、直ぐに寝てしまったらしい。軽食を運んだ侍従がそう言っていたんだ」
「名を、ティナと言ったか」

 エドガーは先ほどロックが連れてきた少女の姿を思い出す。まず目を引いたのは、世界的にも珍しい鮮やかな緑色の髪をしていた事だった。それが彼女の異質な部分を強調しているように見えた。

「生まれながらに魔導の力を持つ少女、か……」

 魔法も魔導も、全く縁の無いエドガーだが、ティナの神秘的な雰囲気はしっかりと受け取れた。誤魔化しようもないくらいの何かを、ひしひしと感じる。しかしその一方で、ティナは何をしていてもいつも不安そうであった。エドガーは、彼女を何から何まで不思議な存在だと思うには十分である。
 エドガーがティナと謁見した時、彼がいつもそうするように、ティナにも挨拶・・をした。しかし彼女はただ小首を傾げるだけで、彼女と同じくらいの年頃の女性たちとは全く異なる反応を示した。その仕草がどうにも幼く見えて、声をかけたエドガーも軽く困惑したくらいである。

「お前、また口説いたのか。相変わらずだよな」

 ロックはさも呆れたという風に、大袈裟にため息をついた。
 エドガーの女性好きは、少なくとも国内では有名な話である。女性とみるや声をかけずにはいられない。とはいえ、好きである分嫌な思いもさせないので、彼を嫌う女性もそういないのだから大したものである。

「何を言う。レディに挨拶しないなんて、そんな失礼なことを私がするとでも?それこそ信じられないね」

 エドガーも負けじと肩をすくめた。品がないと言えばすぐに食いつくのを見越して、ロックをからかってやる魂胆だ。ロックは思わずむっとするが、それこそエドガーの思うつぼだ。こう言う時は話を逸らすに限ると、彼も学習している。

「ま、操りの輪が外れたばかりだからな。記憶もまだ戻っていないようだし」

 10代の多感な時期に、本来ならもう大人になろうという年頃である。しかし、そんな時期にティナは一切の思考を封じられていた。帝国が思うがまま、ティナの魔法を使うためである。ティナが見た目の割に幼く見えたのも道理であった。

「酷い事を。いくら何でも、うら若き乙女になんという仕打ちだ」

 一体どのくらいの期間操られていたのだと、エドガーは奥歯をギリギリと噛み締めた。たとえ女性でなくとも、生身の人を兵器として扱うなど、とても許せるものではない。

 エドガーの治める国は、表向きには帝国の同盟国である。とはいえ、それはあくまでも自国を守る手段にすぎず、非道の限りを尽くし世界中を侵略し始めた帝国に恭順しているわけでは決してない。
 エドガーは小国にすぎない自国を、如何にしてかの大国と渡り合うかに腐心してきた。だがそれももう限界を迎えつつある。何か口実を作り、或いはそんなものなどなくとも、帝国に侵略されるのは時間の問題だ。
 エドガーはいつ、如何にして帝国と離れるかをずっと模索していた。ロックが保護したティナを連れてエドガーの城へ来たのは、正にそんな時だったのである。これからエドガーはロックと共に、反帝国組織・リターナーの指導者とティナを引き合わせるつもりだ。

「何としても、ティナを守らなければ。これ以上、彼女を蹂躙させるわけにもいくまい」

 エドガーがそう言うと、ロックも神妙な表情で頷いた。
 少しでも帝国の力を削いでおきたい。よりティナは操られていた。帝国に引き渡すなど言語道断である。エドガーはあくまで戦略として、そして人道的に考えてそう言ったのだが、ロックは少し違った。

「守ってやる。約束したんだ。俺は、今度こそ──」

 譫言のようにそう呟いて、ロックは黙ってしまった。酷く傷ついたような顔をするものだから、エドガーもつられて口を噤んでしまう。
 ロックの言動にエドガーも心当たりはある。しかし、それを口に出すのは憚られた。わざわざ傷を抉ろうとも思わない。
 一瞬しんとすると互いにはっとして、別の話題を探し始めた。

「明日からは長旅になるだろう。そうでなくとも、いずれ帝国の者がティナを探しに来るはずだ。お前も今のうちにお前も休んでおけよ」

 エドガーはそう言うと立ち上がり、うんと伸びをした。リターナーの隠れ家へ行くには山を一つ越えねばならない。更にその後はティナを味方に引き入れる為に彼女を説得し、必要であれば交渉する事にもなるはずた。体力も気力も必要である。
 不穏な空気は流れるものの、城内は極めて穏やかだった。いつも通りの日常を、いつものように終えようとしている。後に振りければ嵐の前の静けさのようだったと思えるだろうが、彼らはまだそれを知る由もない。

2024/07/10
りゆにろ会報誌に寄稿いたしました。素晴らしい機会、企画に感謝します。

2026/3/18
感謝してたんだけどなあ。まだ会報もらってないんだよなあ。どうしちゃったんだろうね
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