7 葛藤
すうすうと寝息を立てて眠るリディアに布団をかけ直し、アベルは足を忍ばせて彼女のベッドからそっと離れた。少し離れたテーブルでは、ランプの明かりを頼りにセシルが剣の手入れをしている。
アベルはセシルの向かい側の椅子に腰掛けた。
「お疲れさま。リディアは寝たかい? 」
「はい。あっと言う間に」
セシルは少し苦いような、けれどどこかほっとしたような表情で「そうか」と言った。
リディアへの罪悪感でいっぱいだということは、アベルにもひしひしと伝わってくる。そして、それはアベルもそう変わらない。
「隊長。厨房でホットワインを貰ってこようと思うんですが、一緒にいかがですか? 」
「ああ、ありがとう。僕も貰おう」
セシルの返事を聞くと、アベルは階下へと降りていった。途端に部屋はしんとして、セシルは外界から隔離されたような感覚に陥る。
「……隊長、か」
セシルは磨き上げたばかりの剣に映る自分の顔をのぞき込んだ。薄い紫色の瞳がは所在なげに揺れている。
もともと色の白い自分の顔が、より青白く見えた。頬にかかる銀髪が彼をより憂鬱な気分にさせる。一つため息をつき、セシルは剣を鞘に戻した。
程なくしてアベルが帰ってきた。
アベルは湯気の立ち上るカップを一つセシルに渡すと、再度テーブルに着いた。
セシルはアベルが座るとカップに口を付ける。暖かさが体中に染み渡ってゆく。城を出て初めて、少しだけほっとできた気がした。
「アベル」
「はい。何でしょう」
カップから顔を上げ、アベルはセシルを見る。すると、セシルは神妙な顔つきでアベルをじっと見ていた。
「僕のことは、セシルと呼んでくれ」
「はい……え? 」
アベルは思わずむせそうになった。寸出のところで何とか飲み込むと、今度はワインの熱さに目を白黒させる。セシルはそんなアベルの様子に慌てたが、アベルはすぐに自分を落ち着かせた。
「ど、どうされたのです。急に」
アベルは困惑しきった顔でセシルに問いかける。セシルは静かに首を横に振るが、その表情は暗い。
「僕たちはもう、赤い翼でもなんでもない。今の僕は、ただの暗黒騎士さ」
悔しそうな、切ない面もちで、どこか諦めた風にセシルは言った。
隊長の任を解かれ、親友と部下まで巻き込んで村を一つ滅ぼし、国を出ることにまでなってしまった。
ほんの数日までは想像もつかなかったほど、目まぐるしく殺伐とした展開だ。そして、ただ成り行きに翻弄されるだけの自分に、セシルは情けなさすら感じている。慕ってくれるアベルには悪いと思いつつ、彼は「隊長」と呼ばれることにも却って追い詰められ始めていた。
「……わかりました。たい……いえ、セシル、さん……」
確かに、出奔した自分たちはもうバロンの騎士ではない。けれどアベルにとって、今でもセシルは立派な隊長だ。本人が名前で呼べというのだから仕方がないが、違和感ばかりがどうも先立ってしまう。
「何だか、不思議な気分です……」
「じきに慣れるさ」
居心地の悪そうなアベルに、セシルは思わず笑ってしまった。
ホットワインをぐっと喉に流し込み、セシルは更にもう一つ提案した。
「それから……アベル。悪いが、着替えてもらえないか? 」
「へ? 着替え、ですか? 」
目をぱちくりとさせるアベルに、セシルは説明する。
「さっきバロン兵が来たときに思ったんだ。君の鎧はバロンの支給品だろう? 同じ鎧だと、いつか間違えて切りかかってしまうかもしれない。そうなると大変だ」
「あ……本当ですね」
アベルは納得した。言われてみればその通りだ。セシルは続ける。
「それに、バロンの暴挙が今後も続くかもしれないことを考えると、きっと君も誤解されてしまう」
それは勘弁願いたいところだ。アベルとて、要らぬ争いにまで巻き込まれたくはない。そういうことなら、今すぐにでもこの鎧を脱いでしまいたかった。
カイポにも防具の店は出ていたはずだと、アベルは町の様子を思い出す。
「明日、防具屋を覗いてみます」
「ああ、僕も一緒に行こう。見繕うよ」
翌日の相談をして、この日は就寝となった。
朝が来た。
朝食を摂った三人は、まずはアベルの装備を調えるべく町へ繰り出した。
当初、アベルは代わりの鎧を探していた。だが、この町では鎧そのものの取り扱いがない。仕方がないので皮の服を購入し、店で着替えて外に出る。兜と鎧は売り払い、随分と軽装になった。
アベルは今まで鎧を着ていた分、スカスカして落ち着かない。けれど、身体は軽くてむしろ楽だ。どこかそわそわしながら騎士剣を腰に差していると、リディアがアベルを見上げて言った。
「アベル、そっちの方が似合うね」
「そう? ありがとう」
「うん。アベル、鎧に着られてるみたいだったもの」
アベルは苦笑いするしかなかった。セシルも笑いをかみ殺しているあたり、多少は似たようなことを考えていたのだろう。
アベルはがっくり肩を落とす。セシルは落ち込むアベルの肩に手を置き、にっこり笑った。
「いや、悪かった。君はもともと身軽なんだし、そっちを伸ばそう」
「はい……」
唇を尖らせるアベルに、セシルはまた吹き出す。
「これまで通り、前衛は任せてくれ。君の鎧代わりくらいにはなれるさ。君もリディアも守ってみせる」
セシルはどんと自分の胸を叩いた。
カインがいなくなってからも、アベルは後方支援に徹してきた。しかし防具が鎧から皮になったことが不安である。セシルの頼もしい言葉に、アベルはありがたく頼ることにした。
三人は道具を補充して旅装を整えると、一旦宿に戻るつもりだった。しかし、セシルが聞き捨てならない噂を聞きつけ、今はカイポのとある民家まで来ていた。
『なんでも、バロンから来たきれーなねーちゃんが倒れてて、誰かの家に担ぎ込まれたらしーぜ』
町の男性が言うには、今もそのバロン出身の女性は回復していないそうだ。
セシルは嫌な予感がしていた。思わず無鉄砲なもう一人の幼なじみを思い浮かべる。
一瞬、収穫祭で出会った黒髪の娘のことも過ぎったが、幼なじみの方がよほど現実的に思えた。それに、たとえ見ず知らずの人間だったとしても、同郷の者を見過ごすこともできない。三人はその女性を訪ねることにしたのだった。
玄関の戸を叩くと、中からおばあさんが出て来た。バロンから来たという倒れた女性の話を聞くと、おばあさんは快く教えてくれた。
「バロンから来た娘さんが、村の前で倒れていたんです。 可哀想に高熱病にやられて、うわ言で『セシル……セシル……』と繰り返すだけで……」
おばあさんが話した内容から、セシルの予感は確信に変わった。知り合いかもしれないと中に入れてもらい対面すると、やはりそこには彼の予想通りの人物が横たわっていた。
「ローザ! 」
セシルはベッドに寝かされたローザを呼んだ。しかし、彼女は荒い息と譫言を繰り返すばかりで、返事はない。
「うう……ん……セシル……死なないで、セシル! 」
「ローザ……」
セシルはうなされるローザに言葉も出なかった。いずれバロンから救い出さなければとは思っていたが、こんなところで出会うとは思わなかった。
恐らく、ローザはいつまでも戻らない自分を追いかけて飛び出して来たのだろう。そしてその結果、ローザは高熱病を患った。彼の中で、また一つ罪悪感が芽を吹いた。
一方でアベルの心もざわついていた。
セシルの女性関係など、本人からはもちろん聞いた事はないし、これまで気にもかけていなかった。けれど、相手がいても何もおかしくはないし、そういえばどこぞのお嬢様がセシルに執心だとの噂も以前聞いた気がした。
噂の人物はきっとこの女性だ。譫言になるほどの関係なのかと、考えるだけで胸が痛い。
しかし、今の自分はあくまでも「アベル」である。この想いを悟られないように気を張らなければと自分を戒めた。赤い翼でなくなったのなら男でいる必要もないのだが、今後の身の振り方を決めない限り、いきなりアンにもなれなかった。
「あの……セシルさんの、お知り合いですか? 」
黙りこくってしまったセシルに、アベルは恐る恐る声をかけた。セシルはアベルを振り返ると「ああ」と頷き、簡単に紹介した。
「僕のもう一人の幼なじみのローザだ。白魔導師団に所属していて、カインのこともよく知っている」
「そうでしたか……それは、心配ですね」
幼なじみ。
セシルがローザを「恋人」だとは言わなかったことに、アベルは自分でも驚くほど安堵していた。
「ねえ、どうすれば治るの? 」
リディアがおばあさんを見上げて聞いた。するとおばあさんが何か言う前に、家の奥からおじいさんが出てきてこう言った。
「高熱病を治すには、幻の宝石『砂漠の光』が必要なんじゃが……あいにく切らしておってなあ」
渋い顔でうつむくおじいさんに、リディアとアベルは落胆する。セシルは何か方法はないかと考える。
「どこで手に入りますか? その砂漠の光は」
「アントリオンという魔物が住む洞窟にあるんじゃが……少々危険じゃ」
「いいえ、行きます」
セシルは立ち上がると、おじいさんに洞窟の場所を聞いた。
洞窟はダムシアンの近くにあるが、地下水脈を通らなければならない。そして、そこには近頃モンスターが増えて危険だという。けれど、彼らもそんなことでは怯まない。アベルとリディアも、もちろんやる気満々だ。次の目的地が決まった。
三人はローザのことを改めて老夫婦に頼み、カイポを出た。
20171030
D+S FF-D New!夢物語
- 7 -
prev * next
しおりを挟む
MODORU