6 リディア
アベルははっとして飛び起きた。回りは大火事だったはずだ。暢気に寝ている場合ではない。
しかし、起きあがってみると、辺り一面草むらだった。燃えたはずの村がみあたらない。アベルは首を傾げる。
「……なんで? ……あ」
少し考えて思い出した。女の子がタイタンを召還し、そのタイタンが地形が変わるほどの足踏みをしたのだ。
アベルの背後に、切り立った断崖絶壁がそびえ立っていた。 恐らく、ミストの村はこの崖の上にあるのだろう。
アベルが崖に目を奪われていると、少し離れたところで何かが動いた。慌ててそちらを見ると、セシルが目を覚まして立ち上がったところだった。
「アベル、無事か」
「はい。隊長」
召還士の女の子は目覚めてはいないものの、セシルの近くに無傷で倒れている。セシルは女の子の息を確かめた。
「よかった。この子も無事のようだ……」
アベルとセシルはほっと息をついた。しかし、二人ははっとする。もう一人足りない。辺りを見回すが、人影は見あたらない。
「 カイン? カイン! 」
セシルが名前を呼んでも、一向に返事もなければ気配もない。二人は顔を見合わせた。
カインは一人前の立派な軍人だ。この状況で、一人で勝手に消えてしまうとは考えにくい。
だが、いないものは仕方がない。腑に落ちないものの、今ここで長居する事は得策ではない。
セシルは重い口を開いた。
「いつまでもここにはいられない…… この子を連れて逃げないと」
「はい……。カインさん、どうされたんでしょうね……」
セシルは女の子を背負うと、アベルと共に歩き始めた。
「山を越えた先に、カイポという町がある。そう遠くはないはずだ。まずはそこへ行こう。この子を休ませないと」
アベルとセシルはマスクを装着した。これからの道中を思い、気を引き締める。
「 カイン……生きていてくれ」
その場を離れる時、セシルはもう一度振り返る。いなくなってしまった親友の無事を願った。
山を越えると気候ががらりと変わった。草原は消え、代わりに砂漠が広がっている。見渡す限り、どこまでも黄金に輝く砂が敷き詰められていた。
少し先の方にオアシスが見える。カイポだ。
二人は時折襲ってくるモンスターを薙払いながらひたすら歩いた。
やがて町に着くと、セシルは真っ先に宿屋を探した。一刻も早く女の子を休ませようと必死である。宿は町の真ん中にあり、足早に移動する。
「ここで休ませよう」
セシルは女の子を背負い直した。女の子はまだぐったりしている。
アベルは宿屋の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
セシルを先頭に入って行くと、宿屋の店主がいち早く女の子の様子に気付いた。慌てたようにカウンターから立ち上がり、セシルの元までやってくる。
「おや、お嬢ちゃんの顔色が悪い。 ささ、早く部屋へ! お代はいいから、どうぞ! 」
「すまない」
店主の好意に甘え、用意された二回の部屋へ上がる。セシルは女の子を下ろしてベッドに寝かせた。
「……僕は、取り返しのつかないことをしてしまった……」
セシルは女の子の向かいのベッドに腰掛けた。頭を抱えて俯いて、じっと動かない。
ミシディアの任務に次いで、セシルの背負う十字架がまた増えた。さらに共に戦うはずのカインは姿を消した。心優しい彼の心情を思うと、アベルは悲しくて仕方がなかった。
とはいえ、アベルとて他人事ではない。成り行きで同行が決まり、セシルのおまけのような立ち位置ではあった。しかし、アベルも当事者である事に変わりない。
アベルは、まさか自分が侵略者側になってしまうとは考えたこともなかった。アベルもまた、残酷な現実に打ちひしがれていた。
アベルは兜を脱ぎ、傍らのテーブルに置いた。そしてそこに備え付けてあった水差しの水をグラスに移し、セシルに手渡す。
「……どうぞ。お疲れでしょう」
「ありがとう……アベル、君も休んでくれ」
セシルはアベルからグラスを受け取るとマスクを外し、水を一気に飲み干した。アベルも自分の分も水を用意し、椅子に座って飲み始める。
すると、女の子が身じろぎを始めた。そして、まだぼうっとしているが、ゆっくりと目を開く。
「気付いたね」
セシルが女の子に声をかける。けれど、彼女はそっぽを向き、セシルのいる方とは反対側に寝返りを打った。
セシルは悲しそうな顔で、そのまま女の子に話しかける。
「……まだ名前を聞いてなかったな」
女の子はそっぽを向いたままだ。返事をしないで、目の前の壁をじっと見つめている。
「……君の母さんは、僕が殺したも同然……許してくれるわけは、ない。……ただ……」
女の子は依然として動かない。けれど、セシルの話は聞いているようだ。アベルは椅子に座ったまま、黙って彼らの遣り取りを聞いている。
「 ……ただ、君を守らせてくれないか」
女の子は無言のまま、掛け布団を頭からすっぽりかぶってしまった。「もう話しかけないで」と言われている気がして、セシルはそれ以降黙っていた。
セシルとアベルは部屋で食事を摂った。女の子の分も食事の用意はしたが、彼女は手を付けないどころかベッドから出ようともしない。やはり布団を被ったまま動かなかった。
交代でシャワーを浴びることになった。セシルに先を譲り、アベルの番となった。
久しぶりの湯浴みを堪能すべく、部屋のシャワー室へ入る。鎧を脱いだ時、そこで初めて形見の手鏡を持ってきてしまった事に気が付いた。
「ああ、あの時……隠すのに必死だったからな……」
思いがけず国を出ることになってしまった。偶然とはいえ、手鏡を持って来れて良かったとアベルはそっと手鏡を胸に抱いた。
アベルは鏡面に息を吹きかけ、タオルで拭った。淡い緑色の瞳が虚ろに映る。この鏡を使うときだけはいつもアンに戻るのだが、気分はとても切り替えられなかった。
「どうしたらいいの……? どう償えばいいの? ……許せるわけ、ないのに」
アベルは女の子と、かつての自分を重ね合わせる。
今だって、あの時の賊を許す気には到底なれない。むしろ、その経験を糧に厳しい訓練に打ち込んで来た。なのに、結局自分も罪を負うことになってしまった。
アベルはやるせない気持ちで深くため息をついた。
やがて夜も更け、もう休もうとしていた頃だった。
俄に階下が騒がしくなった。漏れ聞こえる金属がぶつかるような音に、セシルの表情は厳しいものに変わる。
アベルは反射的に脱いでいた兜を被り、剣の柄に手をかけた。そして寝ている女の子を守るように立ち、セシルは更にその前で構えている。
やがて乱暴に部屋の扉がこじ開けられると、バロン兵が3人現れた。そのうちの一人、大将であろう兵士がセシルを名指しする。
「見つけたぞ! セシル! 」
女の子は飛び起きて、セシルとアベル、そして乱入してきたバロン兵たちを見比べる。
「待ってくれ! バロン王は……」
セシルが説明を求めようとした。だが、バロン兵は一方的に話を押し進めた。
「その王のご命令だ。ミストの生き残りのその子供を引き渡せば、許して下さるそうだ。 ミストの者は危険な存在らしいのでな! 」
「なんだって!? 」
女の子の顔がさっと青ざめ、強ばった。
アベルは兵士たちから女の子を隠すように立ち、兵士たちを睨みつけた。
「さあその娘を渡せ! 」
「断る! 」
セシルの拒絶を合図にするように、バロン兵達は剣を抜いた。
「かかれっ! 」
大将の号令とともに戦闘が始まった。
セシルが三人まとめて斬り伏せる。それでも大将が一人、女の子に向かって来た。それをアベルがブリザドを放ち、彼の足下を凍らせる。動きを封じた所をすかさずセシルが攻撃し、セシルたちは兵士達を追い払うことに成功した。
セシルとアベルが女の子を振り返ると、女の子はベッドに腰掛けていた。暗い顔をして、二人の顔をじっと見ている。
「ごめんなさい、あたしのせいで……」
「謝るのは僕らの方だ。 それも、謝って済むようなことじゃない」
アベルもセシルの言葉に同意する。申し訳なさでいっぱいだ。
「でも、守ってくれた……」
セシルもアベルも何も言えなかった。守ったとはいえ、こんなところにまで連れて来ざるを得なくなった状況を作ってしまったのは彼らである。
「あたし……リディア……」
女の子はそう名乗ると、ふわりと笑った。まだぎこちないが、心を開こうとしてくれているのが二人はありがたかった。
「ありがとう……リディア。僕はセシルだ」
セシルはほっとしたような顔をして、兜を脱いだ。アベルも兜を脱いでしゃがみ込み、リディアに視線を合わせる。
「わたしはアベル。よろしく、リディア」
アベルがにっこり笑ってみせると、リディアも微笑み返す。アベルも嬉しくなって、また笑った。
「そうだ。晩ご飯、リディアの分を取ってあるんだ。食べる? 」
「食べる! 」
アベルが食事のトレーを手にリディアに問うと、リディアは目を輝かせ、いそいそとテーブルについた。
セシルは食事の世話をするアベルと、もぐもぐと料理を頬張るリディアに頬を緩ませる。
リディアがおいしそうに食べてくれることがとにかくありがたく、救われるようだった。セシルはその様子をみながら、リディアと彼女の里に、自分の一生をかけて罪を償うのだと強く心に決めた。
20171024
D+S FF-D New!夢物語
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