73 行く者、来る者(完結)
セシルはやや緊張した面持ちで立ち尽くしていた。胸に飾られた薔薇が鎧とはあまりにも不釣り合いなのに、今はそれすら愛おしい。
セシルの自室には既に彼の物でない新しい家具とベッドが増えている。これまでがらんとして殺風景だったのに、急に色がついたように華やいで見えた。これから始まる生活は、願掛けなどせずともきっと幸せだ。
「セシルさん」
ドアが開いた。アンが入ってくる。セシルが返事しようとしたその時、彼の頭の中で声がした。アンの言葉と重なったそれは、かすかだったが確かに聞こえた。
「セシルさん?」
突然全ての動きを止めたセシルを、アンは不思議そうに眺めた。何かに集中しているかのようなセシルに、思わずアンも息を止めた。
「ああ、すまない。今、兄さんの声が聞こえた気がしたんだ」
セシルがそう言うと、アンははっとした顔で窓際へ寄った。そして手早く窓を開け放す。何をしているのかと、今度はセシルがアンを不思議そうに眺めている。
「今はどうですか?これなら聞こえやすくなりましたか?」
アンがセシルを振り返ると、それはそれは神妙な表情をしている。セシルは思わず声を出して笑ってしまった。
「ありがとう、アン。でも、たぶん窓は関係ないんだ。どうやら、僕の頭の中に直接入って来たようだから」
「へ?そうなんですか?」
アンは拍子抜けしたようにポカンとする。ははは、とたまらず笑うと、セシルはアンをそっと抱きしめた。こういうやりとりが、セシルはとても幸せだと思った。
「これからも、いつもそばにいてくれ」
セシルはアンの額にキスをした。。アンがセシルを見上げると、彼はにっこり笑っている。
「ああ、そうだ、アン。また忘れてるだろう」
「…あ」
「もう僕達は上官でも部下でもない。君とは平等でいたいんだ」
アンを見下ろしながらセシルはそう言うと、催促するようにアンを見つめ続ける。
実際に、長らく保留になっていたアンの所属だが、正式に赤い翼から外れる事になった。とはいえ、今さら性別が問題になったわけではない。アン#は剣術と魔法の指導する役目を新しく受けた。賢者テラから直々に指導を受け、さらにはセシルと共に試練の山を無事に降りて
来た経験を買われたのだ。アンは恐縮しきりだったが、そのことから外堀を埋められて、断ることはなどとても出来なかった。
本来なら、白魔法はローザか、そして魔法剣や野営時の魔法陣などの魔法の応用をアンが受け持つ筈であった。しかし、状況は、やや異なる。
「ほら、呼んでみて」
「せ、せ、せ──」
セシルの期待を込めた目と、畏れ多さに挟まれながらアンは目を白黒させている。
「うん、もう少しだ。できれは、式が始まってしまう前に頼むよ」
「だ、だからって急に呼び捨てだなんて、ましてや敬語をやめるなんて、できま──」
「アン」
アンがパンク寸前の所で、コンコンとドアがノックされた。2人して振り向くと、そこへシドが入ってくる。
「お前たち、まだこんな所にいたのか」
シドはそう言いながらセシル達に近づいてくる。
「アンよ、早く着替えてくるのじゃ。メイドに用意させておるでの。なんせ戴冠式も挙式も何年ぶりか分からんくらいじゃ。皆気合いが入っとる。ああ、もうお妃様と呼ぶべきじゃったか」
しまった、という顔をしたシドに、アンは頭を横に振った。
「いいえ、シドさん。どうかこのままアンとお呼びください」
「そうかの?それじゃ遠慮なく」
シドはそう言いながらも、恭しくアンの手を取った。そのまま彼女を部屋の入り口までエスコートすると控えていた迎えのメイドにアンを引き渡す。アンをを着替えの部屋へと送り出した。
「セシルよ。ワシはてっきり、お前さんはローザと沿うもんとばかし思うておった。何があるかわからんもんじゃな」
シドは髭を撫で付けながら、セシルを眺めた。セシルが幼い頃からずっと、シドは彼を見てきた。セシルの挙式を前に、シドが親戚のおじさんのような気分になるのは必然である。
「しかも、カインもローザもバロンを出るとはな。式にも参列せんとは…」
「そうだな…でも、彼らの決めた事だ」
セシルの即位は議会の可決によって正式に決まった。先王の仇を討ち、バロンを解放したセシルである。もとより国民からの強い支持で即位を望まれていた。そこへ貴族議員であったカインとローザの推薦が後押しした。セシルの他にも候補が居なかった訳ではない。だが、推薦などなくともほぼ決まっていたほどの人気ぶりだった。議会も満場一致で可決されたわけである。
議会が終わるや否や、カインもローザはバロンを去った。ローザはミシディアで白魔法を修行し直すという。慌ててアンと共に見送りに出ると、ローザはアンに「幸せになるように」と言い添えて、意気揚々と旅立った。セシルが知る限り、ローザはこれまでて一番凛としていた。
カインに至っては、いつの間にか誰にも告げずに居なくなってしまった。今彼がどこにいるのか、いつ戻るのか、そもそも戻る気があるのかさえ、誰も聞くことはできなかった。
「僕は待つよ、いつまでも」
セシルがシドにそう言うと、ふわりと風が抜けて行った。するともう一度、セシルはかすかな声が聞こえた気がした。
シドの話を聞きながら、セシルは未だ開け放されている窓の外を見上げる。空には相変わらず、二つの月が浮かぶ。しかし、二つある月の一つが、ゆっくりと動き始めた。
「さようなら、兄さん」
月はどんどん離れてゆく。静かに去ってゆく月を、セシルはただ見つめていた。
完
2024/12/18
七年越しでようやく完結。お読みくださった皆さん、長い間お付き合い頂いてありがとうございます。ようやく!やっと!完結しました!!!
世にも珍しいセシル夢。もっと増えたらいいのに。こんないい人なかなかいないよ!悩める好青年セシル氏。悩める好青年カイン氏は悩みの矛先がセシルに行ってたのを理性と社会性と元の性格と友情で必死で抑えてたのに対して、セシルの悩みは常に自分の事だったんだよな。その辺が利用されやすさだったのかなあなんて思ったりしている。
おかしいなあ、確かセシルとは、言わんがギルバート辺りと同世代だったはずなのに今やっと兄さんよりも年上になってしまった。おかしいなあ。続編だとエッジがおっさんやんとか思ってたけど?あれ?おかしいな?
D+S FF-D New!夢物語
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