世界がおわったとしても4


グロ表現注意!{emj_ip_0697}


下校中の駅が騒がしい。同じクラスの女子が何人か同じ電車に乗っているのだが、ボクは一人でポツリと後ろの車両に乗った。

『もうすぐだからな。アルル・ナジャ』

あの時のサタン先生の態度が気になる。いつもなら「アールルゥ!」と飛び込んで来るところだ。それを「アルル・ナジャ」と呼んだ。あのサタン先生がボクをフルネームで呼ぶことなど今までなかった。

気になることにはまだ沢山ある。サタン先生とシェゾ先生の怪しいやり取りだとか二者面談がサタン先生じゃなくてシェゾ先生が担当なこととかその他諸々。
『そうか、お前なんだな』
あの台詞にどんな意味があったのかは分からない。そして刺すようなあの蒼い瞳。特に意味はないのかもしれない。だが事ある毎に思い出すあの眼差し。忘れられなかった。


家に帰ってくるとボクは独りになる。お父さんはどこかで事故に巻き込まれて行方不明とされていて、お母さんはお父さんがいなくなったショックでずっと元気がない。心ここにあらずな状態が続いている。部屋のカーテンを開けて少し涼もうとして風に当たる。冷たい風が体に染み渡る。渇望する淀みが夜の冷たい空気に紛れ込む。夕食を済ませて湯船に浸かっていると、心までほっこりと温まる。誰かがボクを包み込んでくれるようだ。まだ暖かい内にクラスの友人から届いていたメールに返信する。そしていつものように疲れ果てて寝落ちする。



『アルル』

誰かがボクを呼んでいる。けれど体が言うことを聞かない。思うように力が入らない。ボクを呼ぶ声の元に行こうとするのを深く傷付いた体が妨げる。

『アルル、生きろ』

ガラガラな声はボクに手を差し伸べた。お互い満身創痍で手を取り合った。



「なに、これは夢なの」

状況が全く掴めていない。なぜボクはこんなに傷だらけなのか。声の主は誰なのか。どこかで聴いた声だがそれが誰なのか全く思い出せない。そして何があったのか。

暗峠に沈み込んだボクの体はもう動かない。そして何かに溶かされた腹部が熱い。両足は大きな魔力で大分抉られている。腕も大きな力を受け止めて出血が酷い。大半の血を失ったボクの体はもう感覚すらなくなるほど限界に近い。ずっと一緒だった仲間たちの姿が過る。

『アルル、ここで死ぬな』

そんなこと言われてもボクはどうやって生きたらいいんだ。体はもう限界だ。体の朽ちたボクの魂は帰るしかないんだ。

『お前に生きる力をやる』

何を言っているんだ。この傷ではヒーリングをかけたところで効果もない。それなのに心も身体も温められる光に包まれているのがよく分かる。回復している様子はないが、走馬灯すら見えた死際が嘘のように楽だ。

『あとで迎えに行く』

ボクの意識はそこで途切れた。







「夢だったのかな」
朝になってボクはガバリと目を覚ました。夢だったにしては克明に覚えている。ボクを呼ぶあの声、深い傷。嫌な予感がする。

いつものように支度を済ませたボクはいつものように学校に向かった。今日は二者面談の日だ。サタン先生は研修で今日は欠勤している。ホームルーム等のクラスでの教務はシェゾ先生が受け持っている。そして今日はまた昨日のようにウイッチがシェゾ先生を観察しようと言い出す。
「また観察するんだね」
「なんで私まで」
と言いつつウイッチの勢いに巻き込まれたボクもルルーもついていくのであった。

「また一人でお食事ですのね」
と昨日のように物陰からシェゾ先生を覗き込むボクたち。また昨日のように恥ずかしいことにならなければ良いが。シェゾ先生は一人で弁当を食べている。日の当たらない冷ややかなベンチでシェゾ先生は眠そうに外を眺めていた。そこに一人の青年教師がやって来る。
「こんなところにいたんですか」
爽やかな表情で中身はあまり爽やかではないレムレス先生だ。なんとなく雰囲気の似通った二人がベンチで並んでいる。
「何か用か」
「用っていうか、どうしてるのかなって思って」
シェゾ先生のために買ってきたであろう揚げパンの袋を開けるレムレス先生は目が何かを渇望しているようだった。
「あの子は記憶を取り戻せそうかな」
「分からない。だが賭けてみる」
また昨日のように意味不明の内容を話している。レムレス先生は以前にも何度かサタン先生と話しているところを目撃されている。三人の間に何か関係があってもおかしくはない。
「あの子って誰かしらね」
「私にはさっぱり分かりませんわ」
ボクらは物陰に隠れて呑気に盗み聴きしている。
「何でもいいけど、昨日みたいなことにはならないようにしてよね。ボク今日面談中なんだから」
忘れてなどいない。今日の最後はボクの二者面談だ。
「あんた緊張してるのかしら」
なんだか急に照れくさくなった。
「違うって。なんて言うか、その、ドキドキしてるっていうか」
「それを緊張っていうのよ」
確かにボクは思い出しただけで心音が聴こえる程緊張している。
「あ、レムレス先生が立ち去るみたいですわ」
食事を終えたレムレス先生はシェゾ先生に一礼して去っていった。
「結局何話してたのかしら」
「分からないよ」




そして午後の最後、長い退屈な時間を経て面談の時間がやって来た。ボクは息を呑んで教室の扉を開けると、小綺麗に並べられたテーブルの真ん中にシェゾ先生は座っていた。
「待っていた、アルル・ナジャ」
ボクの鼓動が一層高揚した。


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