【案外考えているほどに】馥郁野鶴
「君はいい後輩だよ。」
「どうしてそう思うんですか、使いやすいからですか?」
「まぁ、確かにそうだね。君を1級呪術師に推薦したのも私のいいビジネスパートナーになってくれると思ったからさ。君が考えている以上に私は君を買ってるよ、野鶴くん。」
「そうですか、俺が呪術界から出ていこうと思っててもですかね。」
任務が終わった後の夕方の空を見上げながらそんな会話をしたことを覚えている
「冥冥…ってあの人か。ジジイが懇意にしてくれとるっていっとったわ。まさか野鶴さんの先輩と思わんかったから意外やけどな。」
「1級呪術師になるには推薦してもらう必要があるんだけども、俺は冥冥さんに推薦してもらえたからラッキーだったよ。」
「今は連絡したりしてへんの?」
連絡先はまだある。ただ掃除屋として開業してからは連絡はとってない
「いいや、してないよ。」
「乙女百合さんにどやされるからとかじゃ…なさそうやな。」
「利用価値がないと思われてるからだと思うよ。」
すみません、と貂が謝るとスマホを手に走っていく。家からの電話だろう。
机の引き出しを開き、今じゃもうほとんど使ってない二つ折りのケータイに電源をいれる。黒いフォルムのなんのかわりもない四角だが所々傷が目立つ。ボタンに触れ、電話帳を開けば冥冥先輩と書かれている。電話番号がまだ残っていた。家、学校、補助監督の人の名前もある。友人の名前はないし冥冥先輩以外の先輩の名前もない
友人よりもアニメや漫画を優先するような学生生活を送っていた。
一子相伝の術式を持って産まれ、一族の生き残りだ。本当なら俺は世の中のために持った力を使うべきだろう。世のため人のため、忍んでヒーローのように呪霊を倒して生きていく。そんな気にはなれなかった
死んだ同級生を知っている。死んだ先輩を知っている。俺の術式自体は直接的な攻撃力を持たないのに俺だけが生き残っていくような気がした。両親は高専に入学前に死んだ。術式の扱い方を俺に教え、一般的な家族と同じように穏やかな日常を送っていたと思う。呪力と術式の扱いを教えた両親は呪術師になるのを望んでいたと思った。両親が言った言葉は“好きに生きていい”だった。対した夢もない、誇れるものも何もない。それでも呪術師を目指したのはなぜなのか、俺は俺の娯楽を叶えるためだけだった。
ふと、この電話番号をかけて冥冥さんに繋がるか気になった。
「いいや、もう繋がらないだろ。」
利用価値のない電話番号をあの人が残しておくとは思えない。スマホに乗り換えた時点で足跡を残さないように電話番号も変えてるだろう。現在使われておりませんと聞こえる、そう思っていた
「久しぶりだね、金になるような話でもくれるかい?」
「…いえ、違います。俺、今は雇用主がいるので。」
「それは残念だ。にしても…あの時言ったとおりじゃないか。君は君が思う以上に呪術師に向いている。辞めなかったんだね。」
「予知能力でもあるんですか?」
「あったら、今頃全ての株価が私の手のひらさ。」
「冥冥先輩は変わらないですね。急にかけてすみません、失礼します。」
「ああ、元気で。」
スマホからはもう声は聞こえない。もう一度かけたとしても冥冥さんが俺の電話にでることもないだろう。辞めなかった自分を不思議には思っていた。俺は自分のためにこの力を使って生きている、それでも良かったんだなと少しだけ思えた気がした。
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