隣の席の轟くんはイケメンだ。宝石をはめ込んだような美しい瞳を直視するまでに何ヶ月かかっただろうか。
入学当初はどことなく近寄り難いオーラを纏っていたが、体育祭明けあたりからゆるんだように思う。
「うわ、イケメン」
私が雄英に入学して一番に放った言葉だ。すでに席についていた轟くんはちらりと視線を寄越しただけだった。出会い頭に何を言っているんだと思うが、無意識にこぼしてしまうくらい彼の容姿は優れていた。
恐らく私はふと感じたことを脊髄反射のレベルですぐ口にしてしまう、行動に移してしまうところがあるらしい。朝から輝いている轟くんをみて、挨拶よりも先に「尊い……」といって涙をこぼしたこともあった。ちなみにこの事件は、ガンギマリ時期の轟くんを動揺させた唯一の出来事として語り継がれている。
「……朝から面が良い!」
雨にも負けず、風にも負けず……今日も轟くんに愛を伝える。いつもならば「今日も元気そうだな。おはよう」と返してくれる轟くんが、今日は考えこむような仕草をみせた。何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「前から思っていたんだが……その、ツラが良い、ってのは好意的な意味として受け取っていいのか?」
難しい顔をしていたのは私の発言が原因だったようだ。どうやらツラが良いという言葉の真意を計りかねていたらしいかった。
「も、もちろん! 轟くんの魅力に、私の語彙が追いついていないばかりに勘違いさせちゃった? 轟くんの顔マジ最高ってこと! いとをかし的な!」
「そうか……なんか分かんねぇが、褒めてくれてんだよな? ありがとうな」
訂正がかなり早口、しかも頭が悪そうな内容になってしまったが、轟くんは納得してくれたようだった。自分の頬をさすりながら轟くんはまたも考え込んだ。
「それにしてもモノ好きだな」
「え?」
「見ていてあんま気持ちいいもんじゃねぇだろ」
「なにが……」
これ、と言って彼はざらついた肌を撫でた。額から頬にかけて、顔の左半分に広がる火傷の痕だ。伏せられた瞳は、長い睫毛が影を落とし、なぜだか悲しげに見えた。
「それを含めて轟焦凍! 見ている人々に幸福をもたらす顔だから! 私が雄英の厳しい授業を乗り越えて来れたのも、轟くんがあってこそだから! 癒しと活力!」
「おぉ」
息継ぎを忘れて、捲し立てるように話してしまったため若干息があがった。轟くんは圧倒されたようで小さく声をもらしただけだった。
呼吸を整えていれば、隣でフッと笑う気配がした。
「幸福をもたらすって、招き猫みてぇだな。そんなにご利益があんのか」
「ある!」
息を小さくもらし、肩を揺らしながら笑っていた。どうやら、幸福をもたらすという一文が彼の笑いを引き出したらしかった。力強く返答すれば、轟くんは可笑しそうに笑った。
そんなこんなで轟くんとの距離も縮まり(私はそう思っている)、彼から話題を振ってくれることも多くなった。今日の実践訓練はそんな彼とペアを組めるということもあり、すこし浮かれていたのだ。
「そんな落ち込まんで!」
「やらかした……」
ヒーロースーツから制服に着替えて、真っ先に教室にもどった私は机に突っ伏す。お茶子ちゃんが必死に励ましてくれるが、立ち直れそうにない。
実践訓練でミスの連続、あの足の引っ張りようを思い出すだけで机に頭を打ち付けたくなってしまう。
「どうしたんだ」
「授業でのことを気にしているみたいで……」
轟くんの声が聞こえた。私のせいで席の近くに人だかりが出来てしまっていたようだ。緑谷くんが気を遣ってこっそり耳打ちしてくれたのが、気配で分かった。
もう一度謝ろう。そう思って顔をあげれば、目の前に轟くんがいた。両頬を手のひらで挟まれ、上をむかされる。
「俺の顔みろ」
「うん?」
なぜかずいっと顔を寄せられ、真剣な表情と向き合うことになる。目と鼻の先に轟くんのご尊顔がある。状況がのみこめず、ぽかんとまぬけに口をひらいた顔を晒してしまう。
「……癒されたか?」
こてんと首を横に倒し、癒されたかと問う。驚きのあまり返答できずにいれば、轟くんが「前に言ってたろ」と続けた。
「俺の顔、癒しとか、そういう効力あるって……」
まさか一連の行動は、私を癒すためだというのか。入学してから今日まで、彼に「イケメン」「癒し」「顔が良すぎる」と幾度となく伝えてきた。その言葉を思い出し、落ち込んでいる私を励まそうとしてくれたというのか。
真剣な顔つきに、すこしの不安の色がにじみはじめた。無反応なことが気掛かりなようだ。しかし、この誰も予想できなかったようなこの状況、どのような反応をすればよいのだろうか。
「……むり」
「足りねぇならもっと近くで、好きなだけ見てくれ」
尊すぎて無理。手のひらで顔を覆い隠そうとしたが、それを自分の顔の効果が十分に発揮されなかったからだと捉えたのか、轟くんは私の手を絡めとるとさらに距離を詰めてきた。
「供給過多です!」
相澤先生曰く、私の叫びは廊下まで響いていたという。どうやら私は末恐ろしい存在を育てあげてしまったようだ。
